戦乱の聖王 悲願の天獣2

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「戦乱の王 悲願の天獣」2 「覇者の想い人」 「ジュウギョク、俺は領民達のとんでもない噂を、耳にしてしまったぞ」  端正な顔立ちを青ざめさせて、ショーコハバリの子タカリュウは言った。一体何事だろうとジュウギョクは背を正す。 「俺は……ショーコーハバリの子では無くって、トキオーリ殿の子だと言うのだ」  その言葉に、ジュウギョクは噴き出した。 「なんだ、それは。そのような事、ある訳が無いな。貴方は、ミョーシノ殿がショーコーハバリ様に嫁いでからの子だ。何しろ、2人も姉上がいる」 「うむ。そうだ。だから母上が実は、トキオーリ殿と通じていた、と言いたいのだろう」 「そんな筈は絶対に無いな。貴方の母上以上に、男に惚れ込んでいるおなごには、会った事が無い」 「うむ。俺も我が母ながら、父上への惚れ込みようは、大したものだと思う」  ギンミノウ一の美女。そのように呼ばれていた女性。タカリュウの母ミョーシノは、大変な美女として名を馳せていたが、ただの美女とは少し違っていた。  まず、並みの男よりも、ずっと背が高かった。  そして、11の幼いとも言える頃から、神と契約し、舞を舞う事が出来たのである。  本当であれば、その舞の力を使い、男並みに活躍をしたかった。それが彼女の望みだったのだが……  その美貌と長身により、12の時にもう、嫁ぎ先が決まってしまった。嫁ぎ先の男が亡くなってからも、彼女の美貌は噂を呼び、次の男、次の男と、すぐさま嫁ぎ先が決まって、トキオーリへは3度目の嫁入りとなった。生まれは卑しいとは言わぬが、名家の者では無かったので、もちろん、側室であった。  自分は、何故こんな長身に生まれてしまったのかと、彼女の心は晴れなかった。  これ程までの長身で無ければ、12で嫁ぎ先が決まったりなど、しなかったのでは無いか。  美貌などいらぬ。せっかく神と契約が出来たのだ。活躍をする人生が欲しかった。  そんな時に、信じられぬほど長身の男・ショーコーハバリと出会う。  その迫力のある長身の姿に……そう、一目ぼれをしたと言っていい。出会ったのは、トキオーリが主催した、舞を披露する会であった。その迫力のある長身の男が、ほれぼれとする舞を舞う姿を見て、さらに惚れ込んでしまった。自分の舞を見て、絶賛してくれたのも嬉しかった。  男に惚れたのは、生まれて初めての事だった。  勇気を出して、文をしたためた。  貴方のような方に愛されたい。このような文をしたためた事が分かれば、自分は罰せられてしまうだろう。だが、この思いを抑える事は出来ない、と。  ショーコーハバリがその手腕で、次々に活躍をして行き、酒の席で、何でも欲しいものを与えると主君のトキオーリに言われた時に……ならば、ご側室のミョーシノ殿を、と言った。  トキオーリは驚き、この美女を手渡すのはさすがに惜しいと思ったが……その時、ミョーシノは嬉しさのあまり号泣し、泣き崩れる程に歓喜し、ショーコーハバリには勿論、トキオーリにも幾度も幾度も礼を言い、自分の人生にこんな喜びがあるとは。生きていて良かった。と言った。  ミョーシノが、男並みに活躍をしたかった女性だと知ったショーコーハバリは、彼女を戦場へ連れて行った。そこで、ミョーシノは戦場の過酷さを知り、自分は大人しく城で待つべきだ、と考え直した。  だが、それ以来、ショーコーハバリが戦場に行くと、心配で心配で気もそぞろになり、何も手につかなくなってしまうようになった。母のその様子を見ていたタカリュウは、父に、なんで母を戦場に連れて行ったのか。と、不満を口にした事がある。  すると母は、ただ、女には無理だなどと言わずに、わたしの気持ちをくんで、戦場に連れて行ってくれた。こんなに素晴らしい人はいない。父上を悪く言うのは、息子の貴方でも許さない。と、口にした。  母は、それ程までに父に惚れ込んでいるのである。 ショーコーハバリは不思議な男である。  愛し合うのならば、女は3人がせいぜいだ、と言う。  そうして、城には2人の美女しかいない。  ミョーシノとオオミ。  オオミは正室であり、イナオーバリとはまた別の、隣国を統べる領主の娘。いわば政略結婚。同盟による結婚であった。  だが、ショーコーハバリは、オオミが初めて会った、活発で愛らしい8歳の美少女であった頃から、オオミ殿をいずれ嫁に欲しいと言ってはばからず、オオミもショーコーハバリに良く懐き、彼に嫁ぐ日を、とても楽しみにして育った。  そうして、側室であったミョーシノにも良く懐き、憧れを持って接していたから、オオミが正室として嫁いで来ても、オオミとミョーシノは信じられぬくらい仲が良かったのである。  どのくらい仲が良いのかと言えば、オオミは最初の子シオジョウを産んだ後、12と10になる男の子も産んでいるが、ミョーシノの産んだタカリュウが、跡継ぎで構わないと言ってくれたのである。  正妻が男の子を産んで、世継ぎで無くても構わないと言う程、オオミはミョーシノと仲が良かった。  しかし、ショーコーハバリほどの男が、何故、女をたった3人などと言うのか、息子ながらタカリュウは不思議に思っていた。  だが、不思議に思う反面、ミョーシノの他、ミョーシノと仲の良いオオミ以外の女性を城に入れず、ミョーシノを大切にする父を、尊敬する思いもあった。  そう。噂は噂だ。  それはタカリュウが一番よく知っている。  だが…… 「思うのだが……そんな噂が立つのは、この俺の身長のせいだ」 「身長?」 「あの父と、あの母の子にしては、小さいでは無いか」 「そうかな?俺と貴方は同じくらいの身長だ。俺も、どちらかと言えば長身と言われるぞ」 「ああ。そりゃあ、どちらかと言えば長身だ。だが、あの父とあの母の子だぞ。とんでもなく背の高い息子が生まれないとおかしい。領民達はおそらく、そう思っているのだ」  はあ、とタカリュウはため息をつく。 「情けない。どうしてもっと、長身に生まれなかったのかなあ」 「そんなに気にする事は無いよ。貴方の顔立ちはとても端正で、どことなくショーコーハバリ様に似ている」 「本当か!」  顔をほころばせ、喜んだ後…… 「いいや、何。あんな父親に似ていると言われても、嬉しいものか」  とタカリュウは言った。  ジュウギョクは思わず心の中で笑う。  複雑なのだ。この若君は、と思った。  イナオーバリのカズサヌテラスに、タカリュウの妹シオジョウが嫁いだ。このカズサヌテラスへの、ショーコーハバリの期待と言うのが、まあ、凄い。  嫡男の俺よりも、娘を嫁がせたカズサヌテラスの方が可愛いのか、と、タカリュウは良く口にする。  タカリュウは、やはり、今回もそれを口にした。 「そもそもだな。俺の身長のせいだけでは無い。父上がカズサヌテラスに肩入れをしすぎるので、俺は父上の子では無い、などと噂が流れるのだ」 「タカリュウ殿……貴方の想いも分からぬでも無い。けれど、ショーコーハバリ様は貴方をけっして、ないがしろにはしない筈だ。ギンミノウの領土を継がせる者は、貴方だと思っている筈だよ。恐れ多き夢を……天獣を呼ぶ夢を授ける相手を、イナオーバリの、カズサヌテラスだと思っているのだろう」 「天獣などと、いるのかいないのか分からんものを、勝手に夢想して、馬鹿な父上だ」 「だから、そんな夢を授けられても、貴方も困るだろう?だから、貴方には、その夢を授けぬのだ」 笑うジュウギョクに、タカリュウは黙った。  ジュウギョクは笑いながら続けた。 「俺はカズサヌテラスに会ってみたいな。どのような方なのか……派手な着物に身を包んでいる、その姿で戦場に舞う、傾奇者だと聞いているが……それが良く似合う、美丈夫だとも聞いている」 「なんの。美丈夫ぶりなら、お前も名を知られている。けっして、派手な着物に身を包まぬがな」 そういうタカリュウも、美貌の父と母を持つだけあり、なかなかの美丈夫である。  ジュウギョクとタカリュウ、2人の美丈夫はしばし見つめあい、タカリュウの方から、フッと笑った。 「ジュウギョク……俺の胸のうちの思いを語れる相手は、幼馴染のお前しかいない。お前と言う存在がいてくれる事……俺は、感謝している」  ジュウギョクは、タカリュウの教育係である男の、1人息子である。成り上がり者のショーコーハバリが我が子の教育に当たる者を探していた時、ジュウギョクの父はそれに名乗りを上げた。  そして、その見返りとして、1人息子であるジュウギョクを、いずれはショーコーハバリの家臣にして欲しいと頼み込んだのだ。  ちなみに、タカリュウの父と噂されたトキオーリとは、かつてのショーコーハバリの主君であり、ギンミノウの、由緒正しき統治者であった男である。  この主をショーコーハバリは、大変な存在にのし上げた。元々、一国一城の主ではあったが、その領土を広げさせ、その勢力を大きくしたのは、誰よりもショーコーハバリであった。  この世界には、幕府の統治下に置かれ、年貢を領主に収める民の他に、独自の文化を持ち、年貢を領主に収めず、野蛮な者達と言われる種族も、多く存在していた。少数民族、と言う事である。  しかも、その少数民族と言うのは、時になかなか戦が強かったりする。  手出しをすべき相手では無いと、多くの者が考えていた。  しかし、ショーコーハバリはこの存在を、その独自の文化や信仰は捨てずに、文明に経済に、取り入れる道を選んだ。  勿論、武力による制圧をする。痛めつけすぎぬよう、武力による制圧をした後、その地に送り込んだのは、商人達だったのである。まず商人達により、その未開の地域を潤わせた。文明の利器と言える品々を与え、物の作り方や農作物の育て方なども、事細かに伝えた。そして、その地が潤ってから、初めて年貢と言う物を納めさせたのだ。  文明と言う物に、経済と言う物に、触れたその野蛮と言われた者達は、豊かで開かれた便利な暮らしを、喜んで受け入れた。ショーコーハバリが独自の文化や信仰を否定しなかったから、尚更である。  武力よる未開の地を制圧したこの男に、その未開の地に住む者達は、むしろ感謝をするようになったのだ。  未開の地を取り込む事で、ギンミノウの財政は大いに潤った。そして、それを軍資金として、同じ文明を持つ同士の、戦に当てて行った。  そうして……同じ文明を持つ相手には、この男は容赦をしなかった。未開の地の者達とは違い、容赦無い殺戮を、そう、戦闘員にはした。  戦闘員を容赦なく殺し、殺し尽くすかのように殺し、武力による制圧をした後には、その地に商人達を送り込むのだ。その地を豊かにするのである。  このショーコーハバリと言う男には、戦わずに屈したい。近隣諸国の多くの、戦闘員も、非戦闘員である民達も、そのように思うようになった。  そう思われる存在になる事が、いかに領土の拡大に大切な事であるか、この男は良く理解をしていた。  この部下のおかげで、自分は身の安全を確保しながら、勢力を拡大させ領土を広げられると、トキオーリは当初、とても喜んでいた。  しかし、ショーコーハバリはこのトキオーリの子に、ミョーシノの産んだ最初の娘を嫁がせ、この息子を娘に毒殺させたのである。このトキオーリの子が、自分の意のままに操れぬかも知れぬと、思ったからである。  タカリュウには、2人の姉がいる。  2人とも、嫁ぎ先の男を自ら殺したり、父がその男を殺せるよう仕向けたりしている。  1番上の姉はミョーシノの美貌を受け継いだ、美しき女性だったが、3人も夫を殺し、さすがに嫁ぎ先が無くなり、城に帰って来ている。2番目の姉は朗らかな背の高い女性だったが、父の命じるまま動いていたら、その相手が死んでしまった。その事がつらかったらしく、城に戻って来てからふさぎこんでいる。2人とも不憫なものだと、タカリュウは思う。  息子を殺され、初めてトキオーリは、ショーコーハバリと言う男の恐ろしさを思い知った。  しかし到底、戦って勝てる相手では無い。  トキオーリは、ショーコーハバリの暗殺を試みたのだが、呆気なく失敗をし、毒殺された嫡男だけで無く、他の2人の息子もショーコーハバリの手により失い、国外に追放されてしまった。  それが、ショーコーハバリによる国盗りである。  その国盗りにより、卑しい生まれであった男はギンミノウの毒蛇として、自らの名を世に知らしめたのだ。  毒蛇と言われた父。  その、父の意のままに夫を殺してきた姉達。  姉達のような、恐ろしい妻は持ちたくないものだと、タカリュウは心から思う。  そろそろ、妻を持たねばならぬ歳になったが……  出来れば、愛せる、可愛いと思える女性と結婚をしたい。そう思い、婚姻話になかなか、うんとは言えずにいた。  そのうちショーコーハバリは、仕方がない。最高の婚礼をお前にさせるので、その状況が整うまで待つ。と言い出した。最高の婚礼とは、愛せる可愛い女性との婚礼と言う意味では無く、父ショーコーハバリに大いに役に立つ婚礼と言う意味である事は、勿論、タカリュウも分かっている。  分かってはいるが、待ってもらえるだけ、良しとするか。と思っていた。  実は、2人の姉よりも、母親の違うシオジョウの方が、タカリュウはずっと仲が良かった。  姉達とは違い、シオジョウはタカリュウと共に、学問に励みたいと言い出したからである。  姉達は女に学問は必要ない。文字だけ読めればいい。と思っていた。  タカリュウとシオジョウ、そしてジュウギョクは共に机を並べて、勉学をした仲なのである。  学者の子であるジュウギョクはともかく、妹のシオジョウが、あまりにも勉学の覚えが早かった。あっと言う間に自分に追いつき、追い越していった。  それに対し、タカリュウが、劣等感を抱いた事もあったのだが……  この妹はちょっと特殊なようだ、と気付いてからは、そこまで気にしなくなった。  勉学に励むだけでは無く、剣術や舞なども共に習い、そして、3人で良く遊んだ。  タカリュウは、シオジョウには姉達のような生き方をして欲しくは無かった。  そうして、シオジョウはジュウギョクが好きなのだろうとも思っていた。  ジュウギョクは将来有望な若者だ。  そのうち、ジュウギョクはシオジョウを娶れるほどの、出世が叶うのでは無いか。  シオジョウは、嫁入りをかたくなに拒んでいる。  ジュウギョクものんびり屋なのか、嫁をもらう気配が無い。  シオジョウが嫁入りを拒んでいる間に、ジュウギョクを活躍させて、2人の婚礼を応援してやろう。  そう、タカリュウは思っていた。  なのにシオジョウは、呆気なくイナオーバリのカズサヌテラスに嫁いでしまった。  しかも、カズサヌテラスほどの結婚相手はいないと自ら言って嫁ぎ、カズサヌテラスに付き添うように、戦地にも赴いていると聞く。  戦地に赴くとは、あの妹らしいとは思うが……  妹の人生が、姉達のように夫を殺すような人生では無く、本当に良かったとも思うが……  そんなにカズサヌテラスに惚れたのか。と思うと、やはり面白くない。  ジュウギョクは会いたいと言うが、俺は、そんな奴には会いたくない。  タカリュウはそのように思っていた。  朝早く、シオジョウはシャンルメに褥に呼ばれた。 隣の部屋から急いでシオジョウは、シャンルメの元へと向かう。  シオジョウが部屋に入ると、シャンルメは布団の中にいた。布団の中にいて、困った顔をしている。 「いかがしましたか?」  と聞いたシオジョウに 「うん……」  と小さく答え、 「実は、先程から出血が止まらないんだ。これは月のものだろうか」  と、シャンルメは恥ずかし気に言った。  急いで布団をめくったシオジョウは 「はい。もしかして、月のものは初めてですか?」  と、聞いた。 「そうなんだ。もうじき15にもなるのに、月のものが無いなんておかしい。だから、勝手にわたしは、神様はわたしには月のものが無いようにしてくださったんだ。男として生きる決意を、分かってくださっているんだ。なんて思っていたんだ」  うつむいて、恥ずかし気にシャンメルは 「ただ、遅れていただけなんだな。そんな風に思って、恥ずかしい。だが……こんなに血が止まらないとは、一体どうすればいいのだろう」  と、心細い声で言った。 「布と紙を重ねて、血を吸わせるようにしますが、これはとにかく、あまり持ちません。何度も代える必要があります。もしもお嫌では無ければ、血が多い時は重ねて厚みを持たせた紙を、そう……血が出るところに入れまして、血が外に流れるのを少し抑えるような事もします。血が多いのは、最初の3日です。特に、2日目は血が多いです。普通おなごは月のものになると、5日は部屋に籠もります」 「5日か……せめて、血の多い3日だけにしたいな。でも、普段なら突然高熱が出たなどと言って、引き籠っていればいいけれど、その3日の間に、戦が無いとも限らないね」 「そうですね」 「白い馬が気に入っていたんだけど、赤く汚してしまう恐れがある。わたしの馬が血に染まったら、何事かと思われる。日ごろから赤い馬に乗るべきだ。着物や鎧も、少し考えなければならないな」  そこまで言って、シャンルメはふう、と小さくため息をついた。 「月に1度、3日も寝込むのでは、部下や領民に心配をかけてしまうな」 「仕方がありません。おなごに生まれたと言うのは、そう言う事ですから。わたしで良ければいつでもご相談に乗ります。今は、お腹は痛かったり、気持ちがだるかったりしませんか?」 「ああ。するね。これも月のもののせいなのか。シオジョウ、本当にありがとう。恥ずかしいけれど、さっき言っていた、紙を入れたり重ねたりするのを、もう少し具体的に教えてもらっていいかな」 そう言ったシャンルメに、シオジョウは 「もちろんです」  と、深くうなずいた。  そして、 「紙はありますか?なるべく柔らかくて、汚れていないものです。布もいります」  と言った。  シャンルメはそれからしばらく、月のものにはどのような処置をすれば良いのか、詳しくシオジョウから手ほどきを受けた。  2日目に当たる明日は、具合を悪くして寝込んでいると言って部屋に籠るようにするが、今日は、会議がある。