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「渉、水沢! そろそろ帰るぞ!」
遠くから大西の声が聞こえて振り向く。大きく手を振っている。花火はすべて終わり、女子たちも帰る様子だった。
手元の線香花火も、静かに炎を落とした。
渉は視線を悠希の方へ一瞬向けて笑ってから立ち上がる。見上げる悠希の手を取り強く引っ張った。勢いで立ち上がると、渉はパッと手を離した。
駆けていく渉の背中を追うように歩いていく。
握られた手に篭った熱のやり場がない。
なんだろう。
今まで感じたことがないような気持ちが自分の中にあった。
女子たちと別れて駐車場へと向かった。
「水沢、でかしたぞ!」
大西は嬉しそうに、悠希の背中を何度も叩く。どうやら目当ての子から連絡先を聞き出すことに成功したらしい。それは大西の手腕だと思うのだが、最初にきっかけを作ったのが悠希だからだろう。
停めていた自転車の前に来たとき、後ろから一台のワゴン車が近付いてきて四人を照らした。
窓から覗いた中年の男は知らない顔だ。
「佐藤さん」
そう言ったのは渉で、「隣の家の人」と皆に簡単に説明して車に近寄った。
「大変だよ、渉くんのおばあちゃんが倒れて救急車で運ばれたんだ」
渉は何も言えず立ち尽くす。
「すぐに乗って。隣町の救急病院に運ばれたから」
「……自転車」
渉がつぶやく。
「何言ってんだよ。自転車は俺たちがなんとかするから!」
大西が大声で言った。渉は頷いて「ごめんな」と言い、ワゴン車へと乗り込んだ。車は勢いよくUターンして、薄暗い道を走り去った。
「大変なことになったな」
植田がぼそりと言った。あの家には渉と祖母しか住んでいない。これからどうなるのだろう。
自分の自転車に乗りながらほかの自転車も動かすのは難しく、三人で苦労しながらなんとか渉の家まで運んだ。家には当然明かりは点っていない。
三人はその場で解散した。
翌日も、翌々日も、ずっと、渉は河原にも学校にも姿を現わさなかった。
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