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5契約結婚
「ジュリア」
混乱しながらもやはり急展開すぎて考えきれず、この話は流してしまおうと心の天秤を傾けていると、こちらに集中するようにと柔らかな声で名を呼ばれる。
ジュリアは心の中でふぅっと息をつきもう一度向き直ると、穏やかな笑みを浮かべたレオナルドは話を続けた。
「もちろん、周囲には仲の良さをアピールする必要はありますので、私もジュリアもそうする努力をすべきではありますが」
「仲良さアピールですか?」
「ええ。兄は疑り深いですので、私たちが好き合って結婚したと信じてもらわないといけません。あとは、結婚しても一部では気にしない者もいますので、寄ってくる異性を寄せ付けないために愛し合っていると周囲に示す必要があります」
「なるほど」
本当、お貴族様もいろいろあるようだ。
今まで女性との交際が派手だったのもその辺りに関係しているのだろうかと、ここまでくると邪推してしまう。
「私と結婚することによるジュリアの方の利点といえば、オリバーを忘れるためというのは前提ですが、互いに想い合っているというのを見せるのも有効ですよ。彼にも気にしてないぞというスタンスを見せるのも一興でしょう? それなりに私は目立ちますし」
「レオナルド様は確かに目立ちますが……」
「こうしましょう。私が好きで好きで傷心のあなたを口説き落したと。それなら、私があなたに非常に甘くジュリアが多少ぎこちなくても、周囲も納得してくれますよ。今もそのような状況ですしね?」
言葉を重ねて詰め寄ってくるレオナルドに、ジュリアは押され気味になった。
ただでさえここ最近滅入っていて疲れている状態に、思ってもいない方向からの熱意に一気に侵食される。
確かに、悪い条件ではないと思ってしまった。
家庭をこれから築くであろう元彼にこっちはこっちでやっているぞとあえて見せつける気はないが、別れても幸せであると人伝にでも知られるのはなんとなくすっとする気がした。
何より、ひとりでいる時に今頃はと思い出さずにいられる存在は、今のジュリアにとっては魅力的でもある。
揺れる心にさらに追い討ちをかけるように、レオナルドが顔を近づけてくる。
「ジュリア。忘れられないというのなら、私を利用してください」
「利用、だなんて」
「私も煩わしい女性関係が楽になるのですからお互い様です。一緒に住むのですから、もろもろの条件はこれから決めていくのはどうでしょうか?」
なるほど。契約ならばそういった取り決めは大事だ。
レオナルドの口ぶりでは、女性関係についてほとぼりが冷めるまでは大人しくするつもりではあるのだろう。
お貴族様が愛人を作ることは一部ではステータスであると聞くし、そういう関係ではないのなら確かにちょうどいいかもしれない。
もし、離婚となった場合も、昨今、離婚や再婚が増えてきた平民であり、仕事が安定しているジュリアにとってはさほど痛手にはならない。
むしろ、白騎士様がお相手とあれば、周囲が勝手に推測して納得してくれるだろう。
「どうでしょう?」
もう一度問われ、アイリスの言葉や先ほど自分が考えたことが脳裏を過る。
じっと見つめられるなか、ジュリアは視界いっぱいにレオナルドを入れて観察した。
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