どうにか血が漏れぬようにして、その会議はすませたい。  そう言われたシオジョウは、 「こう言う時は、男の人のふんどしがいい。ふんどしはしていますか?」  と言った。そう聞かれて、 「普段はしていない」  と、答えたシャンルメは 「今日から、するようにしましょう」  と言われ、深くうなずく。 「この布団や、その着物も、洗わなねばなりません。わたしや、ましてやシャンルメ様が洗えば、何事かといぶかしがられるでしょう。こう言う時のために、用意していた者達がおります」  入ってきた2人の侍女に、シャンルメは見覚えがあった。血の付いた服と布団を受け取った2人の侍女を見送り、シャンルメは 「祭りの時の2人だよね?」  と聞いた。 「そうです。そのような者なので、父とわたしから、あの者達には特別に事情を話しております。この、毒蛇と言われた父の娘。もしも、そなた達から秘密が漏れようものなら、わたしとて容赦はしません、と伝えてあります」 「それは怖いな。でも、本当にありがとう」 「おなごはお喋りです。秘密を共有する相手が必要なものです。ですから、あの者達が2人で、都合が良かったと思っております」 「そうだね。本当にそうだ。わたし達もこうして2人でいるから、秘密を共有し、助け合える。いや……むしろわたしが、助けてもらってばかりだが」 「シャンルメ様はお助けするために、わたしはいるのです。とても嬉しく、光栄に思っております」  そう言ったシオジョウに、シャンルメは本当に嬉しそうに笑った。  突然月のものになって、心細かろうと思い、シオジョウはシャンルメの部屋に、しばし一緒にいた。  そもそも、別に褥を分けなくてもいいのだが、多分四六時中一緒にいない方が、新鮮で仲良くいられる気がする。それが男女の秘訣らしいけれど、女同士にもあるのかも知れない。  なんて話し合いで、寝るところは分けている。  誰かにいぶかしがられなかったか、心配になり、先程の2人の侍女に聞いたところ、朝から奥方様を褥に呼ぶなんて、お世継ぎが生まれるのも時間の問題だね。などと他の侍女達は噂していたと聞き、安心する反面、シオジョウはやれやれと思った。  お世継ぎか。それはおなごの自分とおなごのシャンルメ様では、到底作れない。  それだけは困ったものだと、シオジョウは思う。  シャンルメは男を作ってもいいなどと言うが、どこの馬の骨とも分からない男の子供が、オーマ家の跡継ぎになってしまったら、大変だ。  だから自分は、生涯男を知らずにいようと思う。そもそも、そんなものに大した関心は無い。  男に関心が無いのは、父が嫌いなせいかも知れぬ。  母は父を好きなのだが、自分は父を好きにはなれない。家庭教師と言うべき存在の、ジュウギョクの父に、学問を教わる時に、父のしている悪行を教えてくれ、とシオジョウは頼み込んだ。  毒蛇。悪行。悪逆。誰よりも恐ろしい男。  そう言った人々の噂を、子供のシオジョウは嫌でも耳にしていた。  シオジョウは、皆が言うほど父は恐ろしい男なのか、それを知りたかった。 「気遣いは無しだ。そなたの知る限りで良い。出来るだけ詳しく、教えて欲しい」  と、その男に伝えた時、その男は 「シオジョウ様は恐ろしきお子だ」  と言った。  このジュウギョクの父は、タカリュウとシオジョウに学問を教え終わり、ジュウギョクがショーコーハバリに仕えた次の年に、呆気なく病に倒れ、亡くなってしまった。つまり、ショーコーハバリに仕えた途端、ジュウギョクは家督を継いだのである。  実はジュウギョクは母もとても賢い女性で、賢く、優しくつつましいこの女性が、シオジョウは好きだった。賢い女性が身の回りにいないので、学問の話などを盛り上がれる貴重な女性として、この母に会いに、シオジョウはジュウギョクに会いに行くと言っては、彼の家を訪ねて行った。  すると、兄のタカリュウが勝手に、妹はジュウギョクに恋をしている。応援してやりたいと言い出して、正直あれは鬱陶しかった。  そう言う話は、否定すればする程、相手は盛り上がる。母に会いに行っているのだと言っても、全く聞く耳を持たない。困った兄だと思っていた。  さて。それは余談ではあるが……  幼き日のシオジョウは、ジュウギョクの父から、父ショーコーハバリの悪行を聞いた。  父のして来た悪行を聞き、正直、父を嫌いになった。世のため、人のため、この世界を救うためにと、どこまでも汚い事を行う父に対し、自分ならばそんなやり方をしなくても世の中を平らかにしてみせる、と、強く思ったからだ。  だから、シャンルメがそのシオジョウの想いを見抜き、妻に欲しいと言ってくれた時、本当にそれを幸福に感じたし、この方ほど素晴らしい結婚相手はいないと心から思った。  そのシャンルメは、何故か、自分は嫌っている父を、とても慕っている。  そう、シャンルメはシオジョウの父、ショーコーハバリをとても慕っている。  あんな男を慕うだなんて、変わった方だと正直思う。  そう言えば、また、父が遊びに来るから、会いに行くのだと言っていた。  月のものが終わってからにするように、シャンルメには言っておこう。  そんな風にシオジョウは思った。  ちなみに、その日の会議であるが、具合が優れない、早めに終わらせてもらいたいとは言っていたのだが、2時間に及んだ。  終わった時、シャンルメはとても困った顔をしていて、シオジョウには残って欲しい、と言った。  シオジョウは、意見をその場でする事は少ないが、会議には、必ず出席するようにしている。  女が何故いるのだなどと、思う者はいなくなった。この奥方様はなかなかの女軍師なのだと、幕僚達も、理解をするようになったのだ。  1人残ったシオジョウに、シャンルメは、しっかり紙も布も使い、ふんどしもしていたのだけど……と、赤く染まった席と服を見せた。シオジョウは例の2人の侍女を呼び、4人で何とか後始末をした。  突然月のものが来る時もあるし、月のものはおなごによって症状や血の多さなどが、全く違う。  お腹は痛く無いか。体はつらく無いか。そう聞かれたシャンルメは 「確かに痛いし、だるいけれど……大丈夫」  と薄く笑って 「女性は大変なのだなあ。明日とあさっては、部屋に籠もるようにするよ。そう言えば、貴方も月のものの時があるんだよね」  そうシオジョウに聞き 「もちろん、あります。わたしもその時は実は、ふんどしをしています。楽なので」  と答えたシオジョウの返事に、シャンルメは少し驚いて笑った。  戦が起こる時、村々や百姓達は、必ずしも被害者であり、略奪に遭い、苦しめられるだけの存在なのかと言うと、実は……そうでは無い。  戦が起こると村々は略奪に遭い苦しめられる。だが、その一方、戦が起こるとその戦場へ村々から「落ち武者狩り」をする百姓達が集まって来る。  負けの決まった勢力の、武士達を殺して金目の物を奪うのである。  百姓達の落ち武者狩りに遭い、亡くなってしまった有力な武将は、実はなかなかに多い。  そして、村々や百姓達が、必ずしも被害者では無い事は……10年戦争と呼ばれた、この世界の首都で起こり、10年も続いてしまった戦争が証明している。 幕府の内部抗争が10年続いたこの戦争であるが、実は、事の発端は、飢餓難民であったのだ。  元々、首都の近くの村々の住民は、首都に物乞いに来る事が多かった。飢饉が起こると周辺の住民達は、首都に物乞いにやって来る。しかし、その年の飢饉は、あまりにも激しく、広範囲を襲った。そのため、首都の近くの村々に住む者達が、飢饉に苦しむあまり、何千何万と農村を捨て、首都を目指して来たのである。難民が大量に押し寄せて、首都が難民に、物乞いに、溢れてしまったのだ。  富を持つ者や、徳のある僧侶達は、何とかこの飢餓難民を救おうと、食料の施しをしたのだが、あまりにも飢えている者達が、突然食料をかきこむように口にすると、腹を空かせすぎた胃腸が不調をきたし、亡くなってしまう事がある。そのために、食料を口にした半数近くが、亡くなってしまったのだ。  まるで、殺すために食料を与えているようだ。  その事があまりにもつらく、富を持つ者も、僧侶達も、食料の施しを辞めた。  すると、集まった飢餓難民達は、暴徒と化したのである。首都がそのために戦乱に陥ってしまったのだ。  そう、10年戦争と言われた、10年も続いた、首都が業火の炎と化したその戦争とは、そもそもは飢餓難民達が起こした戦争なのである。  誰もが思っている。 「7度の飢餓に遭おうとも1度の乱に遭うべからず」と。  しかし、飢餓とは時に、その、何よりも恐ろしい乱を引き起こす。飢餓と乱とは切って切り離せないものなのである。そもそも乱取りと言うものは、飢えた兵士達が、食料を村から奪う事が発端であるように。  この世界から無くさなくてはならない物。それは、乱だけではなく、飢餓もしかりなのだ。  シャンルメも、それは重々理解していた。 その10年続いた戦争の後、焼け跡が少しずつ回復していると言う首都の話を、シャンルメはショークに聞いた。  首都がどのように回復し、賑わいを見せ、どのようにまだ、傷跡が残っているのか。  それを、詳しく聞いたのである。  ショーコーハバリと言うこの男、ギンミノウの統治者になってからも、マシロカと名乗って、各国を飛び回っている。  勿論、首都にも何度も、足を運んでいる。ギンミノウと首都を、頻繁に行き来しているとも言える。  焼け跡と化したとは言えども、首都。  今、復興の兆しがハッキリと見えている、首都。  一度見てみたい。  首都に行ってみたい。  そう、シャンルメは思っていた。  その時、隣にショークがいてくれたなら、どんなに嬉しく心強いだろう、と。  首都の話の後、思い出したように、シオジョウはどうしているかと、ショークは尋ねて来た。  元気にしている。本当に助けられている。  この間も、月のものになって困っている時に助けてくれた。と、シャンルメはショークに言ってしまった。  本来、月のものの話は、男性にはしない話なのだが、この世間知らずの、男として生きている女性は、そういう事には本当に疎かった。  ほう、月のものか。とショークは笑った。 「シオジョウが妻になってくれて、本当に感謝している。あんな素晴らしい妻を持てて、わたしは幸せだ。可愛らしく美しく優しく賢く、最高の妻だ」 「何。そなたの方が、シオジョウよりも美人だ」  その言葉に、シャンルメは眉をひそめた。 「嬉しくないな。わたしは我が妻をとても愛おしく思っているのに。貴方は、自身の子のシオジョウを、もっともっと可愛がるべきだ」  その言葉にショークは声をあげて笑った。 「面白いな。女が女を娶るとは、そういう事か」  笑いながらショークは 「まあ。確かに俺の子であるシオジョウは美形だろう。何しろ俺は、子供の頃、美少年と言うやつだった。気が付いたら、驚く程背が伸びてしまい、面影と言う奴はどこかに行ったがな」  と言った。 「そうかな。面影はあると思う。貴方は顔立ちが整っているから……言われてみれば、そうなのか、と思う」 「そうか。それでだな。俺の入った寺院には、男しかいなかったから、俺よりも歳の上の奴らに、俺の事を、女の代わりにしてやれと思う、大馬鹿者がいたのだ。片っ端から、なぎ倒してやった。刃物を持ち、その刃物で殺してしまったら、俺の言い分など聞いてはもらえず、俺が処罰され、殺されてしまうだろう。だから、殺さぬ。だが、徹底的に叩きのめしてやろうと思った。寝る時は木刀を持って寝ていた。何人か俺の手で叩きのめしてやったら、俺に言い寄ったり、寝込みの俺に覆いかぶさるような、馬鹿者はいなくなったぞ!今じゃあ見る影も無いが、それほど俺は、美少年だったのだ!」 「貴方は……不思議な人だな。普通、そんなの自慢にならない。隠しておく話だと思う」 「うむ。しかしだな、俺は外の世界に飛び出し、そして金が必要だと思い、ある女に近づいた。そう言っただろう」 「ああ。聞いたな」 「その女をこの手で抱いた時、その女があまりにも素晴らしくってだな。こんなに素晴らしいものを、俺に求めたのかと。本当に、その男どもは、心底阿呆よと思ったな!男が女の代わりに、なる筈がない!女とは、それほどまでに素晴らしい!自分1人を愛して欲しい。そう言われたが、他の女も知りたいと思うのが男よ。だが、次から次へと、女を抱きたいと言うよりも、信頼の出来るいい女に、心の底から愛されたいでは無いか。心の底から愛し合うのなら、3人がせいぜいだ。そう思い、妻は3人と決めたのだ。どの女も俺を、心より愛している」 「貴方の話を聞いていると……よく分からない自慢話を聞かされているみたいで……」 「不快か?」 「いや、少し楽しい」  本当は少しではない。凄く楽しい。  シャンルメは心の中でそう思った。  ショークと話している時が、一番楽しい。そう思っているのだが、何となく照れくさく気恥ずかしく、伝えられずにいる。  もっともっと会いたい。ギンミノウとイナオーバリが隣国で良かったと、心から思うのであった。  城に戻り、シャンルメはシオジョウに話をした。  ショークが首都の話をしてくれて、とても楽しかった。わたしも首都に行ってみたい。その時、ショークが隣にいてくれたら、どんなに嬉しいだろうと思う。  何気なくした話だったのだが、なんと、シオジョウは父に手紙を書いた。  シャンルメ様がそのように言っている。一緒に首都に行く気は無いか、と。  するとその返事は、シオジョウでは無くシャンルメに来た。  共に首都に行こう。道案内する。と言う内容だった。シャンルメは驚き、自分は何しろ、ナコの城とスエヒ城を忙しく行き来する身。今は中央に新たなキョス城を建て、そこに移る準備をしているが……まだとても、長い事イナオーバリを留守に出来ない。少し待って欲しい。と返事をしたのだが……いや、万が一、戦が起こったりしたら、ますます留守に出来ぬようになる。善は急げと言うだろう。今のうちに一緒に行こう。と言われたので、シャンルメはショークと旅をする決意をした。  しかし……男と2人で旅をするのは、さすがにまずかろう、と思う。  ショーコーハバリに体を許すなと、固く言っていた亡き父のイザシュウも、スエヒ城でいつも自分を見守っている母のドータナミも、もしもそれを知ったら、とても心配するだろう。  真っ先にシオジョウに、3人で行かないかと聞いたのだが……シャンルメ様が留守の間、ナコの城を守る者が必要だ。キョス城の建築も見守っておく。そもそもわたしは、父とは別に旅をしたく無い。と言われてしまった。 「父はとんでもない男ですが、何故か、かたくなに、生涯で女は3人だけだと、固く決めている男ですから、シャンルメ様の身が、危険に晒される事は無いと思います」  そう言ったシオジョウに 「うん、知っている。3人の女性に、とても愛されているんだよね」  とシャンルメは返した。 「ええっ!ご存知なのですか?」 「うん。いつも言っているよ。女は3人だ。3人とも俺を愛している、って」 「なんなんでしょう、あの父は。そんなの自慢になるとでも思っているんですかね」 「うん、そうだね。いつも、よく分からない自慢をしている」  よく分からない自慢……  全く、あの父は。と、シオジョウは思う。  しかし、ますます、あんな父をそこまで慕う、この方の気持ちは分からないなあ、とシオジョウは思った。  そうして、いくら身の危険は無いとは言え、それでも男性との2人旅は、まずいだろうとシャンルメは考えていた。  どうしたものか。誰を同行させるべきか。  まずは、神と契約している者が良い。  神と契約している同士は、念話のように、頭に声を降らす形で、離れていても対話が出来た。  神の力を使うには、労力がいる。  労力がいるし、神のお力はそんなに気安く使うべきでは無い。と考えられていた。  だから、人々は滅多にその念話での会話はしなかった。能力者であろうとも、普通の者と同じように、皆、手紙でのやり取りをする。だが、急を要する時にはこの念話は役に立つ。  全ての能力者に声が届けられる訳では無く、互いに情報を共有すべく、儀式のようなものをすましている相手に限られた。  仲間である能力者達は、その儀式をすませ、何かがあった時には互いの状況を知らせ合うのだ。  だから、旅の最中、例えはぐれたりしても、念話を通じてまた会えるように、旅の同伴者は神と契約をしている者に限られる。  そうして……自分が女だと、知っている者がいい。  旅の最中、自分は娘の姿で旅をするだろうから、自分が女だと知らない者では困る。  だから、シオジョウを誘ったのだが……  そんな人物、いただろうか。  そう考えて、シャンルメは気づく。  ああ、トーキャネにしよう。そう思った。  旅の同伴をして欲しいと言われて、トーキャネは驚いた。おれなんかで良いのですか?と聞くと、お前が良いんだ。とシャンルメは笑っている。  どうして自分が選ばれたのか、もう1人は誰なのかをトーキャネは聞いた。  あの男、あのギンミノウのショーコーハバリと旅をするのか。  そう思うと、怒りに似た感情が胸に湧くが、あいつと2人きりにしないですんだのだ。絶対にあの男からお館様を守ろう、と固く誓うのだった。 「しかし……困ったね……」  シャンルメは腕をくむ。 「2泊3日の旅にしたいんだ。首都まで歩いて行ったら、あまり滞在する時間を取れない。長くイナオーバリを離れる訳にはいかない。2泊3日が限度だと思う。だから……途中までは馬を走らせようかと思う。でも、お前は馬に乗れない」  そう言われ、不自由で短い脚が、トーキャネには本当に憎らしかった。  トスィーチヲに頼もうかとも思ったが、あの大切な友達であっても、娘の姿の美しいシャンルメは見せたくない。それに万が一、シャンルメが女性であると気付かれても困る。  困っている2人にトヨウキツが、トーキャネを縄で縛り、後ろに乗せて、馬を走らせる男を用意してくれた。そう、さすがにシャンルメの馬にトーキャネを乗せるのは、トーキャネは恐れ多すぎて身が持たない。シャンルメも、男と2人にならないための同伴者なのに、その同伴者の男と体を密着させて馬に乗るのは、まずいだろうと思っていた。  