73人が本棚に入れています
本棚に追加
「昨日、渉の家に寄ってみたんだけど、お父さんとか親戚も来てて大変そうだったから、ちょっと話しただけで帰ってきた」
大西は悠希の前の机に腰かけて言った。その横に立っていた植田が尋ねる。
「おばあちゃん、どうだって?」
「まだ意識が戻らないんだって。戻っても以前みたいに畑仕事なんかするのは無理だろうって」
「お父さん、帰ってきたのか?」
「仕事抜けてきたとかで、すぐ戻るって話」
悠希は黙って二人の会話を聞いていた。
あの家に一人でいるのだろうか。
先生が教室に入ってきて講習が始まった。渉がいない教室は静かで物足りない。彼が現れるまではこれが日常だったのに。
こんなときにうかがうのは迷惑だろうか。
でも——。
家に行ってみよう。忙しそうなら去ればいい。
※
自転車をいつもより飛ばして渉の家へと向かった。色鮮やかな風景も、今日は心を明るくはさせない。
渉の家に呼び鈴はなかった。
ガタガタと音をたてる引き戸を開けて呼ぶ。
「渉」
返事は返ってこない。縁側にいれば声が届かないかもしれない。
家の外をぐるりと回って縁側の方へと向かった。
「――渉」
渉は縁側に座ってぼんやりと畑の方を眺めていた。反応は少し遅れたが、いつもの笑みを浮かべてこちらを見た。
「来てくれたんだ」
「……うん、忙しいかと思って顔出さなかったんだけど」
心配だったから。
「昨日まではバタバタしてたけどね。父さん仕事に戻ったし」
「おばあさん、意識が戻ったのか」
「いや」
首を横に振る。
「叔母さんが隣町にいるんだ。父さんの妹。だから病院には叔母さん夫婦が行ってくれてる。意識がないから俺がいても手伝えることはあまりないし、毎日様子見て帰ってくるだけ」
「そうか……」
「ここ、座れよ」
渉が隣を指差した。言われた通りに腰を下ろし、同じように遠くを眺める。
「ここの土地、売ってしまうかもしれないって」
ぽつりとつぶやく。
「え」
最初のコメントを投稿しよう!