2

9/10
前へ
/43ページ
次へ
 目を見開いたまま、近づいてきた唇を受け止める。    どうしよう。  思考能力がゼロになり、何も考えられない。  重なっている数秒が、永遠みたいに感じる。    弾かれるように離れたのは、渉の方だった。 「うわ、ごめん! いや、ごめんってのは、ふざけてとか間違ったとかじゃなくて——」  心臓が張り裂けそうなくらい鳴っている。  言葉が浮かばず、呆然と見つめながら渉の言葉を聞く。 「……したくなったからで。でも、付き合っても告白してもないのにいきなりは、ないよな」  考えるよりも先に動く、渉らしいといえば渉らしい。  でも、ふざけてではなく、したくなったからというのは、つまり——。  無言のままなのを心配しているのがわかったので、なんとか言葉を絞り出した。 「……怒ったりは、してない」    やっとそれだけ言えた。  安堵したのか、渉は深く息を吐く。  突然のキスに驚いた。  だけどそれ以上に、嫌だと思わなかった自分に驚いた。 「俺、悠希のこと――」  見つめ合っていた。  一瞬の静寂は、大きな声に破られた。 「渉くん!」  二人同時にビクリと身体を震わせ、声の方を見た。  視界には誰もいなかったが、すぐに家の横から人が姿を現した。  花火の夜、ワゴン車に乗っていた男性だった。 「夕食、できたからおいで。あ、お友達も一緒に来るかい? ご馳走じゃなくて鍋だけどね」    手招きしている。  渉は悠希の方を見た。 「夕食、隣の佐藤さんが時折呼んでくれて。俺、ここで一人だから」 「……あ、じゃあ、行けばいいよ」  そう言ってから、隣家の男性に頭を下げる。 「お誘いありがとうございます。ちょっと立ち寄っただけなので、今日は帰ります。誘ってくださったのにすみません」  男性はにこやかに「そうかい。また機会があれば」と答えた。  悠希が縁側から下りると、渉は苦笑しながら片耳に入れていたイヤホンを手渡した。 「ありがとう、来てくれて。話途中になっちゃったけど、またな」 「うん」  頷いてから、手を振る渉に背を向けて立ち去る。  玄関前に止めていた自転車を漕いで自宅へと向かった。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加