トヨウキツは、シャンルメとは面識のないその男に、シャンルメとトーキャネを、「わたしの大切な友達」と紹介してくれた。  馬を預けて行く厩も、トヨウキツは用意してくれた。旅が終わった時に、この男と再び落ち合う事になる。  シャンルメとショークは、その厩の場所で待ち合わせをしていた。驚く程巨体な男が、これまた驚く程大きな馬に乗って現れた。  そうして、シャンルメの赤い馬を見て 「うむ。そなたには白馬が似合っていたのに、何故、赤毛の馬にしたのだ?」  と聞いた。 「月のもののある時に、戦が無いとも限らないから、血が目立たぬよう、赤毛の馬に乗る事にしたんだ」  そう微笑んで言ったシャンルメに 「シャンルメ。こないだも思ったのだがな、月のものの話とは、本来、男にはしない話なのだぞ」  とショークは言った。  そう言われて、シャンルメは耳まで赤くなり 「そうだったのか……本当に恥ずかしい……」  と肩をすくめて照れた。  シャンルメが突然、月のものの話をし、そして、耳まで赤くして照れたものだから、トーキャネはどきまぎしてしまった。  この男がいると、お館様がいつも以上に愛らしい。おれはこの旅を、無事に過ごせるだろうか、と思った。  馬を置いて合流し、合流してからは2人並んで話をしながら歩き、少し離れてトーキャネが後を追い、日が暮れる頃、3人は首都に着いた。  中部東と言う地域は、なかなか首都に近い。  だからこそショーコーハバリは、首都に近いギンミノウを、国盗りに選んだと言える。  シャンルメはこの旅について、首都に行きたいと言い出したのは自分なのだから、自分が旅に必要な費用を払うと手紙に書いた。泊まる宿の宿泊代、食費、関所を通るためにも、金が必要である。そして、従者も1人付く。この従者には、少し離れたところで見守ってもらう。従者の分も含め、3人分の費用を自分が持つ。と書いた。  それに対しショークが、そのくらいは奢らせろ。ただし、土産物など欲しい物があったら自分で買え。宿も大したところには泊まらんし、飯もその辺の飯屋にする。と、返事の手紙を送って来た。  その返事の手紙に、シオジョウは呆れた。 「父は、本当にケチな男なんです。母が時々呆れています。豊かな国の大名とは思えない、って」  そう言うシオジョウに対し 「そうかな。倹約家なのは良い事だよ。それに奢ってくれると言っているんだから、ケチじゃないと思う。庶民の宿や食事処なんか、行った事がないから、凄く楽しみだな」  と、シャンルメは目を輝かせた。  せめて、自分と従者の分くらい払うと言おうかとも思ったが、ショークの言葉に甘える事にした。  そこは男性が、奢ってくれると言うのだから、その申し出を受けると言うのも、もしかしたら、礼儀なのかも知れない。と思ったのだ。  合流をした時、ショークはトーキャネを見て 「従者が男とは思わなかったな」  と言った。それに対しシャンルメは、神と契約をしていて、自分が女だと言う秘密を知る者が他にいなかった。実はシオジョウを誘ったのだけれど、断られてしまった、と言う話をした。 「うむ。関所の金と宿の金は3人分払うがな。俺は、そいつの分の飯代を払わんぞ」  とショークが言い出したので、この人は確かに本当にケチかもしれない。とシャンルメは思った。  申し訳ないが、金を持っていない。自分は食事などしなくても構わない。と言ったトーキャネに 「3日も食事をとらない訳にいかないだろう。土産を買おうと思って、わたしが金を持ってきているから大丈夫だよ。従者として、付き合って欲しいと言ったのはわたしなのだから、そのくらいは払う」  と、シャンルメは微笑んで言った。  庶民の宿に泊まる事になった。 どんな処だろうと思っていたが、こじんまりとはしていたが、綺麗な宿だった。もちろん、3人はそれぞれ別の部屋だ。明日は朝から首都を巡る。  部屋は隣同士では無く、男女で階が分かれていた。ショークとトーキャネは1階に泊まり、シャンルメは2階に泊まった。そのこじんまりとした宿は2階建てで、きっとその方が、自分が安心に感じるからなのだろうと、シャンルメはショークの気遣いを感じた。  従者は女だと思っていたから、シャンルメと従者を1階に泊まらせるつもりだったようだ。  その1階に、天然の湯がある。 「ここの宿は湯が良い。入っておけ」  とシャンルメはショークに言われ、湯のある1階に降り、のんびりとその湯に入った。  小さな湯舟ではあったが、勿論男女で湯は分かれている。多分、男湯もこのくらいの小さい湯舟なんだろうなあ、と思うと、ショークにはその湯舟は、小さいんじゃないかな、とシャンルメは思った。それでも、きっとケチだから、こんな小さい湯舟で我慢しているのだろうなあと思うと、何やらおかしくって、そのケチなところが、何だか可愛らしく思えた。  湯から上がると、偶然、宿の中を歩いていたトーキャネに会った。  風呂上がりの浴衣のような姿で、 「とてもいい湯だった。お前も入ってきたらどうだ」  とシャンルメは言った。  正直、こんな無防備なお姿を見せられたら、おれはどうしたらしいんだ、と思う反面、あの男にこの無防備なお館様が狙われたら大変だ、と思い、トーキャネはその夜は、自分の部屋で横にならずに、シャンルメの部屋の前で、座り込んで寝ずの番をして夜を過ごした。  自分の身を守るため気を遣わせてしまったなどと、気にされたら悪いと思い、シャンルメが目覚める少し前に、自分の部屋へと戻った。  次の日、3人は朝から首都を巡った。  首都は、本当に華やかな場所だった。  まず、様々な物が売られている、市場のような場所を案内された。イナオーバリにも他国に誇る市場があるのだが、それとは全く違う。にぎやかな事は同じなのだが、それ以上にとても整備されていて、店などの作りが立派で、規模が大きかった。  驚いたのは旅芸人の多さだ。  見た事も無いような、曲芸をする者が沢山いた。  道具を使い、曲芸をする者。飛んだり跳ねたり体を使って、曲芸をする者。音楽を奏でる者。踊る者などを見て、シャンルメは驚き、嬉しそうに笑った。曲芸をする者に、女性が多いのにも驚いた。華やかに着飾った女性達が、煌びやかに芸を披露していた。  市場の後にショークは、未だ戦争の傷跡を思わせるところにも連れて行ってくれた。  戦乱から復興されている場所。今まさに建築が進められているところ。何故か、見捨てられてしまったように、戦の傷跡を強く残しているところ。  豊かな都。まさにこの世界の中心。それを思わせるところと、10年も続いた戦争の傷跡を思わせるところ。そのどちらをもショークは、案内してくれた。  シャンルメは感心し、目を丸くしたり、微笑んだり、少し心を痛めたりしながら、その旅を満喫した。  唯一の、ちょっとした不満は、食事であった。  食事をする時に、ショークは店の者を呼び 「この店で一番うまい物を」  と言った。ちゃんとうまい物を頼んでくれるんだ。ケチなのに。なんて思ってから、少し離れた席に座っているトーキャネの元に 「お前は何が食べたい?」  と聞きに行った。 「い、一番安い物で」  と答えたトーキャネに、店の者を呼び 「この店で、安くっておすすめの物を」  とシャンルメは頼んだ。  シャンルメとショークが2人で向かい合って食事をし、少し離れてトーキャネが食事をしていたのだが、一口食べてシャンルメは 「うん……味が薄い……」  と言った。しかもどこで食べた食事も、一様に味が薄かった。  その困ったような顔を見て、ショークは笑った。 「都の人間には、これが上品だと言う事らしいぞ」  と言ったショークの言葉に 「都の人は分からないなあ。食事に上品さなんて必要なのかなあ」  と言いながら、それでも残さないように、味気ない食事を口に入れた。  ただ、食事の味は薄かったと言うのに、甘味処で食べた甘味は、ビックリする程美味しかった。 「凄い!これは美味しい!」  と微笑み、シャンルメは目を輝かせて喜んだ。  ビックリする程に美味しく、また、見た事も無い物珍しい甘味だったので、 「可愛いし、綺麗だし、美味しい!」  と、シャンルメは、本当に嬉しそうに笑った。  ショークは食べないのか聞くと、俺は酒が好きな男だから、甘い物は好まない、と言われた。  そこで、少し離れたトーキャネの元に行き 「お前も食べなよ。美味しいから」  と言った。  甘味を食べて喜んでいるシャンルメの愛らしさに、トーキャネは見惚れていた。そこに、突然言われたものだからビックリして 「お、おれなんかが、とんでもない!」  と、赤くなって断った。店の者を呼んで 「この店で一番、小さくって安い物を」  とシャンルメは頼んだ。  トーキャネはそれを口にして、確かにこんなに甘い物は、生まれて初めて食べたなあ、と思った。  この味が美味しくて、あんなに可愛らしく喜んでいらっしゃるのだな。と、そう思いながら食べた。  それだけで、何やら嬉しくてならなかった。  シャンルメがあまりに喜んだので、ショークは他の店も巡り、3つも甘味を食べさせてくれた。  他の店での物は、トーキャネはさすがに強く断った。先程の物だけで充分です。と言い、本当にそれだけで充分だ。いい旅の思い出が出来た。と、心から思った。  やがて、シャンルメがその旅を大いに満喫した後で、ショークは言った。 「実は、首都に来たら、必ず会いに行く者がいる」  そう言ったショークに 「3人の女性の1人でしょう」  とシャンルメは笑う。 「良く分かるな。そうだ。1人目の妻だ」  そう笑うショーコーハバリに、トーキャネは怒りを覚えた。  この男、お館様に対して、他の妻に会いに行くなどと、堂々と言うとは、どういう男だ。  正直、こいつがいると、胸がムカムカする。  おまけに、こいつがいると、お館様がいつも以上にお美しい。  今回は女性のなりだから余計だ。  娘の身なりをしているシャンルメは、その着物も、普段とは違う髪も、明るく微笑む笑顔も、あまりにも美しく、そして愛らしかった。  瞳を輝かせて首都を旅するシャンルメから、トーキャネは目を離せなかった。  胸がときめいたりムカムカしたりと、トーキャネにとっては、本当に忙しい旅だった。  ショークの都の屋敷を目指し、しばらく3人で歩き、ショークに「この辺で待っていろ」と言われ、2人は町の外れに立って、ショークの帰りを待つ事にした。  町中で、シャンルメはショークの背中を呆然と見送った。その様子がトーキャネには気にかかる。  何だか、とても寂し気に見えたのだ。  だが、何と声をかけていいのか分からない。  随分と長い事、シャンルメは無言だった。  しばらく、2人でそこに佇んでいると 「少し寂しいな……」  と、ようやくシャンルメはつぶやいた。 「置いていかれた事がですか?」  とトーキャネが聞くと 「お屋敷の前まで連れて行ってもらえなかった事が。わたしは、心からの信頼はされていないのかな」  本当に寂しそうに、シャンルメは言った。 「父が亡くなって、本当にあの人は父だと思っている。いや、正直に言えば……わたしにとってあの人は……」  そう言いかけた時、女性の悲鳴が辺りに響いた。  驚いて、悲鳴のあがった方を見ると、懸命に逃げている1人の娘の姿が見えた。  数人の男が、娘に追いついて行く。  逃げている娘の髪を引っ張り 「こいつ、縄がほどけてやがった!」  と1人の男が引きずるようにして、娘を連れ戻そうとしていた。  その姿を見て、シャンルメはその男に駆け寄った。  危ない!お館様!そんな奴に関わっては……  そう思ったのだが、トーキャネはとっさの事で声が出ない。シャンルメは 「何をしている!」  と凛とした声で男に尋ねた。 「女性に乱暴を働くとは何事だ!」 「なんだあ?」  と男はシャンルメを見た。 「こいつは売り物だ。売り物をどう扱おうと自由だ」 「何を言っている!この娘は人間だぞ!」 「はあ?」  男は、驚いて笑い出した。  男の背後から、別の男達がやって来た。 「当たり前だ。人間だから売り物になるんだ!人間の女だから、売れるんだろうが!」  そう言った男に対し、背後にいる男の1人が 「何言ってるんだ。人間の女なんざ、牛や馬よりずっと安い奴が、ごろごろしてるぜ」  と囃した。囃しながらシャンルメの元に来て 「でも、お前は高値で売れそうだな」  とシャンルメに触れようとした。 「無礼者!」  シャンルメは叫び、男の手を払い風を起こした。  風を起こされて、男達は驚き 「お前、能力者か!」  と言った。 「都の民であるお前達を、この風の力で切り刻みたくは無い。お前達に傷を負わせたくなど無い。売り物だと言うのならば、この娘はいくらだ。わたしが買う!この娘を自由にしろ!」 「笑わせるな、女」  と男は言った。 「金なんかいらない。お前の身と身代わりだ。育ちのよさそうな着物を着てやがる。まずは、身代金って奴だな。お前の身柄を助けるために、大金を払う奴がいるだろう。それが当てにならなかった時には、この娘のように売ってやる。高値でな!」  そう言った男に、トーキャネは飛び掛かって行った。 「なんだ、このガキ!」  そう叫んだ男に、トーキャネは?みついた。 「お館様!お逃げください!早く!」  叫びながら男達に向かい、トーキャネは不自由な脚で舞う。熱の力を一帯に浴びせ、その熱さに男達はひるんだ。  久方ぶりに、都の妻に会った。  自分も妻も、会うたびに老けているな、とショークは思う。久しぶりに会った妻は、嬉しそうに照れた様子で微笑んだ。  いくつになっても、どれだけ月日を重ねても、この妻は自分と会う時には、いつも照れた様子で微笑む。  その姿が、とても愛らしく思えた。 「しばらく会いに来れずに、すまなかったな」  と言ったショークに 「本当です。お会い出来ず寂しかったです。旦那様」  とマーセリは言った。  旦那様などと言う呼び方で、自分を呼ぶ者はギンミノウにはいない。その呼び方を聞くと、この女性の元に、帰って来たのだと思う。 「いつまで、都にいれるんですの?」  マーセリとの話の最中、ショークの頭に、突然、闇の神の声が降った。  シャンルメが危ない。  今すぐに戻れ。  このままでは、花街に連れて行かれる。  その声に、ショークはハッと立ち上がった。 「旦那様?どうなさったの?」  マーセリは驚き、戸惑いを見せたが、それ以上に戸惑っていたのはショークであった。  花街は、女郎屋などの立ち並ぶところだ。  何故、そんな処にシャンルメが……  いや、確かに待っていろと指示をした場所は、あの場所は、花街の程近くであった。  何故、そんな処で待たせてしまったのか…… 「すまぬ、マーセリ、緊急に急がねばならぬ。また、お前には会いに来る。行かせてくれ」  そう言うと、急ぎ、駆けだして行った。  ショークは焦った。  シャンルメが、あの娘がもしも傷つけられたなら、俺はどうすれば良いのか。  母と、マーセリとを、傷つけられ、守る事が出来なかった。まさか、シャンルメまで、傷つけられてしまったら、一体どうすればいい。 マーセリは、大切なあの妻は、かつて男達に無残に、傷つけられた事がある。  マーセリを救い出した後、その場にいた男達を全員殺し、傷めつけて殺し、殺すだけでは足らずに、その遺体を切り刻んだ。  この毒蛇と呼ばれた男は、天下取りをするために、ただ、ギンミノウと言う地だけを、国盗りした訳では無い。世界の中心地である、首都を制圧出来ない者に、天下を統一出来ない事は分かっていた。  だからこそ、首都で名を馳せた商人の娘であり、商人としての才も豊かに持つ女性を、妻にした。  この世界には、関所と言う物がある。  人々が通行をする時のためにある筈の、この関所。その関所がこの世界では「物を運ぶ時に多額の関税をかけて、その金を奪う」ための物になっていた。  この世界で広く商売をしようと思うと、関所が邪魔になり、関税をかけられ、大変な事になる。  関所の関税に苦しめられず、商売をするためには、関税を払わなくても大丈夫な、特殊な権力を手にしなくてはならない。最初にしっかりと金を払い、商売を行う許可を与えられなければ、後々に関税に苦しめられ、商売が続けられなくなるのである。  ショークの妻マーセリは、この特権を手にした商人の名家の生まれであった。そもそもは菜種油を売る、油売りの娘である。彼女の代に、他の商売にも携わるようになり、その商家をさらに大きくしている。  この世界では、金を持っていると言う事は、非常に危険な事であった。その金を奪おうとする者達に必ず狙われるからである。だから、金を持つ存在が「軍事力」を持たないと言う事はあり得ない。  その名家を守るための軍事的な組織に、ショークは入った。そこで、その名家の1人娘を自分の物にしようと画策したのだが、彼にとって予想外だった事は、その娘がとても美しく、素直で愛らしく、商人としての才も、大いに持っていた事である。  2人はあっと言う間に、相思相愛の仲になった。  そして、表立ってはただ、妻の助けを借り、商人として真に豊かな富を、財を築き、裏では……その名家を守るための軍事的な組織を足がかりに、巨大な軍事的な裏組織を作り、首都にある裏組織達と激しい抗争をした。裏組織の頂点に立つと言うやり方で、首都の制圧を目指したのである。  例えるならばマフィア、もっとハッキリ言うならば、ヤクザと呼ばれる存在だった訳であるが、その存在であってもこの男は、薬物や人身売買などには、手を染めなかった。ただ抗争を行い、他の組織の者達を圧倒して行った。  そして、裏組織などと言っても、この乱世の世界には、表も裏も無い。堂々と時の権力者達と渡り合った。ギンミノウの毒蛇とは、実は、首都の毒蛇でもあったのである。  毒蛇のその手腕で傷めつけられて来た男達は、その毒蛇の妻である女性を、奪える機会を逃さなかった。  恐らくはただ、妻を奪られた事で、面子を潰そうなどと思っていたのだろう。  この愚かな男達は、ショーコーハバリがいかに恐ろしい男なのか……そして、ショーコーハバリがいかに妻を愛しているのかを、知らなかった。  