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おわりとはじまり
「お、こっちこっち!」
ファミレスのボックス席で、植田が手を振っていた。大西は地元の大学に進学したが、植田は東京の大学なので、今でもときおり連絡を取り合っていた。東京に馴染んできたのか、植田の眼鏡も今風のオシャレな物に変わっている。
悠希は植田の向かい側の席に着いた。店員にコーヒーを注文する。
「水沢、仲良くしてた子、振ったんだって? 勿体ないなあ」
「その気がないのに付き合うの、なんか悪いし」
片思いで構わないから付き合って欲しいと言われたが、断るしかなかった。
何をしていても、些細なことで渉を思い出す。
花火やスイカ、一緒に聴いた曲、日常で見聞きするすべてが渉を連想させる。それに勝る想いをほかの誰にも抱くことなどできなかった。
渉のいない夏は終わろうとしている。伝えられなかった想いは今も胸にあり、締め付けるように痛む。
「今日はこれ見せたかったんだよね」
植田がにこやかに差し出したのは一冊の雑誌だった。悠希の知らない、大人の男性向けの娯楽雑誌だ。
折り目が付けられていたページを開く。
そこにあったのは、一枚の大きな写真。
「……これ」
一席・長谷川渉
目に飛び込んできた文字。
カラフルな民族衣裳を着た子供たちの笑顔があった。
「昨晩、渉に聞いて、ここ来る前に雑誌探して買ってきたんだ。すっげーよな。結構人気あるコンテストみたい」
「渉に、聞いた……?」
店員がコーヒーをテーブルに置き、去っていく。一足早く来ていた植田のグラスは空になっていて、氷も半分溶けていた。
「日本に帰って来たんだって。昨晩電話くれたんだ。水沢のスマホにも家にも電話したけど繋がんなかったって言ってた。スマホは番号変わったって話しておいたけど。家は、転勤になったんだよね」
「……うん、 父さんが転勤で関西に引っ越したから、もうあそこにはいない」
渉が帰国している。
まだ、覚えていてくれているだろうか。
二人の短かった夏を。想いを。
それとも、懐かしむだけの過去になってしまっただろうか。
あんな形で別れてしまったのだ。
渉の方はすっかり切り替えて、恋人を作っていてもおかしくない。
動揺を隠し、何気ないふりでコーヒーを口に運ぶ。少し苦い。
「水沢の番号教えようとしたんだけど、渉が、了解なく聞くのは悪いから俺の番号を教えてって。昨日やっとスマホ持ったんだって」
植田が笑いながらスマホの画面を悠希に向けた。
アドレス帳に、渉の名前と電話番号がある。
悠希は自分のスマホに、震えそうな指先で番号を登録した。
「俺、バイトあるから行くわ」
「うん」
アルバイトの前に少しでも会えたら、と誘われていたので予定通りだ。
植田は開いていた雑誌を閉じ、カバンに入れた。
「あ、水沢はゆっくりしていって。まだコーヒー飲みきってないだろ。また今度、四人で集まれるといいな」
立ち上がり、手を振り去っていく植田に手を振り返す。
テーブルの上には飲みかけのコーヒー。
そして、スマホ。
いつも持ち歩いているものなのに、恐る恐る触れた。
ここに、渉と繋がる番号がある。
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