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3白騎士
走ってきたのだろう、はぁ、はぁ、と荒く息を切らし、額にはしっとりと汗が浮かんでいる。ジュリアから視線を外さない相手の瞳に、驚いた顔の自分が映り込む。
ジュリアの腕を掴んでいる男性は、伯爵家の次男であり白騎士であるレオナルドだ。
レオナルドは逃さないとばかりにぐっとジュリアを軽く引き寄せ、はぁーっと身体を曲げて息をつく。
ジュリアは戸惑いながら、いっこうに腕を離そうとしないレオナルドを見下ろした。
「レオナルド様?」
「ジュリア、やっと見つけた」
見つけた? と疑問を顔に出したジュリアに対して、レオナルドは身体を起こすと、ふぅっと一息ついてジュリアの腕を掴んでいない左手で髪をかき上げた。藍色がかった艶やかな癖のない黒髪はいつもより乱れている。
ジュリアが驚きで瞬きを繰り返しながら動けずにいると、レオナルドはもう一度大きく息を吐き出し、ジュリアを見て安堵したように柔らかに笑った。
ただ、穏やかな表情を浮かべる双眸の奥には、揺らめく熱が見え隠れしている。
「どうしたのですか?」
「彼と、オリバーと別れたと聞きました」
元彼の名前に、ジュリアは一瞬顔を曇らせた。
それに気づいたレオナルドが心底申し訳なさそうにその美貌を歪ませ、ジュリアを掴んでいた右手を一度離したが、もう一度今度は優しく拘束するように掴み直してきた。
「あなたを困らせたいわけではないのです。ただ、話を聞きたくて」
彼は二つ上の二十三歳で、その若さで白騎士第二隊の副隊長をしている将来有望な人物である。
そんな相手にまで噂になっているのだと思うと、うんざりした。
「もう噂になっているのですね」
そういった感情が声に乗っていたのだろう。レオナルドは慌てたように首を振った。
「飲み屋のサラがオリバーと結婚すると言っていると聞いて。その、本当でしょうか?」
「ええ、その通りです」
「なぜ?」
「浮気されましてお相手も妊娠なさったようなので別れました」
「ちっ、あいつ」
普段丁寧な言葉遣いのレオナルドからは聞き慣れない言葉に、ジュリアはあれっと首を傾げる。
すると、こほんとレオナルドは咳払いをし、ずいっと近づいてくる。
細身だがしっかりした胸板、オリバーを見るときよりも上がる顎の角度に、認識していた以上に身長が高いことを改めて知る。
爽やかなのに気怠げな雰囲気を持った妙に色気のあるレオナルドは、その美貌と地位と実力で当然女性にモテ、その手の噂に事を欠かない人物である。
だが、気さくな性格でもあって、平民だからと差別することなく、黒騎士であるオリバーとも親交があった。
女性との交際のスパンはとても短いが、紳士的で人柄は好ましくジュリアも仕事の関係上ときおり彼と話すことはあった。
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