その場にいた男達を全員切り刻み殺すだけには飽き足らず、マーセリを傷つけた、それに関与した可能性のある組織を、ショークは完膚無きまでに潰した。  助かったマーセリは、ショークが助けてくれた事を、心から喜んだ。だが、心に癒えぬ傷が残った。  屋敷から男が消えた。  男が傍にいるだけで、マーセリは恐ろしいのだ。  そうして、愛しているショークでさえも、男が自分の体に触れる事が、恐ろしくて仕方なくなったのだ。  愛するショークと触れ合う事の出来なくなった自分を、マーセリは悲しみ、自分を責めて泣いた。  違う。何故、責める。責められるのは俺だ。  ショークはそう思った。  マーセリは言っていた。 「毒蛇の女」と呼ばれ、攫われて、傷つけられたと。  その言葉の意味は、分からなかったと。  この妻は商人としての才はショークを超える程持っていたが、夫が覇者を目指している事は、理解をしていなかった。天獣を呼びし者になると聞かされても、あまり意味が分からない。  ギンミノウと言う地に行き、そこで国盗りをしているのだと聞かされても、ただ、夫があまり屋敷に戻らなくなった事が、寂しいだけであった。  夫がギンミノウで何をしているのかを、良く理解していなかったこの妻は、夫が首都で裏組織を築き上げ、抗争している事も知らなかった。  何も知らぬ、愛らしい妻は、自分の愛する女だから、深い深い傷を負ってしまったのだ。  マーセリを傷つけてしまった自分を、ショークは呪うように責めた。人を傷つけ、人を痛めつけ、悪逆の行いを平気でして来たこの男が……  初めて、自分を責め、その事に苦しんだ。  抱く事は出来ずとも、触れ合う事は出来るようになった。口づけを交わせる事を互いに喜んだ。そんな時、マーセリは力なく微笑み、そうして、こう言った。 「旦那様が、ギンミノウに行かれて……そこに、他の女性がいらっしゃる。わたしよりも長い時間、旦那様と共にいる女性がいる。その事がずっと悔しかったの。悲しかったの。でも……今は、その女性達に感謝している。だって、わたしの代わりに旦那様を抱きしめ、温めてくれる人がいるんですもの」  そう美しく微笑み、涙を流した。  マーセリには子がいなかった。  子供の産めぬ女であったようだ。  家を空ける事の多くなった夫。しかも、その夫は、ギンミノウと言う地で他の妻を持ち、その妻達が子を産んでいる。その事に、傷つかぬ訳が無い。  だが、もしも自分が子を産める体であれば、あの、恐ろしい出来事で子を宿していたらと思うと、それは本当に怖い事であった。  悲しくとも寂しくとも、自分が子供の産めぬ事に、マーセリは感謝をした。  そうして、共に髪に白い物が混じるようになった、顔に皺が薄く刻まれるようになった今でも、マーセリを抱く事はショークには叶わなかった。どうしても互いに恐ろしく、口づけ以上の事が出来なかったのだ。  それでも、それでも自分を愛し、自分の元に帰って来てくれる夫に、マーセリは心から感謝をし、深い愛情を感じていた。  マーセリを傷つけられた時、傷つけた相手を完膚無きまでに潰し、「毒蛇の女」を傷つけた者は、どのような目に遭うのか、ショークは世に思い知らせた。  だが、シャンルメを、毒蛇の連れの女だとは、花街の奴らは知らぬ。シャンルメは奴らに、傷つけられてしまうかも知れぬ。 シャンルメは、誇り高い女だ。  そうして、間違いなく生娘だ。  もしもあの娘が傷つけられてしまったら、その傷にその苦しみにその痛みに耐えられず、自ら命を絶ってしまうのでは無いか。  死ぬな!死ぬな、シャンルメ!! 母を殺され、マーセリを傷つけられ、その上、シャンルメが傷つけられ、命を絶ってしまったら……  それを思うと、この身が張り裂けそうだった。  胸の奥が痛く、燃えるようだった。  もみくしゃになりながら、トーキャネは戦った。  男達の多くは、火傷を負ってひるんでいる。 「こんなガキが、神の能力を使えるだなんて!」  トーキャネは男達を睨み 「加減してやってるんだ!おれ達が本気を出す前に、先ほどの娘と、その女性を解放しろ!!」  と言った。  そう叫んだトーキャネに、シャンルメの腕を掴んでいた男は刃物を用い、シャンルメの顔に、それを近付けた。  トーキャネは両目を見開く。 「このお綺麗な顔に傷がついてもいいのか。それとも、お前の目の前で、この娘を破瓜してやろうか!」  シャンルメには、その言葉の意味が分からなかった。トーキャネは怒りに震え 「許さん!!」  と叫んだ。 「許せないから何だ。ふん、身代金を貰わねばならん。売り物としての価値も下がる。今すぐこの女を破瓜したりはしないがな」 言葉の意味は分からない。だが、それがどのような行為を指す事であるのかと言う事は、シャンルメにも分かった。シャンルメは自分の顔に刃を向けた、男の手をしかと掴んだ。 「この刃をどけろ!その手の離せ!」  と言い、風の力も使い、その男を放り投げた。  そして、その刃を奪った。 「戦場で向かい合った訳では無い。お前達にこの刃や、風の刃を向けたくは無かった。だが、お前はわたしを侮辱した。けっして許さぬ!戦わせてもらう!」  刃を向けながら、シャンルメは叫ぶ。  そして、先程の逃げていた、娘を振り返り見つめた。娘は他の男に、腕を掴まれている。  わずかに手を動かし、 「風の神よ……」  と言い、男の腕に、風の刃を向けた。  微かに傷つき、その手を男が離した途端、 「早く逃げろ……!」  と叫んだ。 「ふざけるな!!」  目の前の男は叫んでいた。 「お前は何も分かっていない!俺達は人買いで食っているんだ!いや、俺達だけじゃない、この国は、この世界は、人買いで持っているんだぞ!乱取りで集められた人間を売る事で、生きている人間がどれだけいると思う。その、お綺麗な着物でお綺麗な顔で、お前はのうのうと平穏な人生を歩み、そうして、気まぐれに女を救う。くだらん情けで。そんな女……」  背後にいた男に、後ろから突然羽交い絞めにされ、シャンルメは息を呑んだ。とっさに目の前の男が、自分にのしかかるように迫って来る。 「身代金の額が落ちようが、売り物の価値が落ちようが、本当に今すぐ、破瓜してやろうか!!」  シャンルメは、知らぬうちに涙が零れてしまった。  こんな男になど、けして負けたくない。 泣かされるなど屈辱だ。  しかし、あまりの恐怖に言葉が出なかった。  トーキャネはシャンルメを救おうと、熱の風をまき散らし、辺りの男どもを蹴散らし、向かって来た。 「お館様!!」  泣きながら、彼は戦う。 「風の刃で切り刻んで下さい!そんな男!!」  トーキャネのおかげで、羽交い絞めにしていた背後の男が、熱により火傷を負い、その手を離した。  その瞬間、シャンルメは風による刃を目の前の男に向ける。男を鋭く斬りつける!男は斬りつけられ 「こ、この野郎……!」  と、血を流しながら叫んだ。  このような奴らでも、都の民だ。  戦場で向かい合った、相手では無い。  攻撃をしたくは無かった。  だが……戦うしか無い!!  つまらぬかすり傷ではすまずとも、この男達と戦わせてもらおう!  そう決意し、シャンルメはくるりと円を描いた。  最も小さき舞、である。  この男達を倒す。そう決意したのだ。  その時、シャンルメの目には、遠目にも分かった。  その人が懸命に……こちらに向かい駆けて来ている事が。遠くから 「シャンルメ!」  と叫んだショークの声に 「ショーク!!」  とシャンルメは叫び返した。  駆け付けて来たショークに 「来るな!」  と男は言った。 「この娘を傷付けられたくなければ、それ相応の身代金を払うんだな!この娘を売り物にして、今すぐ金に換えてやっても良いんだぞ!」  その男の言葉に、ショークは静かに憤怒した。  やがてその一帯が、闇に包まれる。  辺りが、静かに暗くなって行く。 「な……なんだ……」  焦った男達に 「闇の神の力を使いし毒蛇。そう聞いて俺が誰だか、分からぬ者は、都にはいまい」  その言葉に男達は、背筋が凍る思いがした。 「毒蛇の女を傷つけた者がどのような末路に遭うか。分からぬ訳ではあるまい。闇に切り刻まれ、死にたくなければ、今すぐに失せろ」  恐れおののき男達が逃げて行った後、シャンルメは息を深くつき、ショークの胸に顔を埋めて泣き出した。 「すまなかった……こんなところに残して……そなたを危険に晒してしまった……」  そう言いながらショークは、シャンルメの背を撫でた。背を撫でながら、抱きしめていた。 シャンルメはやがて、ハッと気付いたように 「あ、あの娘……」  と言った。 「うん?」  と尋ねて来たショークに 「男達に追われていて、売り物にするなどと言われていた娘がいたんだ。助けようとして……そうして先程の男達に囲まれてしまったんだ。あの娘はちゃんと、逃げ出せたのだろうか……」 「救う事など不可能だ。例え逃げ出してもまた、その娘は捕まり、結局は、その身を売らねばならぬだろう。この一帯は組織化されていて、簡単には逃げ出す事は出来ぬ。そなたのやった事は、全くの無意味だ。花街と言うのはそう言う場所だ。その娘1人では無いぞ。多くの娘達が自由を奪われ、尊厳を奪われ、売られるのだ」  その言葉に、シャンルメは愕然とした。  驚きと悲しみに、シャンルメは再び泣き出した。  ショークの言葉にトーキャネは怒りを覚えていた。そうして、気が付けば叫んでいた。 「お館様は世間を知らぬ!ただ、その娘を助けたかっただけだ!全くの無意味だなんて良くも言える!そもそもそなたが別行動などしなければ、お館様は危ない目にも遭わなかった!!」  トーキャネの言葉に驚き、ショークはトーキャネを見下ろした。 「不敬として殺すか?殺せばいい!俺とそなたは同じ生まれだ。乱取りに遭った村の小僧だ!おれが生意気だと思うのならば、今すぐに殺せ!!」 「や……やめろ、トーキャネ、そんな……」  シャンルメは戸惑い、泣いていた。  涙が止まらない。自分の弱さと愚かさと……そうして大切な想い人であるショークと、大切な部下であるトーキャネに挟まれ、どうして良いのか、分からなくなっていた。 「面白い、醜い小僧。お前の事はシャンルメが大切に思っているようだから殺さぬが、この俺に向かいそのような口を利く奴が、あの女以外にいようとは驚きだ」 「そなたなど怖くない!俺が怖いのは、お館様が傷つく事だ!」 「ああ。俺もそうだ。シャンルメが傷ついてしまったらと……それを思うと、怒りと恐怖で体が燃えるようだった」  シャンルメを持ち上げ、抱きかかえるようにして、ショークは言う。 「そなたが無事であった事、それが嬉しい。今は泣いておけ。俺が抱えて行く。宿に帰ろう」  そう、シャンルメの背を優しく叩き 「醜い小僧、貴様も付いて来い」  と、トーキャネを見下ろし言った。  3人はそれぞれ、各自の部屋にしばらく籠っていたが、シャンルメはショークの部屋へと向かった。  それから止まらぬ涙をぬぐわず、言った。 「助けてくれて本当にありがとう。貴方の手を煩わせてしまい、申し訳なかった」 「何を言うか。今回の旅は、そなたの用心棒だと思っていたのだ。そなたを危険に晒してしまった俺こそ、用心棒失格の愚か者だ」 「そんな事は無い。本当に……本当にすまなかった」  泣きながら、やがてシャンルメは顔をあげ、ショークの瞳をじっと見た。 「貴方は本当に強い人だから、弱き者の気持ちが分からぬ人だと思う」 「む?それは、どういう意味だ?」 「貴方は言った。幼き頃、美しい外見をしていたから、多くの男に狙われたと。そして、それを、叩きのめしてやったと」 「ああ。言ったな」 「でも……そんな事が笑い話になるのは、自慢話になるのは、貴方がとてつもなく強いからだ。その出来事は女にとっては……いや、おそらく男であっても、貴方ほど強くなければ……それは、深い心の傷になる出来事なのだ。例え未遂であっても、相手を叩きのめそうとも、深い深い傷になる出来事なのだ」  ジッと濡れた瞳でシャンルメはショークを見入る。 「自由を奪われ、尊厳を奪われ、無理矢理その体を売られる娘達がいると聞かされ……わたしは、その1人すらも助ける事が出来かった。何と言う無力なのか。自分が憎い。自分を呪うような想いだ……」 「シャンルメ……」  ショークは、シャンルメの目の前にやって来た。  そして、その肩をグッと抱いた。  その体を、強く強く抱きしめた。  大きな厚い胸に、シャンルメはその顔を埋めた。 「俺は……そなたが無事で良かったと思っている」  まるで壊れそうな程に、強くその身を抱きしめてくれるショーク。苦しいけれども、同時に胸が、苦しみ以外のもので熱くなる。 「そなたがもしも、その娘達のように、自由を奪われ尊厳を奪われ、売られる身になれば……そなたはその誇り高さゆえに、自ら命を絶っただろう」  その言葉にシャンルメは顔をあげた。そして、少しショークから身を離し、彼をジッと見つめた。 「ああ。そう思う。わたしは弱い人間だから、そのような状況に身を置かれて、生きる事は出来ぬと思う」 「弱いのでは無い。そなたは誇り高いのだ」  そう言い、ショークはシャンルメの頭を撫でた。 「シャンルメ、乱取りの話の時に交わした言葉を覚えているか。広き広き目を持て。たった一度の乱取りを無くすよりも、この世から乱取りを無くす事を思え。それを今、お前に言う。お前は必ずやこの世を平定し、天獣を呼び寄せる者だ。この世界から、苦しむ者達を救う者だ」  その言葉に胸が震える。そうだ。わたしはこの世界の、苦しむ人々を、救わねばならない。  その思いの中、シャンルメは口を開いた。 「どんなに平和な世になっても、人を殺す者はいよう。どんなに平和な世になっても、その身を売らねばならぬ者もいよう。それは悔しい、本当に悔しいが、全ての苦しみをこの世から消す事は不可能だ。それでも今のこの世界は、あまりにも多くの者が己の意志で生きる事が叶わぬ。多くの者が尊厳を奪われ、自由を奪われ、もがき苦しんでいる。誰もが自分の意志で立ちあがり、生きられるような……そのような世の中をもたらす者。それが、天獣を呼びし者だと、わたしは信じている」  そう言い、しかと目の前の愛しい男を見つめ、シャンルメは叫んだ。 「ショーク……!わたしと共に生きて欲しい!貴方が傍にいてくれるだけで、わたしは……!」  シャンルメの言葉を遮るように 「残念だが、俺は……そこまで生きる事は出来まい」  そう、ショークは告げた。 「病と言う事ではない。業と言う奴よ。ここまで人を殺し、国を奪い、悪行に手を染めて来た男。到底、畳の上で死ねまい。業にまみれた恐ろしい死が待っているだろう。死した後は、煉獄の炎に幾度も焼かれる事だろう。天獣を呼びし夢など、この俺の血にまみれた手では、叶える事が出来まい。俺は何処か……それを分かっていた。分かっていたからこそ、この夢を授けし者と出会いたかったのだ」  シャンルメの頬を大きな両手で包み、まるで口づけをするかのようにショークはその顔を近づけた。  唇ではなく額を、互いに付け合って、ショークは少し笑った。シャンルメは驚き、そして、胸が高鳴るのを感じた。ここまで誰かと顔を近づけたのは、初めてであるような気がする。 「シャンルメ……そなたは俺の宝だ。悪行には手を染めず、理想を失わず、天獣を呼びし夢を追う、愛おしい女だ。そなたが無事であった事、俺は本当に本当に嬉しく思う。誇りを持って生きろ。そなたと出会えた事は、まさに俺の生涯にとって……最後に起こった、何よりも大切な事だ」  涙で濡れた瞳のまま、シャンルメは今度はトーキャネの元にやって来た。  トーキャネは、ショーコーハバリに対しての不敬を、怒られるかも知れぬと思っていた。  それでも、それでも構わない程、シャンルメは愛おしく、そして、あの男は憎かった。  しかし、シャンルメは意外な事に、トーキャネに対し、礼を口にした。 「トーキャネ、ありがとう。わたしを守ろうと必死になってくれて、嬉しかった」 「お……お館様をお守りするのは、当然の事です。おれは、おれは、お館様の事が、心底好きなのです」 「そうか……トーキャネ、実はわたしには双子の弟がいるのだ。お前の村には双子はいたか?」 「いました。とても、仲の良い双子でした」 「そうだよね。里や町には双子は、普通にいると聞く。だけど、わたしの身分では、双子が生まれたら片割れが捨てられると決まっているんだ」  その言葉にトーキャネは驚いた。上に立つ人々に、そのような悪しき習わしがある事を知らなかった。 「わたしと弟が生まれた時、父はわたしを捨てようと思っていた。女の、子供など、いらぬと思っていたんだ。なのに、手違いで弟が捨てられてしまった。その弟はどうやら、村に拾われて、乱取りに遭い、亡くなったらしいんだ。だから……本当だったらね、わたしが乱取りに遭い、攫われていた筈なのだよ。今日出会った娘のように、売り物にされていた筈なんだ。  本当ならわたしが攫われ、不幸に身を落としていた筈だ。売られたり殺されたり、していた筈なんだ。だから、あの娘を救いたかった。それが出来なかった事が、本当に本当に悔しい……」  シャンルメは、ぽつん、と涙を零した。 「自分の無力が本当に呪わしい。わたしは……わたしは……この世界の多くの者達を救いたい!わたしは、そのために生きている!」  シャンルメは泣きながら、トーキャネをジッと見つめた。トーキャネはその瞳に吸い込まれそうな心地がした。そもそもは、乱取りをしない棟梁の元で戦いたいと思った。それが自分の旅の、始まりだったのだ。乱取りをしない若君。この方は必ずや、この世界を救うだろう。  この美しい女性は、美しいだけでは無い。同時に、自分の理想の君主なのだ。自分を導いてくれる、何よりも尊い存在なのだ。 「わたしと共に、この世界を救うために、お前も力を貸してくれ。お前は大きな男になる。かつてそう言ったね。お前にはわたしの右腕として、活躍をして欲しいと思っている」 「お……おれなんかが……!」  そう言いながら、トーキャネは、涙が零れた。 「お館様……おれなんかを気に入っていただいて、ありがとうございます。そして、あの娘を助けようと、懸命になってくださり、ありがとうございます。