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迷心からの卒業
「何か僕の顔についているかい?」
にこやかに微笑む「彼」の笑顔はとても柔和であった。
その光り輝くようなかんばせから目を逸らしつつ、「私」は答えを模索していた。
「彼」は甘いフェイスを湛える整った顔を持ち、常に清潔さを保つ事を損なわないファッショニスタで、日常での対応そのものがとてもスマートな、誰もが「イケメン」と言わしめる部類の人間である。
その代わり、「私」はどこにでもいる部類のモブキャストというタイプの人間だ。
顔のパーツは勿論、体格も中肉中背、どんなファッションで身を固めてもそれを活かそうにも、誰もが認める程の「え、そこにいたの!?」と言わしめる程の影の薄さで台無しにしていた。
そのせいで、常に心は後ろ向きで、いつも前を向いていられたことはそうそうなかった。
だけど、「彼」はそんな「私」を否定はしなかった。
むしろ、「私」が卑屈になるたびに肯定をしてくれていた。
だが、「私」はこの日を終わらせるつもりだ。
なぜなら、「彼」には婚約者がいたのだ。
周りからはいつも後ろ指を刺されていた。
なぜなら、自分に自信がなく、自分に対して常に嫌悪感を抱いて殻にこもりきって居た。そのせいで、周りとの付き合いは長続きせずにいつも短い時間で終わってしまっていた。
そして、ある日、一つの関係の終わりに絶望した「私」は「彼」に出会った。
うつむきながら歩いていた時、誰かとぶつかりそうになり、とっさに謝罪しようと顔を上げた先に「彼」がいたのだ。
それをきっかけに、「彼」と何度か関わる機会に恵まれ、そこから「彼」とお付き合いをするようになったのだ。
実際「彼」との時間は楽しかった。
一切自分の事を否定することは無かったから。
だけど、その時間は終わった。
「彼」が一人の綺麗な女性と道を歩いていたから。
「私」は罪悪感に駆られつつも、「彼」の身辺調査をある探偵事務所に頼み、いくつか裏を取ってもらった。
結果、「彼」には勤務先の上司の娘と婚約関係を立てており、こちらとは軽い火遊びの関係でしかなかったのだ。
だから、私は卒業する。
自分の弱さが招いた事態に。
そして、彼との楽しかった夢に終止符を打つために。
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