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はじまり
都会の空とは青が違う。
吹き抜ける風の匂いも、川面の輝きも。
向こう岸に建物はなく、遠くには小高い山が見える。
木々の葉が風に揺れて、さわさわと音をたてた。
水沢悠希は川を見下ろす土手に座り、スケッチブックを広げた。
今日も暑くなるだろう。
登校途中でスケッチするようになってから二週間。それまでも休日には時折、あてもなく歩き古い建物などを描いていたが、偶然見つけたこの場所はとても居心地がよく、以来、早朝に来てスケッチを続けていた。毎日のように強い日差しの下にいるのに、元々色白のせいか肌は一向に小麦色にならない。
鉛筆を走らせて、目の前に広がる風景をさらさらと描き始めた。
納得いく絵が描けそうになったら、久しぶりに大きなキャンバスを買ってきて油絵に挑戦してみようか。
小学生のころは絵の教室に通っていたが、引っ越しを繰り返したために今は教室にも通えず、すっかり自己流だ。
傍らに置いた鞄から色鉛筆を取り出した。紙のケースは既にボロボロだ。緑の色鉛筆を手にして塗り始めたとき、急にスケッチブックに影が出来た。
振り向くと、同じ年頃の男が身体をやや屈めてスケッチブックを覗き込んでいる。思ったよりもずっと近くに顔があり、一瞬ビクリと震えた。
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