実は、おれにも3人姉ちゃんがいました。その中の、1人の姉ちゃんが、おれの姉ちゃんにしては、見目が良かった。村が戦に巻き込まれた時、乱取りに遭い、攫われてしまったんです。きっとあんな風に、売られちまった筈だ。母ちゃんは、足の不自由な俺を背負い、赤ん坊を抱えて逃げていた。でも、もし俺が足が不自由じゃ無ければ、母ちゃんは姉ちゃんを背負ったかも知れない。もしくはおれが、姉ちゃんを助けられたかも知れない。でも、おれはお荷物にしかならなかった。姉ちゃんを助けられなかったんです」 「そうか……わたしに弟がいたように、お前には姉がいたんだね」  シャンルメは涙をぬぐい、そうして再びトーキャネを見つめ、語りだした。 「トーキャネ、天獣を知っているか?」 「聖王と呼ばれる、新しい幕府の、将軍を決める存在です」 「そうだ。わたしはその存在を、召喚しようと思っている。イナオーバリと言う小さき土地から、この世界を救う将軍に、この世界を救う聖王に、なろうと思っている。恐れ多い事だ」 「お館様なら、きっとなれます!!」  トーキャネは背を正し、シャンルメを見つめ言う。 「そして、おれは、お館様の右腕になります!!」 「うん。そうだね。必ずや」  薄く微笑むシャンルメに、トーキャネはジッと視線を向けた。そうして、意を決して尋ねた。 「お館様……1つ、お聞かせください」 「うん。なんだ」 「あの、ギンミノウのショーコーハバリ……あの男に、お館様は、恋をしていませんか?」 「ああ………」  シャンルメは微かに、薄く微笑んだ。 「お前は、真実を見抜く目を持っていたね。うん……わたしは、あの男を愛している」  答えは分かっていた。でも、トーキャネはその言葉を聞きたくは無かった。  でも、それを聞いたのは自分だ。  あの憎い男を想うこの女性を、それでも自分は愛し、大切にして行く。  そんな自分の想いを見透かしたかのように、 「この思いが実る事は無いよ。それでも、あの男がこの世に存在し、わたしと共にいてくれる。それだけで、わたしは、深い幸福を感じているんだ」 そう、シャンルメは薄く微笑み、言った。  その夜もトーキャネはシャンルメの部屋の前で寝ずの番をしたが、さすがに2日続けての完全な徹夜が出来ず、気が付けば眠ってしまっていた。  目を覚ますと、そこにはシャンルメがいて 「せっかく部屋を取ってもらったのだから、自分の部屋で休めばいいのに」  と言われた。  眠ってしまって恥ずかしい。  万が一、あの男が、お館様に夜這いをかけに来たらなどと思うと、心配で自分の部屋でなど休めなかった。  そう素直に言ったトーキャネに 「そんな心配、いらないんだけど。でも、わたしの事を思ってくれてたんだね。ありがとう」  と、シャンルメは言った。  宿の隣の食事処で、3人で朝食を食べた。  やっぱり薄味の、その食事をすました後、ショークはシャンルメに言った。  どうしても最後、もう一度、会いに行きたい。  突然、俺がいなくなって、戸惑い、心配しているだろう。  だが、その間に、別行動をしたなら、またお前の身が危険に晒られぬとも限らぬ。  宿でしばし、大人しく待っていてくれるか。  そう言い残し、ショークは宿を出て行った。  3人の女性の中の1人。とても大切な女性に、彼は会いに行ったのだ。  宿の窓から呆然と外を眺めていると、トーキャネが部屋に訪ねて来た。彼は、涙を流していた。 「悔しい。あの男は、お館様に愛されておきながら、他の女の元に行くなどと言って、お館様を1人にして」  そう泣くトーキャネに 「何を言うんだ。わたしは1人じゃない。お前がいるじゃないか」  と、シャンルメは笑った。  しばし待っているとショークは戻って来て、3人は東に向かい歩き出した。  シャンルメは少し元気が無いものの、ショークとぽつりぽつりと話ながら、帰路を歩いて行った。 「ショーク……」  小さく、本当に寂し気にシャンルメは 「実は、ショークの都のお屋敷にまで、連れて行ってもらえなかった事が、寂しかった」 と言った。その言葉にショークは驚いた。 「わたしは……信頼されていないのかな。大事な拠点であるお屋敷は、見せられないのかな、と思った」 「いや……」  と頭をかくような仕草をして 「そなたを信じておらぬ訳がなかろう。他の女に会いに行くのだ。それを何やらな、見せたくは無かったのだ。うまく言えんが、照れ隠しと言うやつかも知れん。だが、屋敷の前でそなたを待たせていたら、危険な目に遭わせずにすんだのだ。愚かな事をしてしまったと、反省している」  そう、ショークは言った。  厩に着くと、行きもトーキャネを馬に乗せた男がそこに待っていた。そこで、ショークとは別れた。 「また会いに行く。シャンルメ」 「わたしもだ。色々あったけれど……でも、貴方と旅が出来て、本当に嬉しかった」  そうシャンルメは美しく微笑み、ショークにしばしの別れを告げた。  馬に乗せられて走りながら、トーキャネは涙が止まらなかった。  シャンルメは自分の全てだ。改めてそう思った。  シャンルメを守るために、自分はこの世に生を受けたのだ。  憎い男を愛しているお館様を、おれは絶対に、命に代えて守り抜く。そう改めて心に誓い、シャンルメと共に、ナコの城を目指した。  旅を楽しんで来たに違いない。そう思って、彼女の帰りを待ちわびていたのに、旅から帰ってきたシャンルメは、とても元気が無かった。  シャンルメは自分用と、トヨウキツと、そしてシオジョウにと、それぞれお揃いとも言える、柄の似た着物を買っていた。それをシオジョウに渡した後、 「旅先で、少し大変な事があって……しばらく1人にしておいて欲しい」  などと告げ、部屋に籠ってしまった。  しばらくすると、話があると呼んでくれたが……  一体どうしてしまったのかと、シオジョウはとても心配していた。  部屋は隣り合っているとは言え、2人でどちらかの部屋に一緒にいる事の方が多い。  そう言えば、喧嘩はした事が無い。  様々な事を、話し込む事が良くある。  だが、その時のシャンルメは、なかなか口を開かずにいた。どうしたのだろう。とシオジョウは思う。 「シオジョウ……相談があるのだけど……」 「はい。なんでしょう」  そう聞き返しながら、ここまでなかなかおっしゃらなかったから、相当なご相談なのかな、と、シオジョウは思った。 「わたしは、恋をしたみたいなんだ……」 「えっ……誰に……」 「その……」  言葉を探し、シャンルメは視線を落とす。 「貴方の、お父上に」  一瞬、言葉も出ない程、シオジョウは驚き、やがて 「ええっ!!」  と言った。 「ち、父に?父に?なんで……あの父は、ろくでも無い男ですよ!!」 「うん……知っている……」  視線を落としたまま、シャンルメは微かに微笑む。 「いや……知っているなどと言ったら、貴方のお父上に失礼だ」 「失礼ではありません!本当にろくでもない男です!」 「強いために、弱き者の気持ちが、普通の者の気持ちが、分からない人だよね」 「いや……そんな……そう言う問題では無く……」  シオジョウはもう、言葉もうまく紡げない。  ただただ、悔しさのような想いが胸を満たす。  この大切な存在を、大切なシャンルメを、あんな男に奪われてなるものか、と。  自分の父だからどうこうなどと言う、話では無い。 「何度も聞いている。お父上は、女性は3人と思い定めているのだろう?そうして、もう、その3人の女性がいる。だから、わたしの想いに応えてくれる事は無いだろう。わたしも父のイザシュウに、固く、ショーコーハバリに体を許すなと言われている。貴方のお父上とわたしが、結ばれる事は無い」  シャンルメは本当に美しく、微かに微笑んだ。 「不思議だね。この想いが実を結ぶ事は無いと分かっているのに……それでもこうして、貴方のお父上を想うだけで……それだけで、わたしは幸せなんだ……愚かで無力な自分が、それでも、この想いを持てるだけで、幸せだ……」  そもそも首都への旅になんて、行かせなければ良かったと、シオジョウは後悔していた。  あんなに元気が無く帰って来て、しかも、父に惚れたなどと言い出す。  困った事をしてしまった。手紙なんて出さなきゃ良かった。そうは思っても、もう起こってしまった事は、仕方がない。  大切なのは、これからどうすべきかだ。 片思いで構わない。  想うだけで、それだけで幸せだ。  そう言うシャンルメを、放っておくのが良いのかも知れないが……  しかし、とにかくシオジョウは、父のショーコーハバリがどう思っているのかを知りたかった。  文を出そう。だが、誰に?  母に対して、父に好いている女性がいるのかなどと聞ける訳が無い。  弟2人はまだ幼い。  姉2人とは、さほど親しくない。  兄しかいない。とシオジョウは思った。  しかし、いきなり父の女性関係を兄に聞くのはおかしかろうと、何通か手紙のやり取りを交わす中で、うまく聞き出そうと思い、 「兄上にお会いできずに寂しい。どうしているのかと気になって文を書いた。そちらの人達、わたしの母も貴方の母上も、姉達や弟達も元気にしているだろうか」 と言う、当たり障りのない手紙を出した。  すると、なかなか返事が来ない。  兄はそんなに筆不精では無かった筈だ。  どうしたものか。もう一通出すかと悩んでいたら、ようやく返事が届いた。 「俺も、お前の事を気にかけていた。実は今度、イナオーバリの市に、こっそりと領民に紛れ、行こうと思っている。父上のように領主になってからも、堂々と各国を渡り歩く気は無いが、今のうちに外の世界を見て回ろうと思い、ついでにお前にも会おうと、実は思っていたんだ。せっかくなので、2人で市に行かないか」  と言う内容だった。  よし。と、シオジョウは思う。  文を何通かやり取りするよりも、直接話を聞けた方が早い。久しぶりにシオジョウは兄に会う事となった。  イナオーバリの外れで出会い、シオジョウが海の近くの市場を案内した。実はこの市場には、シャンルメと2人で遊びに来た事もある。兄と市場を2人で回ると、その市場の賑わいを見て、兄は目を輝かせて喜んだ。兄は父と違い、さほど他国を往来した事が無い。だから物珍しいのだろう。  ギンミノウには海が無い。  だから、こんな市は無い。  海で取れる海産物だけで無く、各地から集められた品々も並んでいる。  並べられる物は、食料品だけでは無いのである。  海がある国の、強みであろうと思う。 「大したものだなあ」  などと、タカリュウは言っていた。  2人で歩いていると時々「お綺麗な若夫婦」などと声をかけられる。 「いや、俺達は……」  などと説明をしようとする兄に 「そう思わせておけば良いのです」  と、小さくシオジョウは言った。  そう言えばシャンルメと遊びに来た時も、「大した美人姉妹」などと、声をかけられたものだった。  きっと、自分の方が姉だと思われただろう。  2歳年上だからと言うだけで無く、顔立ちがハッキリとしていて強い印象を与える自分と違い、シャンルメは優し気な、少し幼い顔立ちをしていた。  市場から2人は、ショークが密会に良く使う、イナオーバリの外れの寺に行った。 「実は……兄上に、聞きたい事がありまして……」 「うむ。なんだ?」 「父上はどうしています」 「どうした、シオジョウ。そなたが父上の事を気にするとは珍しいな。手紙にも、母上と俺の母上と、姉上や弟達の事しか、記して無かったでは無いか」  タカリュウは笑いながら 「父上はだな、恋をしているな」  と言った。 「ええっ!!」 「な、なんだ。なんで、そんなに驚くんだ」 「だ、誰に!?」 「それが、言わんのだがな。俺は女は3人と思い定めて来たと言うのに、好きな女が出来てしまった。どうすればいいのか。なんて、呑みながら愚痴っている」 「どなたなのか、言わぬのですか?」 「言わぬなあ。でも、そなたが知る女なのかな」 「えっ、何故……」 「ああ、こんな筈では無かった。どうすれば良いのか。年甲斐もなく何て事だ。シオジョウのヤツが何と言うか。みたいに言っている」 「ああ………!」 「ど、どうした」 「それ……お相手、誰だか分かります……」 「何、分かるのか!どんなおなごだ!?」 「最近、父上に恋をしてしまったと、相談を持ち掛けられて……もう、もう!」 「ど、どうした?そんなに取り乱したそなたは、初めて見るな」 「想いが叶わずとも腹立たしいですが、両思いだなんて、もう、本当に腹立たしいです!!」 「そのおなごが嫌いなのか?」 「そんな訳ありません!!嫌いなのは父上です!!」 「シオジョウ……俺は父上の、女は3人と思い定めているところは、とても尊敬していたのだ」 「女からすれば、女はただ1人以外は、3人も30人も同じ事です!」 「いや、同じではないだろう。そなたの母も俺の母も、父上が女は3人と思い定めているために、とても幸せそうでは無いか。もう1人はどんな女かは知らぬが、恐らく幸せなのだろうと思う。父上は3人の女を大切にし、幸せにしている。大切にし、幸せにするための、3人なのやも知れぬ。父上のそこだけは、俺は本当に感心していたし、尊敬もしていた。  だがな……人と言うものは、計算ずくではすまないものだ。父上が恋をした。その事に頭を悩ませておいでだが……俺は、応援してあげたいな。まして、そのおなごも父上が好きなのだろう?俺とそなたでうまくやって、そのおなごと父上を……」  シオジョウは大きな目を見開き 「冗談ではありません!!」  と言った。 「あの方が、父上なんぞの毒牙にかかるなんて、わたしには耐えられません!!」 「だから、何でそんなに父上を嫌うのだ。父上がそなたに何かしたか?」 「兄上は、なんであんな父上がお好きなのです!」 「す、好きな訳では無いわ!あ、あんな父親!!そもそも、俺よりもお前の夫の、カズサヌテラスを、ずっと可愛がるような男だぞ!」  はあ、とシオジョウは深くため息をつく。 「応援してさしあげたいけれど、相手があんな男じゃあ……」 「あんな男は無いだろう。実の父に対して」 「だから、兄上は結局、父上が好きなのです。好きだから可愛がってくれぬと拗ねているだけ。そんな兄上に、わたしの気持ちは分かりませぬ」  シオジョウと別れた帰り道、タカリュウは不思議に思っていた。  実は、シオジョウから文をもらった時、それが嬉しく、せっかくだからシオジョウに会いたいと、すぐに思ったのだが……  シオジョウはカズサヌテラスに嫁ぎ、しかも、ぞっこんに惚れ込んでいるとの噂。カズサヌテラスの自慢話ばかりされたら、正直耐えられん。と思い、なかなか返事を出せなかった。  それなのに、今日のシオジョウは、カズサヌテラスのカの字も出さぬ。夫の話をまるでしない。  ただ、父上が惚れたおなごの話をして、目を丸くしたり、顔を青くしたりしている。  どうしたんだろう。あの妹は。と思う。  そして、こうも思う。  もしや、シオジョウの嫁入りは、カズサヌテラスと言う主に、雇われたと言うような要素が、強いのでは無いだろか。賢い妹が役に立つから、カズサヌテラスは妹を、戦場に連れて行くのだろう。  シオジョウも、カズサヌテラスを、主のようにしか思っていないのでは無いか。  やはり、好きな男は、昔から好きだったジュウギョクなのでは無いか、とタカリュウは思った。  なのに、今日シオジョウは、 「ああ、そう言えば、ジュウギョクも活躍しているそうですね。そう、耳には挟んでいます。だから、兄上から長々と、お話を聞かなくて結構です」  などと、ジュウギョクの話をすぐに打ち切った。  照れずとも良いのに。と、タカリュウは思う。  自分達は大名の、成り上がり大名の子に産まれてしまった。望む人生を送る事は、どうしても難しい。  恐ろしい男なのかもしれぬが、タカリュウには父を嫌うシオジョウの気持ちは分からなかった。  だが、ただただ父に利用されるだけの、人生は歩みたくない。自分自身として生きてみたい。  きっと、シオジョウはカズサヌテラスの元で、自分自身として生きる人生を歩んでいるんだろう。  タカリュウは、そう思っていた。  シャンルメは、ショークと共に戦に出立した。2人での初めての共闘である。  領土を広げ、国を制圧して行く事の大切さをショークに説かれた。  そなたは守りの者である気がする。自ら攻め込むような事をせぬ者であると思う。  だが、それでは天獣は呼び寄せられぬぞ。  だからこそ、俺がいる。  俺は攻めの男だ。そなたを導く。  そう言われた。  相手はカムワ。豊かな国なのだと聞く。  そうして、武家で無く百姓達が力を持っている、百姓の国なのだと聞く。  かつて、大きな百姓一揆があって、それに百姓達が勝利を収めたためであるそうだ。  50年前に百姓達は、この国の領主と壮絶な戦いを繰り広げ、領主とその一族を自刃に追い込んだ。  以来、カムワは「領主を持たぬ国」となった。  この国は「百姓の持ちたる国」とも「仏の治めし国」とも言われ、その言葉の似合う国であった。  つまり、武家の領主が一揆により、百姓達に倒された後には、その百姓達の信仰する宗教団体から、幹部とでも言うべき者達がやって来て、その国を治めていたのである。  だが、その幹部と言うべき者達は、偉い存在なのかと言うと、それは違う。  その宗教団体は、「仏の前では全ての者は平等」であると説いている。その宗教団体の教祖である男が、何と自らを「ただの凡夫」と呼んでいた程である。  そう、御仏の前では、全ての者は平等。  その教えが、百姓達に喜ばれた。  主がいてその主に仕える者がいて、さらにその者に仕える部下がいると言うような、「縦の繋がり」の武家社会とは違う「横の繋がり」で、人々が関わり合い、生きているのだ。  誰の元で活躍するのかと言う事を、どのように生きるのかと言う事を、各個人が自分の意志や能力で、自由に選べる国なのだと言う。  そのような国がこの世界にあるのかと、シャンルメはとても驚いた。  その国を制圧し、領土を広げる。  そのために、シャンルメ達は戦に赴いたのである。  シャンルメは、シオジョウは勿論の事、トヨウキツも戦場に連れて来ている。