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 わざわざ用意してくれたんだ。僕の悩みを聞いて、その助けになるようにと。手に持っている洗車用の布を投げつけたい衝動をおさえて、無理に笑顔を作ってみせた。 「そうだよね、環境が変わればうまくいくかもしれないよね」  晴美さんと親密になるための、いいきっかけをもらったっていうのに、なんでイライラしてんだ。ポジティブ感情とネガティブ感情が逆転してしまったとでもいうのか。  この旅行がうまくいけば、今までよりも彼女との仲が深まるはず。そうすれば、こんなぐちゃぐちゃな気持ちなんて、消えてなくなるはずだ。 「じゃ、仕事がんばれよ」  去っていく兄ちゃんの背中を見送っていると、ぐしゃりと音がした。もらったばかりのペアチケットが、僕の握力で折れ曲がっていた。ポケットに封筒をつっこむと、僕はまた洗車を始めた。どんなに救急車がピカピカになっても、今度はなんの達成感も感じなかった。
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