落とした翼

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「きょうからわたしは、ばれりいなです!」  買ってもらったばかりのレオタードを身にまとい、胸を張って高らかに宣言し教室の中を笑いで埋めつくしたのは、そう、幼い頃のわたし。美しい体型のバレリーナにはまだ程遠い、まんまると太った小さなわたしがそんなことを言うもんだから、見学中だった周りの大人たちはお腹を抱えて笑っていた。でも、じきに向こうでレッスンの準備をしている先生がこっちへ来て、みんなを叱ってくれる、そう思ったのも束の間、わたしと同じ色のレオタードに身を包んだ綺麗な姿の先生はわたしの姿を見て、やさしそうな笑顔のまま、他の人と一緒に笑いながらわたしから目を逸らした。  そして何事も無かったかのように始まるレッスン。ぐっとこらえたけれど、わたしは泣きそうになってしまった。確かに周りのみんなよりは太ってはいたけれど、とはいえそんなに笑わなくたってよかったはずだし、先生は、先生だけは庇ってくれると思ったのに。そんな小さな裏切りがあの時のわたしを大きく傷つけた。  幼くたって、そういうところは案外覚えているものだ。嬉しい記憶よりも、苦い記憶の方が残るのは、人間が危険を察知するために必要な機能らしい。苦い記憶や怖かった記憶を覚えておくことで、次に来る危険に備えるんだとか。そんなことを言われても、とは思うけれど、だからなのか、わたしが振り返る記憶はどうも苦いものばかりだった。
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