彼女が商いをする者の多くを、戦場に連れて来たためである。  兵糧を運び込むための経路を、徹底的に守り、兵士達を飢えさせないようにする事は勿論の事、食料も、食料以外の様々な物も、望めば誰もがが簡単に手に入れられる、何とも不思議な戦場である。  しかも、金を持っている者だけでは無く、金の無い者にも、決められた施しが存分にあった。  足軽や下人、兵士達は、その事に驚いた。 「わたしは自分の軍隊には、絶対に乱取りはさせぬと言う誓いを立てている。わたしの軍と行動を共にしてもらう限り、ショーコーハバリ殿の軍の者達にも、それを守ってもらいたい。だが、第一はそなた達の命だ。この戦場で戦うそなた達の命を、最も優先すべき、大切な物であると考えている。飢えて死んでも乱取りをするな、などと言うつもりは無い。戦場がただただ、恐ろしい場所であったなら、乱取りをやめろなどとは到底言えまい。命を懸けて戦うそなた達には、存分に食料と、食料以外の物も与える」  そう、シャンルメは……いや、カズサヌテラス・ノム・オーマは、兵達の前で強く言った。  不満を口にする者など、いる筈も無い。  このような豊かな戦場は、戦場にいる者達にとって、初めての空間、初めての体験であった。  乱取りをする者達も皆、乱取りをしたくてしている訳では無いのだ。  悲鳴をあげて逃げ惑う者達を、懸命に住処と自分達を守ろうとする者達を、殺したくて殺し、奪いたくて奪っている訳では無いのである。  カズサヌテラスは略奪は禁止したが、敵対する者を殺さずに生かして捉える事や、倒した敵から身に着けた物や武器を奪う行為は、禁止をしなかった。  村への略奪をしない。だからこそ彼らは、目の前の戦う敵にだけ、意識を集中する事が出来たのである。  ショーコーハバリがシャンルメの元にやって来た。  その姿を見て、シャンルメは嬉しそうに笑った。  笑い、ショーコーハバリの傍に寄って行く。  ショーコーハバリも背を正し、笑みを浮かべてシャンルメを見た。 「シャンルメ、鎧も着物もよう似合う。そなたと戦場を共にする事、嬉しく思うぞ」 「ああ。わたしもだ。ショーク」  2人は見つめ合い、シャンルメの肩をショークが、しっかりと掴んだ。  同盟者同士の言葉であるが、シオジョウにはやはり、この2人は好き合っているのだよな……と言う事が、正直気にかかる。 「シャンルメ、話がある。来てくれ」  と言ったショークにシャンルメは、背後にいたシオジョウの手を握った。  シオジョウもショークも驚く。 「貴方の大切な娘も、貴方につもる話があるだろう。3人での話し合いで良いだろうか」  そう言ったシャンルメに、ショークは困ったような笑い顔を浮かべ、白い物の混じった顎の髭を触った。  もしや、この男、戦場でシャンルメ様を口説くつもりだったんじゃあるまいな。  そんな気持ちに、シオジョウはなる。  その一方、シオジョウを連れて話し合いをしたいと言うのは、恐らくはシオジョウが参謀の役割を果たす者であるからだろう。  惚れた男と共にいるからと、ここが戦場である事を、忘れるような方では無い。  2人きりにしないですんだ事に、シオジョウは何やら安堵するのであった。  安堵しながら、シオジョウは口を開く。この、仏の国であり、百姓の国である国には、百姓達の信仰する宗教団体から、2人の幹部が派遣されている。  国を治めし者を2人にするとは、真に彼らは「御仏の前に全ての者は平等」でありたいのだろう。1人にだけ権力が集中するのを、忌み嫌っての事では無いだろうか。  そして、その幹部の者達は、どうやら兜に御仏の像が付いている。  宗教団体における特別な存在は、必ず兜に御仏の像を付けている。だから、遠目にも倒すべき相手がすぐに分かるだろう。  あちらが2人なら、こちらも2人だ。  連携して、それぞれを倒すのが望ましい。  そんな風に3人は話し合った。  この戦に、シオジョウの幼馴染である、ジュウギョクも参加していた。  見たいと思っていた、カズサヌテラスに会えたのである。  あれがカズサヌテラスか。  ジュウギョクはそう思い、その姿を遠目に見た。確かに美しい。  美丈夫と言うよりも、美少年だな。  むしろ、美少女と言った方がしっくり来る程だ。  中部東一と言われた美貌。なるほど。と思う。  カズサヌテラスは戦場に、2人の妻を連れて来ている。そのうちの1人は、ジュウギョクも良く知るシオジョウだ。  タカリュウは良く 「シオジョウはお前の事が好きなんだ」  と言っていたが、そんな事が無いのは、ジュウギョクは良く分かっていた。  むしろ、その、美しく賢く強い幼馴染に、惹かれていたのは自分の方だった。  それを口にしたら、タカリュウはいよいよ、2人を何とか結婚させれるなどと、言い出すに決まっているから黙っていた。  カズサヌテラスは何故、シオジョウを戦場に連れて来るのか。  恐らく、妻を愛しているからだけではあるまい。  あの賢き女性から、戦場で戦う知恵を、授けてもらっているのでは無いか。  ジュウギョクはそう思った。 「俺は部下に守られる必要など無い男だ。お前は今日からシャンルメに付け。シャンルメの部下となれ」  ジュウギョクはショークにそう言われた。 「お前は俺よりも、ずっとシャンルメの方が合う男だ。そのまま、イナオーバリに住処を移せ」  そこまで言われた事に、ジュウギョクは驚いた。  そして、シャンルメと言う言葉は初めて聞いたが 「はっ。必ずや、カズサヌテラス様をお守りします」  と、そう返した。他の存在を指す言葉では、無いように感じたからだ。 「うむ。行って来い」  とショークは笑った。  シャンルメの……カズサヌテラスの元に、ジュウギョクはやって来て、事情を話した。 「お前も今日からわたしを守ってくれるのか。ありがとう。ショークが直々に守りに行けと言うとは、お前は心強い味方になるのだろう。よろしく頼む」  そう、シャンルメは微笑んで、手を差し伸べた。  シャンルメの微笑みと差し伸べられた手に、ジュウギョクは胸が高鳴るのを感じた。  いや、間近で見ると、本当に女性だ。  それも、女性の中でも、可愛らしく、美しい方だ。  何故、この人に胸がときめくのだ。 まさか、嫁いだシオジョウにも、嫁がれたカズサヌテラスにも気があるなどと言ったら、どれだけ気の多い男なのかと呆れてしまう。  俺はけっして、そんな男では無い筈だ。  そう、ジュウギョクは戸惑ってしまった。 戸惑い、手を差し出さないジュウギョクに、カズサヌテラスは首をかしげて 「どうしたのだ?」  と聞いてきた。 「い、いや。貴方と握手が出来るのは、活躍が出来てからの方が、良いかと思いまして……」  そう言ったジュウギョクに 「分かった」  とシャンルメはうなずき、手をひっこめ、 「活躍をしてくれ。期待している」  と微笑みを見せた。  闇に切り刻まれ死にたくなければ、今すぐに失せろ。  かつて、ショーコーハバリは、シャンルメを攫おうとした男達にそう言っている。  闇に切り刻まれるとは、どのような攻撃か。  シャンルメの風は突風を起こす他に、刃のように、斬りつける攻撃をする。かまいたちと良く言うが、血の出る、細く鋭い傷口を作る。刀で斬りつけた場合と、違わなかった。ただ、刀は何度も斬りつけているうちに刃こぼれがするし、折れる時がある。風の攻撃にはそれが無い。  一方、闇の攻撃を受ける時には、多くの刃に一度に斬りつけられたような、まさに切り刻まれる状態になる。そして、斬られたところは、やがて黒く変色をして行く。  黒き大量の刃の渦のような存在で、敵を襲うのだ。 この威力はすさまじく、神の能力を半減させる護符を持っていても、ショーコーハバリの目前にいたら絶命せざるを得ない。離れている者でも、斬りつけられた跡は残り、深手を負ってしまう。  護符を持っていない場合は、さらに広範囲の者達が真っ黒に切り刻まれ、死して行くのである。  そして、その闇の刃と言うべき攻撃は、その戦場がどれだけ暗いかによって、攻撃の強さに違いがあった。  昼間でも辺りが暗くなり、闇を感じる状況を作り、その闇の中で敵を切り刻むのだが、それが夜間となると、その威力は3倍から5倍になる。  どれだけ威力が増すかと言うのは、その時の状況によって違うのだが、どちらにしても、ショーコーハバリの闇の力は恐れられていて、特に、この男の夜襲と言うものは、広く恐れられていた。  ショーコーハバリは敵陣に乗り込む時、誰よりも真っ先に駆け、先陣を切る。  それは自身の前に仲間の兵士がいて、その兵士達を切り刻むなどと言う、愚を犯さぬためだった。  絶対に、夜襲をかけさせてはならぬ。昼間に戦って勝たねばならぬ。そして、そうは言っても、この男、昼間も充分、百戦錬磨なのである。  百姓達は勿論、護符など持っていなかった。  ショークはその闇の刃で、次々に目の前の者達を血祭りにあげていった。  目の前だけで無く、広範囲の者達が、闇に切り刻まれて死して行き、黒く変色した死体となった。  百姓達は恐れ、逃げ惑い、刃向かって来る者などそうそういなかった。  そんな中、1人の男がショークに向かい、短き舞を舞いながら、突撃して来た。  その男の出現に、ショークは驚いた。  腕を翳し、闇の刃を男に向けると、 「光の盾!」  と叫び、男はその闇の刃を弾いた。  なるほど。光の能力者か。  すなわち、その光で照らした事により、闇を闇では無くしてしまうのか。  ショークはそれでも、次々に男に向かい、闇の刃を向けた。  男は盾で何とかそれを防ぐが、防ぎきれずに、肩や腕に、深い傷を負って行った。  ショークの闇の刃は、四方のあらゆるところから攻撃が出来るのである。  光で盾を作りながら、 「光の槍!」  と叫び、男は一筋の光からなる、鋭い槍を放り投げるようにして、ショークへと向けた。  それを闇の刃で弾く。容易に弾けた。さほどの威力では無い。だが、それを弾いた瞬間、四方からショークに向かい、槍が降った。  光の槍では無い。本物の槍だ。  馬を瞬時に退却させ、何とか槍をかわす。僅かに腕と肩に傷を負った。  目の前の男は、にやりと笑った。  今の戦法で、いけると思ったのだろう。  男は再び 「光の槍!」  と叫び、その鋭い一筋の光からなる槍を投げて来た。  防御をする気など無い。  その槍を腕で弾いた。腕が負傷し、血が流れた。それが何だと言う。ショークは、攻撃をするために盾を作る事が手薄になっていた、男のその胸に向かって、闇の刃を瞬時に向けた。  防ぎきれずに、男は絶命した。  このように、僅かな苦戦を強いられながらも、ショークはすさまじい強さを見せ、戦っていった。  ショークは何故か、シャンルメと戦いを共にしなかった。  片時も離れず傍にいたい。  そう思っていたのに、いざ決戦に行く時は、別れなければならなかった。  そなたの戦場はそなたが指揮しろ。  俺の戦場は俺が指揮する。  そう言って、隣り合って戦う事は無かった。  だが、彼と戦って来た仲間の兵士達に、その攻撃がどれほど凄まじい物なのかを口々に聞いた。あれ程の強い男を見た事が無い。皆がそう言っていた。  ショークのその強さを知ったシャンルメは、心から感心し、戦場を共にしないのは、自分を育ててくれるためだ、と思った。  そうしてシャンルメは、自分の初陣であるヤツカミモトとの戦いに、この人の助けを借りていても、きっと、容易に勝てたのだろうなあ、と思った。  けれども、あの初陣は、まさに自分が指揮を執り、懸命に戦う初めての戦いであったから、あれはあれで良いのだと、そんな風に自分に言い聞かせた。  カムワと言う国は、百姓の国である。  その背後には宗教団体があるのだが、戦場で戦う者は、皆、百姓なのである。  もちろん、戦場で戦う者の多くが百姓である事は、実は、どの国も変わりは無い。  そもそもの話をしてしまえば、武士と言うものは、「武装をする百姓」として誕生している。  新たな土地を開拓し、耕す時に、その土地を奪い、強奪しようとする者達が、周囲に沢山いる。自分達の身と土地は、自分達で守るしか無いのである。  強奪を企む者達から土地を守る。そのために彼らは、馬に乗り、広く土地を見て回り、馬に乗りながら弓を引き、そして時に、槍や剣を使い戦った。  それが「武士の始まり」と言われている。  そしてその武士達を、「滅私奉公せよ。自分達に武士として尽くせ。その代わりに、その土地の権利を守ってやろう」と現れた武家の棟梁。それが、将軍であり「幕府」なのである。  戦乱の世において、武士と百姓に境などと言うものは無い。戦場と言うものは、戦に参加をする者にとっては、「殺すためのもの」あるいは「死ぬためのもの」では無く「生きるためのもの」なのだ。  特に、凶作や飢饉が相次ぐと、懸命に田畑を耕しても食えない者達が、戦場で傭兵となる。  だからこそ、彼らは戦場で「乱取り」をする。そう、生きるために略奪をする。  百姓達は、田畑だけを耕して生きて行く事が出来るのであれば、勿論、そのように生きたいと願っている。何も命がけで戦い、自分達と同じ、貧しき者から略奪したいと、心から思っている訳では無い。だが、この戦乱の世と、凶作や飢饉が、それを許さなかった。  そして、例え凶作や飢饉が無くとも、村にいては生きて行く事の難しい者達、村の次男坊や三男坊達は、戦場で戦う。これは世の常である。  だが、それにしてもカムワは百姓の国なのだ。下人や足軽に見える者達は勿論、馬に乗り戦う、侍に見える者達ですらも、実は全て、百姓なのである。百姓が百姓の理念で、横の繋がりで、生きている国なのだ。  彼らを殺したくは無い、とジュウギョクは言った。  ジュウギョクは、自分の契約している神は、影だと言っていた。 「闇と契約している、ショークを尊敬しているから、だから、影の神と契約したのか?」  そう、シャンルメに聞かれたジュウギョクは 「それもあります。しかし、闇と影は似て否なるもの。その本質は全く違います。闇に光は必要ない。影とは光が無いところには、存在しないのです」  と言った。 「なるほど……似て否なるもの……つまり、光の力も使う訳だな。お前は、光と影の戦士な訳だ」 「お分かりになるのが早い。そうです。光の力も借りて攻撃をする。それが影の神です」  ジュウギョクは、連射の出来る不思議な弓を持っていた。この弓で、敵対する相手の体では無く、その影を射るのである。  すると相手は、その動きを止める。動く事が出来なくなる。影により、影に射された弓により、体を固定されてしまうのである。  そこに、別の光の弓を放つ。  光の弓を、また影に放つ。  すると、その影は光により消え失せて、本体の人間も深い傷を負い、絶命するのである。  だが、そこまではやりたくない。  そう、ジュウギョクは言った。  動きを止めた状態で、自分は常に戦う相手に降伏をするか死を選ぶか、聞いている。 「ほとんどの者を降伏させられれば、戦はすなわち、勝利に終わります」 「そうか……」  シャンルメは微笑み 「お前は優しい男なのだな」  と言った。 「戦と言う物が、好きにはなれません。人を殺さず、戦に勝利出来ないかと、自分なりに学び、研究しました。その結果、この力に辿りつきました」 「分かった。共に、出来る限りの人を、カムワの民を、殺さずに降伏に持っていこう」  シャンルメは隣にジュウギョクを従え、戦った。  賢明に風の攻撃を向けながら、相手が傷すら負わぬうちに、ジュウギョクのその攻撃、弓の連射により、馬上にいる、ほとんどの者の動きを止めた。  それでも立ち向かって来る歩兵達の動きも、全て止めた。  そして……ほとんどの者が動きを止めた中でシャンルメは言った。 「聞いて欲しい。貴方達はギンミノウのショーコーハバリ殿を恐れて戦っているのだろう。確かにあの方は、百戦錬磨の恐ろしい武将だ。戦えば、相手を殺し尽くす程の方だ。だが、制圧した土地には、商人達を入れ、豊かで、富める国にする方だ。そして……他の部族であっても、けっしてその信仰や文化を否定したりしていない。御仏の前で、全ての者は平等であると言う、貴方達の大切な生き様を、あの方は……わたし達は、けっして否定などしない。貴方達が、我々を受け入れてくださるのであれば、必ずや、今以上の生きやすい暮らしを、貴方達に約束する。戦って殺し尽くされる事が、貴方達の得になるか?頼む。剣を捨て、槍を捨て、わたし達を受け入れて欲しい」  ジュウギョクの技とカズサヌテラスの説得により、ほとんどの、戦った者達を、その手にかける事無く、その戦場を収める事が出来た。  ジュウギョクは思う。  この方は、多分、わたしに似ている。  戦場で人を殺す事を、望む方では無い。  先程、ショーコーハバリを尊敬しているから、影の神と契約したのかと聞かれた。  とんでもない話だ。  素晴らしい手腕の持ち主だとは分かる。  優秀な武将であるとも、疑いようも無く思う。  だが、その残酷さが、自分は大嫌いだった。  なんで、こんな男に仕えるように、父は自分を導いたのかと、腹が立ったくらいだった。  ある時、まだ、シオジョウとタカリュウと勉学を共にしていた時、 「尊敬はしているが、大嫌いだ」  とシオジョウに言った事がある。 「わたしは尊敬もしていない。大嫌いだ」  とシオジョウは言った。 「わたしは、あんなやり方では無く、世の中を平らかにしてみせる」  そう、彼女は言ったのだ。  その言葉に自分は、彼女に惚れたのかも知れない。  そして、本当に気が楽になった。  あんな男を目指さなくても良いのだ。  違うやり方で、世の中を平らかにすればいい。  そう言われた気がした。  ショーコーハバリは自らの戦場に、カズサヌテラスを連れて行かない。  恐らくはその残酷な戦いぶりを見て、彼女が自分を嫌うのを、恐れてなのでは無いか。  そう思った時に、ふと……  いや、彼女?この方は、男、なのだよな?  と、やはり戸惑ってしまう。  参ったな。自分はけっして衆道家でも、気が多い男でも無い筈なのだが……  そう、ジュウギョクは微かに、苦笑いをした。  戦場を1つ収め、ようやくジュウギョクはシャンルメと……いや、カズサヌテラスと握手をした。  