ギビングバック

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ギビングバック

 先生、お久しぶりです。  ドレスすごくすてきですね、勿体無いぐらい。  招待状なんかもらっていませんよ、でも、幼馴染から聞いたんです。今日が先生の挙式だって。だからそっとお邪魔したんですよ、おかげさまで今は美容師もしてますし、着付けの免許もあるんで結構出入り可能なんです。  あの時、置き去りにしたはずじゃないって……酷いこと言いますね。  板書の字が間違ってたことを言ったら、あれからずうっと、私にだけ意地悪して、どんなにちゃんとテストの名前も答えもキレイに書いたって、絶対に点数があがらなかった。  通知表もそう、おとなしくしていたのに、騒がしくて人の話を聞かない、生意気な話し方が目立つって。母からどれだけ疑われて、どれだけ怒られたか。あの時、周りの大人が大嫌いでした。  ああ、会場が騒がしいですね。  先生が破り捨てたお母さんの似顔絵、壊した粘土細工、泥だらけにした上履き、思い出の写真がスライドショーで流れている最中です。ええ、そんな演出どこにも組み込んでいませんよ、あなたに渡したレジュメには。  私だけじゃないんですもの、ずうっと、ずうっとあの時の傷をじくじく痛めたまま生きている教え子たちは。他の学校でも、気に入らない生徒にだけ乱暴な言い方したり、怪我をしてもほったらかしたり、ご両親へ謝罪する機会を与えられてもドタキャンして逃げたりと、好き放題されていたみたいですね。  見てください、この火傷跡。  あなたが「顔がムカつくから」って熱して赤くなったガラス棒を頬に押し付けた跡です。化膿して、へこんでしまいました。髪の毛で隠していますが、今でも触れると引き攣るんです。母に打ち明けたら初めて「何も知らなくてごめんね、こんなに傷ついていたなんて」とようやく気付いてくれました。  先生、披露宴が始まりますよ。  まあ、顔色が悪いこと。  こんなお嫁さんじゃ、旦那さんも嫌いになっちゃいますね。    こんな子じゃ、お父さんもお母さんもどこかへ捨てたくなっちゃうね。  好き嫌いが激しくて、下校時刻まで給食を食べさせられていて、いまはこの式場で料理長をしているあの子が言われたことの、まねごとです。  やっぱり、記憶にないんですね。  料理長を呼んで欲しい?  プランナーを呼んで欲しい?  警備員を呼んで欲しい?  無理ですよ、だって……。  ここは先生のため、いちにちだけ場所をお借りした、式場ですもの。  恩師が結婚するんだから、恩返ししろと強いてきて、断れば嫌な噂を流すと脅したのは先生じゃないですか。みんな優しくてぇ、なんて旦那さんに嘘までついて……幸せになれるって思い込んでいるとか、おめでたいですね。  旦那さんを呼んで?  もういませんよ、すっかり怒って、ご家族と帰宅されました。  両親を呼んで?  虫がいいですね、恥ずかしいって、縁を切るって、逃げ帰りました。  友達は?同期は?  そういうことだと思ったって、呆れて飲みに行きました。お店おさえといたんで、皆さんそちらに向かってますよ。  あなたはもう、ひとりぼっちなんです。  じゃあ、はじめましょうか。  披露宴とは名ばかりの、ひとりぼっちで、悲しいお食事会を。  先生たしか、アレルギー持っていましたよね?  アレルギーは甘えだっておっしゃっていたし、これから私たちが鍛えて差し上げますね。  恩返しですから。お気になさらず。 スター100、ありがとうございました。
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