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「温泉、気持ちよかったわ。料理もおいしかったし、この庭園もすてきね。唯織さん、あなたのおかげよ。誘ってくれてありがとう」  ゆかた姿の晴美さんは、そう言ってつやっぽく笑った。温泉で火照ったうなじと、しっとりなびく黒髪が美しい。  離れの温泉を出て、ふたりで石畳を歩く。石灯篭(とうろう)に火が灯り、旅館の庭園を幻想的に照らしている。初夏といえど肌寒く、上着を脱いで晴美さんの肩にかけると、彼女はあでやかに微笑んだ。 「優しいのね」  照れくさくなって、なにも言わずに手をにぎった。ぬくもりが伝わり、ドキドキする。それでいて、とても落ち着く。一泊二日の短い旅行だけど、新鮮で刺激的だ。 (碧唯兄ちゃんのおかげだ)  連想して、よけいなことを思い出さないうちに、晴美さんと出会った時のことを思い出していた。
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