手を差し伸べて来た、そのカズサヌテラスの手に、ジュウギョクは右手を差し出した。  すると、カズサヌテラスは、両手で、その手を握り返して来た。 「お前の戦いはとても良かった。これからも第一線で活躍をして欲しい。わたしと、共にいて欲しい」  そう言って力強く握り、微笑んだ。  触れた手は小さく、そして暖かった。  その暖かさに、ジュウギョクは笑みを浮かべた。  微笑みながら、この手の持ち主を、これからは何としても守り抜こう。ようやく守るに値する、守るべき方に出会えた。イナオーバリに拠点を移すのは、これ以上無い喜びだ。そう、ジュウギョクは、強く思うのであった。  固く握手を交わした後、シオジョウに会った。  久しぶりに会った幼馴染は、以前と変わらぬ、気の強そうな……そして、美しい顔立ちをしていた。 「シオジョウ様」  そうジュウギョクは微笑んだ。 「ジュウギョク、お久しぶりです」 「はい。お会い出来て嬉しい。そして……貴方の嫁がれた方は素晴らしい方だ。その方を守るよう命じられ、これからは、イナオーバリに拠点を移す事になりました。真に幸福に思います。何卒、よしなに」 「うん。それはわたしも嬉しい。仲の良い幼馴染が、近くに越して来るのも悪くない」  そうシオジョウは微笑んでから 「でも、兄上が……余計な事を言って来たり、余計な心配をして来たら、正直、鬱陶しいな」  などと言った。 「そんな言い方をしなくとも。まあ、タカリュウ殿にも困ったものですね」  そう、ジュウギョクは笑った。  シオジョウが初恋であった事も、カズサヌテラスに惹かれている事も、誰にも明かさぬ。  自分の胸に秘めておこう。  そう思った。  戦いは順調に進んで行った。  戦い方は全く違うが、ショーコーハバリもカズサヌテラスも、戦に勝利を収めて行った。 2人はそれぞれに戦い、陣営で集合し、それぞれの戦いぶりを報告し合った。  その味方の陣営に、なんと、天空から現れ、攻撃をして来る者がいた。  天空から、石や矢や槍のような物を投げつけて来るのである。  数羽の鳥を操り、それに紐を付けて、それを飛ばせている。それにより、空中にいるのである。  そんな技を使う者がいる事に、シャンルメは驚いた。  近付いて来るのを狙い、風の刃を向けるが、それは届かない。そして、ショークの闇の刃も届かなかった。  闇の波動と言う技を向ければ、鳥ごと丸焼きに出来るだろうが……あの男、生け捕りには出来ぬだろうか、とショークは言い出した。 「無視しても構わぬとは思うが、奴を生け捕りにし、その、鳥を操る方法と言うものを奴から知りたい」  そう言い出したショークに、シャンルメはうなずき 「無視するべき相手では無いと思う。まして、ショークにとって、利益をもたらす可能性があるみたいだ。何とか、この敵を生け捕りには出来ないだろうか。シオジョウ」  シャンルメはそう言い、シオジョウを見つめた。  シャンルメとショークは、別々に戦っている。  シャンルメの部下達の中には、百戦錬磨と言える、ショークの元で戦いたいと望む者がいた。  その者達はショークの元に送ったが、トーキャネがショークの元に行く事は、トーキャネがショークと顔を合わせる事は、まず無いだろうと思っていた。  だが、味方が集合する陣営を攻撃する相手との戦い。これは言っておかなければならないな。そう思って、シャンルメはトーキャネを呼んだ。 シャンルメに呼ばれて、トーキャネは小さな背を正し、彼女に面会をした。その場には、シャンルメとシオジョウしかいなかった。  シャンルメはトーキャネを見つめ、こう言った。 「お前はショークの事を嫌っているでしょう。それは、わたしの事を思いやって、それで、嫌っているのだと思う。でもね、万が一お前が、この戦場で、わたし以上に総大将と言えるショークに不遜な態度を取っていたら、生意気な奴と思われて、お前が嫌われてしまう。そんな事には、ならないで欲しいんだ」  そう言われ、トーキャネは驚いた。  おれの事を、心配してくださっていたのか。それが嬉しく、かすかに涙ぐんだ。 「お前はとても評判がいいと聞いている。カツンロクも良く褒めているよ。誰に対しても人当たりが良くて、物腰が柔らかい人間だって」 「お……お館様が、皆に愛されるようになれと、そのような事を仰せだったので……」 「そうだよね。だから、そんなお前にはつまらない事で評判を落としてもらいたくないんだ。ショークが嫌いでも、もしも会ったなら、当たり障りのない、礼を欠いていない態度を取って欲しい」 「も……もちろんです。おれなんかを御心配いただき、ありがとうございます」 「それから……大切な話があるんだ」  シャンルメは微笑みながら、トーキャネを見つめて、こう言った。 「お前は熱の神。そうして、わたしは風の神だ。シオジョウが考えてくれた作戦に、お前の力が必要なんだ。2人で力を合わせて戦おう。今回の戦いには、お前の助けを借りたい」  地上にいる奴らなど、楽勝で倒せる。  空中にいる男は、そのように思っていた。  地上にいる者の、攻撃など効かぬと思っていた。 男の真下で、トスィーチヲ達……シャンルメの兵士達は、光沢のある、巨大な風呂敷とでも言うべき、大きな布を、数人で用意していた。 「な、何をする気だ?」  男は不思議に思い、下を向く。  シャンルメは短き舞を舞い、  トーキャネも不自由な足で舞い、 「熱の神!そして、風の神のお力だ!」  と2人で叫んで、人々は、ピンと広げた布の上にひょいとトーキャネを乗せた。  そして、シャンルメは 「風の神!突風の舞!」  と言い、トーキャネは 「熱の神!熱波の舞!下から、熱風を起こせ!」  と叫んだ。  トーキャネ1人でも、熱の風は起こせる。  そこをシャンルメの力で、さらに強い風にした。  その強い強い風を、真上に向かい起こしたのだ。  風の力で、トーキャネの乗った大きな布は、魔法の絨毯さながら、高く高く舞い上がって行った。 「ははっ。馬鹿じゃねえの?そんな風、ここまで届く訳がねえだろ」  男は笑ったが、その笑いはすぐに引っ込んだ。  いくら小さいとは言え、軽いとは言え、トーキャネは自分に近づいて来たのだ。 「な、なんでだ?風がここまで届くだなんて……」  男は知らなかった。そうして、トーキャネもそれをしかと理解出来た訳では無かったのだが、シオジョウの作戦とは、こうである。  冷たい空気は重く、熱した空気は軽い。  そう、気球の要領である。  熱の神の力で、熱く熱した風船を、風の神の力で、空中へと押し上げるのだ。  そう、シオジョウに「熱したら空気は軽くなる」などと言われた時、空気なんて物に重さがあるのかと、トーキャネは、にわかには信じられなかった。  だが、お館様の大切な奥方様の話。信じてみようと思ったのだ。  凄い。さすがは奥方様。シオジョウ様だ。  そのようにトーキャネは思っていた。  そうして、トーキャネは、信じられぬ程の高さまでやって来たのだ。  その鳥の群れの紐に、トーキャネの手が届いた!  トーキャネは刀でその紐を斬る。  そして、鳥達に熱の攻撃をした。  鳥達はトーキャネに向かって来る。  鳥のくちばしに攻撃され、トーキャネも地上に落ちて行った。  男も数羽の鳥は残っていたが、男を運べるまでの浮力は無く、地上に落ちて行く。  シャンルメはそこに、風を起こした。  そして、用意していたもう1つの布を兵士達で張り、トーキャネと男とを、受け止めようとする。  風の力により体が少し浮き、トーキャネと男は、傷を負わずに布へと落ちた。 「よし、良くやった。ありがとう!」  そう言い、シャンルメは微笑んだ。  鳥の神。と言う事だろう。  遥か南の土地の国に、鳥を操る能力者がいる。  その能力者の操る鳥により、部隊の者達は空中にいる。鳥を操る空中の部隊。空からの総攻撃。戦えば、手強き敵になるだろう。  そうして、男は自分を運ばせる、数羽の鳥くらいならば操れるようになった。そこで、その部隊から去り、能力を生かして、各地を転々とし、戦場で金を稼いでいたらしい。 「巨大な鳥がいたら、その背に乗る事も可能か」  そう聞いたショークに 「それが出来たら一番楽だ。でも、そんな巨大な鳥など、そうそういるものか」  と男は笑った。 「出来るのだな。よし、お前の手ほどきは幾らで受けられるのかな」  そう言ってショークは笑う。  正確には、あれは、鳥では無いかも知れぬな。  そんな風に思っていた。  そして……トーキャネと言う、醜い小僧の活躍を、ショークは正直驚いていた。  そうか。あの醜い小僧は、なかなか使える奴なのだな。と、思ったのである。  あの小僧は、シャンルメに気に入られていた。それが何故なのか、少し分かった気がした。  使える部下を大切にするのは、当たり前の事だ。  シャンルメが部下想いであるのは、その足軽や下人達を、豊かに生かそうとする方針にも現れている。 ショークはトーキャネを見て 「醜い小僧、久しぶりだな」  と言った。  活躍をしているとは言えども、トーキャネが総大将であるショーコーハバリから、直接声をかけられた事を、トスィーチヲは驚いた。  さすがに出世頭なだけはあるな、と思っていたら 「オヒサシブリデゴザイマス」  と、全く感情の籠っていない返事を、トーキャネはジッと下を見つめ、ショーコーハバリを見ようともせずに返していた。 「不遜な態度はどうした、小僧」  そう言われ、トーキャネは深々と頭を下げる。  そして、顔を上げようともしなかった。  この小僧はシャンルメを愛している。  それが、見れば分かる。  だが、自分の分をわきまえ、想いを告げるような真似はしないだろう。  そう、ショークは思った。  後からトスィーチヲに 「総大将にも声をかけられて大したもんだよ。でも、不遜な態度って何だ?」  と聞かれたトーキャネは 「なんでも無いよ。気にするな」  と笑って言った。  部下達、幕僚達が去った後で、シオジョウは少し不思議に思っていた。  トーキャネは父を嫌っていると、シャンルメは言っていた。  あんなにシャンルメを慕い、シオジョウの事もとても慕ってくる。誰に対しても物腰が柔らかい。  それなのに、父を嫌っているのか。意外な気がする。  思い切ってシャンルメに 「トーキャネは父が嫌いなのですか?」  と聞いた。  シャンルメは 「実は都に3人で行った時、ショークがわたしを置いて、都の妻に会いに行った事を、とっても怒っていたんだ」  と言った。 「そんな事をしたのですか!父は!」  そう言って、シオジョウはそこにいるショークに対し、目を向けた。 「それはトーキャネで無くとも怒って当然です。そんな事は二度としないと約束してください」  そう言ったシオジョウに 「いや。その約束は出来ぬな」  などと、しゃあしゃあとショークは答えた。 「何故ですか!!」  そう怒っているシオジョウに 「シオジョウ、ありがとう。でも……その女性はショークにとって、大切な人なんだよ。仕方ないと思う」  そう、寂しげにシャンルメは言った。  先ほどから、商人達の指揮が終わり、トヨウキツが帰って来ていた。  3人の……もとい、シオジョウとショークの喧嘩をしそうな様子に 「まあまあ」  と言ってトヨウキツは笑い 「喧嘩をしても、シャンルメ様は喜びませんよ」  とシオジョウに言い、今度はショークに向かい 「その女性は特別な、そして、滅多にお会い出来ない方なのでしょう。けれど、その方に会いに行ったために、シャンルメ様がどれだけお寂しい思いをしたか、少しは考えてあげてくださいね」  と言った。 「トヨウキツ、ありがとう」  と、シャンルメは礼を言う。 「でも、お2人とも、今日は特別な日ですもの。喧嘩などしていたら、もったいないですよ」  そう微笑んだトヨウキツに 「うん」  とシャンルメも微笑む。 「特別な日……と言うのは……」 「一体、何の日だ」  と言ったシオジョウとショークに 「実は、わたしは今日、15になったんだ」  とシャンルメは返した。 「おお!そなた、今日が誕生日か!」  ショークは嬉しげに、シャンルメの肩に手を置く。 「シャンルメ様、失念していてすみません。わたしの誕生日は祝ってもらったのに」  そう言ったシオジョウに 「戦場で祝う事は難しいし、構わないよ。シオジョウがそれを忘れていたのは、戦の事を第一に考えてくれている、軍師だからだ」  と言って、シャンルメは微笑んだ。  ショークも嬉しげに 「贈り物をせねばな。着物で良いか?風の神は、そなたが美しい着物で、戦場に舞う事を望んでいるのだろう?」  と言った。 「うん。そうなんだけど……その、着物は例えば上は白とかでも構わないけれど、袴は、その……前に話した事情で、なるべくは赤や黒が良いんだ」 「ああ。うむ。前に話した事情で、だな」  そう、少し含んだ言い方をした後で 「この戦を終えた凱旋式の時に、そなたの誕生日祝いもしよう。着物だけとは言わぬ。何でも、欲しい物を買ってやる」 「とんでもない。貴方が選んでくれた、着物だけで構わないよ。祝いも、そんなに大きくやる必要は無いよ。それと……貴方の誕生日は、いつなのかな」 「うむ。俺は貧しい村の生まれだから、誕生日などと言うものは知らん。正月に1つ歳を取るように数えている」 「なら、正月祝いも、一緒にしたいな」 「うむ。そうだな、是非」  そう言い、ショークは笑った。  シオジョウは、確信を持って思った。  父の惚れたおなごは、間違いなくシャンルメ様だ。 この父と言う男は、本当にケチな男だ。  2人の妻にも、そこそこ裕福な家庭のおこづかいのでも言うような金しか与えていない。そのため母は、ミョーシノとは違い、時々父におねだりをしている。  それには一応、応じてくれてはいるのだが、「何でも欲しい物を買ってやる」などと、正妻である母にすら言った事が無い。  まあ、母はそれを口にしたら、次々に物をねだる女性だから言わぬのだろうが。  それでも、父がこんな事を口にするだなんて、本当に驚きだ。 父は、シャンルメ様に惚れ込んでいる。  その確信が持てたのは、良いと言えば良いが……  やれやれとシオジョウは、小さくため息をついた。  シオジョウは知らぬ事ではあったが、ショーコーハバリが贅沢を好まない、すなわちケチであったのには、大きな理由があった。  自分のような成り上がり者が贅沢を好んだら、確実に人望を失う。それを分かっていたのである。  彼の率いる軍団の者達は、彼の優秀さと、圧倒的な強さを慕ったが、それ以上に彼を慕ったのは、過酷な戦場を共にしてくれるところであった。  すなわち、血と泥の水を飲み、草を食むような過酷な戦場を、ショークは自らにも課したのだ。  足軽どころか、下人と変わらぬ物を食い、取り立てて頑丈でも華美でもない鎧に身を包み、誰よりも先陣を切って、敵陣へと乗り込んで行った。  矢傷が絶えぬどころでは無い。彼の体には大小の、無数の傷があった。  常であれば、兵糧を確保し、これを運ぶ経路を徹底して守らせていたが、一度、この経路が兵糧攻めに遭い、断たれた時がある。  その時……ショーコーハバリは、兵士達が乱取りで得た食事を口にしなかった。  初めて、彼の部下達は、この男が乱取りを好まぬ男であった事を知る。  乱取りをするな、などと、自分のような毒蛇に言う資格は無い。  だが、実は乱取りを好まぬ、望まぬのだと言う事を、それを口にしない事で示したのである。  彼の部下達は、総大将に飢え死にをされたら困る。頼むから略奪して得た物を口をにしてくれ。と、幾度も涙を流して訴えた。それでも口にしなかった。  兵糧が尽きる前に戦を終わらせる。そう言い、飢えに苦しみながら、その戦場を終わらせた。  そのような事で死んでしまうとは、真に愚かな事と言えたが、母を殺した乱取りを憎む心が、天下を統一し、天獣を呼び寄せ、この世界を救う決意になった事を思えば、いかに愚かであろうとも、乱取りにより得た食事を、口にする事は出来なかった。  ミョーシノは一度、ショーコーハバリに戦場に連れて来られている。その戦場の過酷さを見たため、自分は城でおとなしく待つべきだと考えたのも、ショーコーハバリが戦場に行くと、心配で気がそぞろになるのも、当たり前と言えるだろう。  そうして……ミョーシノは、その一度だけ共にした戦場で、ショーコーハバリが贅沢を好まぬその訳を、察したのである。常日頃から贅沢を好んでしまったら、それは戦の時に現れる。自分のような成り上がり者の毒蛇がこの世界を統治し、この世を救うために、絶対に、華美な暮らしなどしてはならぬ。  そのショーコーハバリの想いを、察したのである。だからこそ、この妻は、その暮らしに対し、不満など感じた事は一度も無かった。過酷な戦場に身を置いている夫が、妻である自分には、本当に良い暮らしをさせてくれている、と思った程だった。  この妻は、一度戦場に同行したために、戦の話や、経済の話なども、ショーコーハバリと話し込むようになった。夫の苦労を理解し、夫の仕事の相談にも乗る。質素な暮らしに感謝し、不満など口にする気配も無い。美貌なだけで無く、真に良く出来た妻であった。  こたびのイナオーバリとの共闘の戦は、イナオーバリが存分に、食料も食料以外の物も、戦場に用意をしている。  しかし、こたびもこの男、戦場で最も貧しき下人と、変わらぬ物を口にしていたのである。むしろ下人達の方が、より施しを受けていたくらいであった。  シャンルメは彼があまりにも戦場で、過酷な状況に身を置いているので驚いてしまった。 ショークは夜襲をかける事が多い。だから、夜にきちんと休息をとるような事などは無い。戦い戦い、疲れ果てた時に、一番上に羽織る上衣を地べたに敷き、そこで寝た。  かたやシャンルメは自分も妻2人も、即席の寝台で寝ているし、眠る前には湯を沸かし体を洗い、拭いたりしている。時には髪も洗う。食事も普通に取る。  それがまるで、行楽にでも来ているような、たるんでいる感覚なのだろうか、と思ってしまったのだ。  まして、自分は風の神を召喚するために、何着も、華麗な着物を持参している。  