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 目を見開いたまま、近づいてきた唇を受け止める。    どうしよう。  思考能力がゼロになり、何も考えられない。  重なっている数秒が、永遠みたいに感じる。    弾かれるように離れたのは、渉の方だった。 「うわ、ごめん! いや、ごめんってのは、ふざけてとか間違ったとかじゃなくて——」  心臓が張り裂けそうなくらい鳴っている。  言葉が浮かばず、呆然と見つめながら渉の言葉を聞く。 「……したくなったからで。でも、付き合っても告白してもないのにいきなりは、ないよな」  考えるよりも先に動く、渉らしいといえば渉らしい。  でも、ふざけてではなく、したくなったからというのは、つまり——。  無言のままなのを心配しているのがわかったので、なんとか言葉を絞り出した。 「……怒ったりは、してない」    やっとそれだけ言えた。  安堵したのか、渉は深く息を吐く。  突然のキスに驚いた。  だけどそれ以上に、嫌だと思わなかった自分に驚いた。 「俺、悠希のこと――」  見つめ合っていた。  一瞬の静寂は、大きな声に破られた。 「渉くん!」  二人同時にビクリと身体を震わせ、声の方を見た。  視界には誰もいなかったが、すぐに家の横から人が姿を現した。  花火の夜、ワゴン車に乗っていた男性だった。 「夕食、できたからおいで。あ、お友達も一緒に来るかい? ご馳走じゃなくて鍋だけどね」    手招きしている。  渉は悠希の方を見た。 「夕食、隣の佐藤さんが時折呼んでくれて。俺、ここで一人だから」 「……あ、じゃあ、行けばいいよ」  そう言ってから、隣家の男性に頭を下げる。 「お誘いありがとうございます。ちょっと立ち寄っただけなので、今日は帰ります。誘ってくださったのにすみません」  男性はにこやかに「そうかい。また機会があれば」と答えた。  悠希が縁側から下りると、渉は苦笑しながら片耳に入れていたイヤホンを手渡した。 「ありがとう、来てくれて。話途中になっちゃったけど、またな」 「うん」  頷いてから、手を振る渉に背を向けて立ち去る。  玄関前に止めていた自転車を漕いで自宅へと向かった。
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