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「意識を取り戻しても、もう畑仕事は無理だろうからって。入院にお金もかかるし。幸い隣の佐藤さんが、必要なら土地を買い取って農地として使ってくれるって、昨日叔母さんや父さんたちが話してた」
何も言えなかった。
どんなに大人ぶったところで自分たちは力もお金もない子供で、できることなど限られている。
渉に特別落ち込んだ様子はない。
だけど、辛くないはずがない。
どんな慰めの言葉も救いにはならない気がした。
悠希はカバンを開けてスマホを取り出した。イヤホンを出して片方を渉の耳に入れる。不思議そうな顔をしているが構わず、画面をタップすると、河原で聴いていた曲が流れた。
渉の表情が緩んで、しまいにはクスクスと笑い出した。
上手な慰めの言葉ではなく、こんなことをする不器用さが面白かったのだろうか。
「お前も聴けよ」
促されて、もう片方を自分の耳に入れる。
少しずつ夕暮れに染まっていく空。
不似合いに明るく突き抜けるような音楽が流れている。
しばらくは黙って、空が濃い緋色に変わっていくのを眺めていた。
早く元気になってほしい。
元気になって、今までみたいに一緒にいられるといい。
明るい声で渉は言った。
「俺は大丈夫。ばあちゃんはいなくなったわけじゃないし、この家なくなるのは寂しいけど、来年の春には東京に出る予定だったからな」
大丈夫、なんて言わなくていい。
親代りだった祖母が倒れて、馴染んだ家が売り払われるのなら、辛いのは当然だ。
当然なのに。
思ったことが、素直に口から出た。
「急いで元気にならなくてもいい。無理して笑わなくても」
渉は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑った。
「大丈夫。ほら、この曲聴かせてくれたし。それにさ――」
少し俯いてからゆっくりと顔をあげ、悠希の方を見る。
途切れた言葉を大事に紡ぐように言った。
「それに、悠希がいる。悠希がいてくれて良かった」
心臓を、ぎゅっと掴まれたような気がした。
苦しい。
この気持ちはなんだろう。
胸の奥の方が痛い。鼓動が早くなって、どうすればいいかわからない。
ずっと隣にいたい。
だけど、このまま隣にいたら、心臓がもたない気がする。
こらえきれず、視線を逸らした。
だけど近づいてくる気配を感じる。
そっと、できるだけ自然に隣を見た。
その瞬間、あまりにも近くに渉の顔があって、魔法にかかったみたいに動けなくなった。
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