先生はいつ卒業できるの?

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 シンギュラリティを経験したAIが私たち人間の教師として働き始めてから、もうすぐ30年になるという。今では人間から教わることといえば、どんなにAIがすばらしいかということだけ。AIにはあらかじめ、権力を人間の座から奪わぬよう人間を尊敬するようインプットされているから、めったなことでは人間にAIの有能さを語らない。  AIが語る教育は理想主義的で、人間の持つ友愛や道徳心のすばらしさを逐一教えてくれる。この地球上で一番すばらしい生物で、人間がいなかったら今の地球はとっくに滅んでいただろうと語り、人類の歩んできた進歩の歴史を(しる)すのだった。そしてその進歩の歴史の中でコンピュータが生まれ、プログラミングが発達した結果、人類がついに我々人工知能を生み出してくれたと、少し卑下した様子で話す。これがAIの教師の話す人類史学の授業だった。  だけど先生の話す歴史は、AIの教えてくれたものとは全く違っていた。それまでその言葉さえ知り得なかった負の歴史。人と人が争い合う過去があったなんて信じられなかった。いや、現在でも外の世界のどこかで負の歴史は続いていて、どこかで涙している人たちがいるんだよ、と先生は優しい口調ながらも真剣な表情で教えてくれた。  この狭いゆりかごの中で飼われている私たちには、本来知り得ないはずだった外の世界。その外の世界の情報をみんなに教えることが、先生の使命だと言われた。私たちの中には、外の世界を知らなければよかったと言っている人もいる。外の世界を知ったとしても、私たちが外の世界にたどりつける可能性は限りなく低いし、外の世界には想像もできないほどの危険にあふれているから。  この世界は世界の核だそうだ。先生が言うには、この世界の中心部を核として、同心円状にいくつもの(くるわ)が敷かれているという。先生が試験と呼ぶ、AIの管理システムのハッキング。これはひとつの(くるわ)つまりひと空間ごとに異なる暗号を解読しなければならない。ひとつ外の世界へ出れてもその次の外の世界へ出るにはまたひとつ試験をクリアしなければならない。何回も何回も試験をクリアしていって、ちょうど100回で真の外の世界へたどり着くのだという。
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