はじまり

3/5
69人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
 小さなシャッター音が聞こえる。  納得がいかないのか、別のショットを撮りたいのか、緩やかに斜めになっている土手を下りて川へと近付いていく。長身だけど、身のこなしは軽やかだ。  悠希はスケッチの手を止め、楽しそうに撮影を続ける男を半ば茫然と眺めていた。  何なのだろう。  確かにどこの学校でも、人みしりせずに話しかけてくる人間はいたが、それは同じクラスだからであって、通りすがりに知らない人間に話しかけるなんて稀だろう。  人と喋るのが得意ではない悠希にとって、この気安さはまるで未知の生物みたいに見える。  男は急にこちらを振り向いた。  慌てて目を逸らそうと思ったが、目が合ってしまう。 「撮っていい?」  カメラを軽く掲げ、こちらを見上げて笑った。 「……あ、俺?」  悠希はゆっくりと瞬きをした。  微かにシャッター音がした。 「――なっ」  まだ返事もしてないのに。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!