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電話をすれば、きっと以前のような明るい声が返ってくるだろう。
友達として。
気まずくならないようにと気遣って。
一緒にいた夏を過去と割り切っていれば、なおのこと。
気遣わせるくらいなら、電話などしない方がいいだろうか。
スマホを手にしたまま動けずにいた。
怖いのだろうか。
電話をして、もう渉の気持ちが離れているとわかったら、やっぱりそうだったのだと自ら確認することになる。
怖い。
だけど、たとえ渉にとって大勢の友達の中の、特別でもなんでもない一人になっていたとしても、あの夏言えなかった気持ちを伝えるべきではないか。
今も苦しいくらいに渉のことを想っている。
苦しいくらい、特別で、好きだったのだと、それだけでも伝えたい。
伝えなくてはいけない。
じゃないと、いつまでもあの夏から抜け出せないのだ。
スマホを手に立ち上がる。
レジでコーヒー代を支払い、店を出た。
歩道は狭く人通りも多いので、立ち話はしにくい。裏手にある公園まで早足で向かう。遊具はないが広々としていて、親子や散歩をしている人が多い。
ベンチを見つけて座り、深く息を吐いた。
スマホのアドレスを開き、通話ボタンをタップする。
呼び出す音に、鼓動が重なる。
手が汗ばみ、震えそうになる。
プツ、と音が切れ、繋がった。
「……渉?」
息を飲む音。
『悠希……か』
「……うん」
渉だ。
一年ぶりに聞く声。
繋がっている。
だけど、これで、もう特別ではない存在だと思い知ることになるのだろう。
「あのとき、最後に会ったとき、追いかけたけど間に合わなかった。だから……あのとき言おうと思ったこと、言わないとと思って」
『え、追いかけてくれてたのか?』
目を見開いて口元を押さえている姿が目に浮かぶ。
「うん」
『……マジか……。あのとき悠希の姿が見えた気がしたけど、一瞬で、気のせいかなって、願望が見せる幻覚かと思ったりもしてたんだよな』
「言えなかったけど、もう会うこともないだろうから忘れようと思ってたんだけど――」
『……それを今言うの?』
「うん」
『ちょっと待った、今どこ。そっち行くから、会って聞くから』
「え、行くって、これから?」
行くと言うからには、東京にいるのだろうけれど。
『だから、どこ?』
本気だろうか。遠過ぎればさすがに諦めるだろう。
そう思いつつ駅名を告げる。
『やった、結構近い。二十分……いや、十五分そこで待ってて』
「えっ」
『十五分後な!』
電話が切れた。
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