そんな事で良いのだろうか、と思ってしまった。  ショークは笑って、そなたはそのままでいい。  神がそう望んでいる。  それなのに、過酷な状況に身を置く必要は無い。  何より、そなたは女だ。女には身だしなみも必要だ。  そして、俺は成り上がり者だ。成り上がり者には、それに相応しいやり方がある。それだけだ。と言った。  ショークはけっして、自身の部下の精鋭達には、下人と同じ物を食せとは言わなかった。  戦で武功を立てて活躍をし、昇りつめ、それなのに戦場で食す物が、あまりに貧しい物では、戦っている甲斐がなかろうと言って、自分よりも良い、マシな食事を取る事を、責めたりはしなかった。  俺はお前達……そして、足軽にも下人にも、戦場を強いている者だ。ならば、戦を強いている者達と寝食を共にするのは当然だ。  そう言い、戦場にいる者の中で、最も貧しい者と、同じ食事を口にしたのである。  他国から見れば、こんなに恐ろしい成りあがり者が、人望があるとはどういう事だと思われるだろうが、彼と戦場を共にして、彼を慕わない者は、いなかったと言っていい。  その強さに恐れ入り、辛苦を共にしてくれる事に感謝し、疲れ果てて眠りにつく姿に、何としてもこの人を守らなければと誓うのだ。  しかし、彼はあまりにも、厳しい戦場を自らに課している。シャンルメは、何とか彼に普通の、もっと栄養のある物を、口にして欲しいと思った。  そこで、少し珍しい食材を調達し、見せに行くと言う格好で、ショーコーハバリの元を尋ね、まず、彼の部下の幕僚達にその食事を勧め、 「ショークも食べて欲しい。珍しい物だから」  と言った。  初めは関心を示さなかったショークも、幕僚達とシャンルメとに勧められて、ほんの少しずつだが、口にするようになり、シャンルメはそれを、とても喜んだ。  こたびの戦は、ヤツカミモトとの戦いの時のような、瞬時に勝ち負けが決まる戦では無い。長期戦である。  だから、食料の確保がとても大切であると言う事を、戦場に赴いてわずか2度目であるシャンルメが、理解をし、それに気を配っていたのである。  ショーコーハバリがシャンルメの半分でも、それに気を配っていたなら、総大将が飢え死にしてしまうなどと、部下達が泣くような事は、今までも無かっただろう。何しろ、この男、首都の大富豪を妻に持つ男。金はあるのである。  いかに人望を失わぬためとは言え、この男の生き様は、真に極端と言えた。  殺し尽くす軍勢と、出来る限りの者を殺さぬ軍勢。戦い方が全く違う、全く異なるこの2人が、何故同盟を組んでいるのか。敵は勿論の事、味方にも不思議でならない。  だが、どちらにしても、この2人は強かった。  シオジョウは、東と西から、聳える城を挟み撃ちにする作戦を立てた。  ショークは東から、シャンルメは西から、それぞれ城を挟み撃ちにする。  2人の指導者をおびき寄せ、それぞれと一騎打ちをしようと言うのである。  東から攻め入る中で、闇の刃で次々と敵を殺して行くショークの元に、その能力者は現れた。兜に仏像を付けている。そうか、ついに来たか。  そう思い、ショークは身構えた。  爆破の能力者であるようだった。  彼は味方の百姓達を、次々に爆破させた。  そう、爆破の能力者は、その剣や槍などで何かを刺すと、それを爆弾に変えられるのだ。  男は周りの人々を剣で刺し、それを爆弾に変え、特攻させていたのである。 「悪しき敵を道連れに死んだ者には、極楽浄土が約束されているぞ!」  と男は言った。  愚かなり。とショークは思う。  神の業をみだりに語るべからず。  その言葉を知らぬのか。  人が、人ごときが、極楽浄土が約束されているなどと、何故言える。  人を殺した者は、必ず、その罪を罰せられる。  その覚悟も無く、人を殺すなど、真に愚かだ。 その愚かさを、憎む思いが胸に湧いたが……  だが、この大宇宙をお作りになったご存在と、繋がろうなどと考えた自分こそ、神の業をみだりに語るべからず。とシャンルメに言われたものだった、と思い出し、ショークは僅かに笑った。  爆破をしていく者達が、こちらの陣営に届く前に、次々に闇の刃を向け、その場で爆破させた。  こちらになど、1人も来させるまい。味方を誰1人とて、このようなくだらぬ戦法で失いたくは無い。  そして、ショークは男に向かい 「お前は来ないのか」  と言った。 「このくだらん爆破で死ねば、極楽浄土に行けるのであろう?」  そう挑発され、男は笑った。 「俺が爆破をする時には、広範囲に広がるすさまじい爆破となるぞ。挑発した事を後悔するがいい」  男はそう言って、自らに刃を刺した。  その時すかさず、ショークは大地に手を置いた。 「大地より導き、闇の波動!」  ショークがそう叫んだ途端、爆破をする寸前の男の立っていた大地から、黒く強い激しい激しい闇が、まるで黒い炎のように男を包んだ。  その中での爆発はすさまじいものだった。黒く赤い巨大な柱が、天高く勢い良く伸びて行く。  その威力に、ショークの周囲にいる仲間達には背後に吹っ飛ばされたが、巻き添いに遭い、死んで行く者はいなかった。 そして、男は自らが死ぬ時に、率いていた軍勢のほとんど全てを巻き添いにしてしまった。  死体さえも残らぬような焼け跡が、そこに残された。  焼け跡を見ながら思う。  何の罰も与えられずに、極楽浄土に行けるなどと、人に殺す事を命じながら、良くも言う。  自分が地獄に堕ちる。煉獄の炎に焼かれる。幾たびも幾たびも死を味わう。  それを、俺は分かっている。  分かっている上で、いかな悪行に手を染めようとも、この世界を救ってやろうぞ。  改めて、その覚悟で、ショークは微かに笑った。  シャンルメは、ジュウギョクの影の力を借りて、出来る限りの、降伏の説得を試みた。  言う事を聞かぬ、突然、予期せぬ動きを見せたり、攻撃して来た者達にだけ、シャンルメの風、トーキャネの熱などで攻撃をした。だが、傷を負わせた者はいても、味方は勿論、ほとんどの敵方の戦死者を出さずに、戦を進めた。  はたと気が付く。馬に乗ってやって来た男が、その兜に仏像を付けている。  ならば、あれが敵の大将の1人なのか。  もう1人はおそらく、ショークに向かって行ったのだろう。  そう思い、シャンルメは馬の上で身構えた。  男は手を上げて、 「磁力の神!」  と叫んだ。男の周囲の者達から男の手へ、その槍や剣がまるで吸い込まれるように集まった。  なんと、こちらにいる兵士達の腰からも、その刀が吸い取られて行く。  行かせまいと、皆、賢明にその刀や槍を握った。 「風の神!」  そう叫び、風の力をこちらへと向ける。  そう、ヤツカミモトとの戦いの時にも使った、向かい風の要領だ。敵からこちらに向かう、風を起こさせる。刀や槍を奪われまいと、賢明に風を起こしていると、男は手に集まった槍や剣を、まるで1つの大きな武器であるかのように構えた。  にやりと笑い、シャンルメに向かい投げつけて来た。風を起こすが、あまりにも大きな、重い、巨大な武器。跳ね返し切れない。 「お館様!お逃げなされ!」  トーキャネはそう叫んだ。  シャンルメは何とか、馬で後退し、その武器が当たらぬようにと逃げた。  すると、トーキャネが、そのシャンルメを庇うように、急ぎ前に進み出て、 「熱波!熱風返し!」  と叫び、落ちてくる武器に対し、手を翳した。  なんと、彼が手を翳すと、その巨大な武器の切っ先はドロドロに溶けていったのである。そして、バラバラになった武器達は地面へと落ちて行く。  凄い。何と言う技だろう。  そう、シャンルメは思った。 「ありがとう。トーキャネ」  そう微笑んだシャンルメに、トーキャネは笑う。そこで、すかさずジュウギョクが仏像の兜の男の、影に弓を射た。そう、動けなくさせたのである。  影を射た者は、口以外は動かせなくなる。  男は悔しそうにシャンルメを睨み 「倒すのならば、お前が倒せ!」  と言った。 「大将に首を取られたい!」  そう言うのである。  戦場において、人を殺さなければならない。  その事はシャンルメにとって、とてもつらい事であった。出来る限りの人を殺したくない。  自らの手で誰かを殺す。それは、とてもとてもつらい事であった。  しかし、誰も殺さずに、誰かを殺す苦しみを味合わずに、その許されざる罪を背負わずに、この乱世を治める事は出来ぬのだ。  天獣を呼ぶ事も、聖王になる事の出来ぬのだ。  誰も殺したくない。そんな事を言ってしまったら、ショークの隣にいる資格すら、失ってしまうだろう。  シャンルメは覚悟を決めた。  この人の死を、自分の肩に背負おうと。  この手をしかと、この人の血に染めようと。  シャンルメは風の刃を男に向けて、男に傷を負わせ、そして、その命を奪った。  泣くまい。泣いては駄目だ。  そう、自身に言い聞かせた。  そして、それから、男の連れていた兵士達、百姓達に向かい 「貴方達は降伏をしてくれ!頼む!」  と言った。  すると人々は、剣を捨て、槍を捨て、馬を捨て……大量にシャンルメの元に、押し寄せて来のである。 「もう、戦うつもりは無い!」  そこにいた、1人の、立派な鎧に身を包んだ青年は言った。そして、泣きながら、兵士達……いや、百姓達はシャンルメを取り囲んだ。 「貴方の同盟者、あの男と戦った者達は、皆、見るも無残な死を与えられ、殺し尽くされている。だが、貴方はほとんどの者を殺さず降伏させていると聞くでは無いか!」  そう、百姓達を代表する青年は言った。その青年が何者か、シャンルメは分からなかったが、実は先ほど、シャンルメの手により葬られる事を望んだ、宗教団体の幹部の子息であった。  父を殺した相手であろうとも、シャンルメに対し、降伏を願い出ようと、彼は決意していた。 「あの残酷な男に降伏を願い出るようなつもりは無い。殺し尽くされた仲間達を思えば、あのような敵に降伏など出来ないし、聞き入れてもらえるとも思えない。我々は貴方に降伏を願い出たいのだ。助けてくれ!」  そう言われ、シャンルメは馬を降りた。 「分かった。わたし達を受け入れてくれて、本当にありがとう。貴方達は本当にお強かった。国を守り、愛する思いで戦ったのだろう。その思いを無下になどしない。降伏を受け入れよう。貴方達のこれからの、変わらぬ、より一層、豊かな暮らしを約束する」  そう、皆に届くように大きな声でシャンルメは言った。降伏して来た、百姓達は泣いていた。  赤毛の馬を隣に、微笑んだシャンルメに向かい、百姓達はひれ伏して来た。シャンルメは驚き、少し戸惑ったようだった。その光景を見て、ジュウギョクは、この人はまるで女神だ。と思った。  女神……いや、この方は、男……なのだよな。  やはり戸惑ってしまう。この方を男と認識出来ない。どうしたものかと、ジュウギョクは笑った。  その時、この戦は終結した。  ショーコーハバリの活躍……そうして、シャンルメの存在により、長期戦かと思われた戦は、意外な程早く終息に向かって行った。  実は、ショーコーハバリの長男、タカリュウもこの戦には参加をしていた。  舞を舞う能力に、恵まれなかった男である。  そして、武芸も、得意とはしていなかった。  カズサヌテラスとは違い、軍勢を率いらせてなどもらえなかった。ただ、18にもなった息子に、戦場と言うものを見させておこう。そのようにしか思われていなかったのである。 美しき鎧の上に、美しき赤い着物を羽織り、赤い馬にスックと乗るそのカズサヌテラスの姿を、タカリュウは一目見て、息を呑んだ。  美貌だとは聞いていた。  だが、これは何だ。  女と見まごうとは良く言うが、見まごうどころでは無い。どう見ても女だ。  そして、父と並ぶその姿は、まるで父と片時も離れずに、寄り添っているかのように見えた。  戦が終結する。その時に、タカリュウは急ぎ、妹に面会を求めた。  他の者のいないところで、と頼んだところ、戦場に来ていた妹は、兄と面会をしてくれた。  兄は、会った妹に 「正直に言ってくれ。カズサヌテラスは女だな」  と言った。  妹は目を見開いて驚き 「どこでそんな事を……誰に……いや……そんな事はありません!」  と戸惑いながら答えた。 「やはりか。そんなに取り乱したそなたは初めて見る。カズサヌテラスはおなごで、間違い無いな」 「いえ……いや……」 「やはり!先日言っていた、父上が惚れたおなごとは、カズサヌテラスの事なんだな!そうなのだろう!」 「いや……もう……兄上……」  しばらく妹は、言葉を探していた。やがて顔をあげ 「兄上をなめていました。まさか、お気づきになるとは思わなかった」  と言った。 「しかし、この事は絶対に他言無用。いかに兄上とて、容赦いたしません。わたしと父上とを、敵に回す事になると覚えていていただきたい」 「ああ。分かった。誰にも言わぬ。だが、女だと言う噂があるとは、元々聞いていたし……あの美貌では気付いてしまう者も多い気がするな」 「それが、部下達は男だと信じております。むしろ、兄上が何故気付いたのか、わたしには不思議でなりません」  声を潜めながらタカリュウは笑う。 「おなごとは言えど、嫁いだ相手が父上に取られると思って妬いていたのだな。だから、あんなに父上を嫌うような事を言っていたのだろう」 「いや……その……まあ……」  はあ、とシオジョウはため息をつく。  そして、ジッと兄を見上げた。 「正直に申しまして、わたしにとっては父上よりも、そして兄上よりも、カズサヌテラス様の方が大切な方です。父だろうと兄だろうと、あの方を傷つける人には容赦いたしません」 「傷つける気持ちなど全くない。俺はカズサヌテラスと父上は似合いだと思う。応援してあげたい」  そう、笑みを浮かべ、タカリュウは言った。  惚れた女を隣に置き、天下を目指す。  その生き様が何とも、父らしく思える。  誰よりも、恐ろしい男である父。  だが、その誇りと志は、息子の俺も誇りに思う。  その父に、共に覇道を目指す女性が現れた。  父が天下を取ろうと戦う中で、自分はギンミノウを守ろう。ギンミノウの領地は自分が守る。  タカリュウは、そう固く誓うのであった。  そのタカリュウの決意と共に、この戦は終結した。  ショーコーハバリとカズサヌテラスの軍は、これ以上無い程の、勝利を収めたのである。  戦場を後にした数日後に、トヨウキツがシャンルメとシオジョウを屋敷に招いた。  3人で大切なお話合いがあります。と言われ、シャンルメもシオジョウも、何だろうと思いながら、トヨウキツの、立派な屋敷へと向かった。  使用人も誰もいない、3人だけの空間で、トヨウキツは、その細い目をより細め、微笑んで言った。 「シャンルメ様、貴方……ここにいるシオジョウ様のお父上に、恋をしていらっしゃいますね?」  その言葉にシャンルメは、驚いて言葉を失った。  やがて小さく 「うん……している……」  と言った。 「やっぱり。見れば分かります。貴方のお気持ちは」  微笑みながらトヨウキツは 「万が一、シャンルメ様が、お父上様のお子を宿した時には、シオジョウ様とシャンルメ様お2人に、このお屋敷にしばらく籠ってもらいます。シャンルメ様は具合を悪くされ、シオジョウ様はご懐妊したと言う事にしましょう。生まれた子供がどんなにお父上に似ていても、シオジョウ様のお子だと言えば、誰もそれを不思議には思いません」  その言葉に驚いたシャンルメは 「いや……そんな……そんな間違いが起こる事は……無いよ……」  と、力なく言った。 「間違いではありません。良き事です。お子が生まれるのは、素晴らしい事ですよ」 「でも……ショークは、わたしの事など……」  そう言ったシャンルメにトヨウキツは 「いいえ」  とキッパリと言い 「シオジョウ様のお父上様は、シャンルメ様を好いておられます」  と言った。  その言葉に驚いたシャンルメに 「その通りです。父は絶対に、貴方の事が好きです。それも、本気で惚れ込んでいます」  と、シオジョウも言った。  どうしたら良いか分からなく、シャンルメは本当に戸惑ってしまったけれども、3人は、2人が結ばれ、そうして、お子が出来た時にはどうするか。  と言う、真面目な話し合いをした。  シオジョウが、父と面会する。大変な思いをするのは、いつもおなごの方だ。釘をさしておく。と言い、トヨウキツは、そうですね。でも、男女の事ですもの。釘をさしておいたとしても、何かがあった時の事は、考えておかなくてはならないわ。それにきっと、いつまでも釘をさしておく事は難しいでしょう。と言った。確かに、あの父がシャンルメ様を諦めるとは思えない。そう、苦い顔でシオジョウは言う。  シャンルメの事であるのに、シャンルメはカヤの外のような状態で、2人は話し込んでいた。  そんな事にはならないと思う。  そう思いながらも、シャンルメはその話し合いが、何だかこそばゆく、嬉しかった。  そして、本当に自分の2人の妻は、良く出来た女性達だと、心から思うのだった。  イナオーバリとの同盟を、兵達が心から喜んでいると言う事を、ショークは、部下達から口々に聞いた。  真に、豊かな戦場であった。  殺し合いの日々ではあるが、兵達は戦う相手のみに集中し、何よりも、いらぬ、胸を痛める、乱取りなどをせずにすんだのだ。  シャンルメは素晴らしい女だと、ショークは改めて思っていた。  俺はずっと自分を戒め、女は生涯に3人がせいぜいだと、固く決めて来たのだが……  その禁を破るやもしれぬ。  初めての事だ。  女が生涯で、3人だけであると言うのは、自分にとっては、大切なこだわりであった。  それを破っても構わぬと思う程に、目の前に現れた女性は、愛らしく愛おしかった。 年甲斐もなく、若い娘に惚れてしまった自分を、恥じる思いもあるが……  自分の人生の最後に、あの娘に出会えた事にショークは感謝をした。  俺の事を、どう思っているのかは知らぬ。  恐らくは、俺を想ってくれている筈だ。  シャンルメも、俺を、想っている筈だ。  そうは思うものの、まだ確信が持てぬ。  だが……この思いを告げてみようか。  愛する女を隣に置き、天下の覇者を目指す。  自分のような悪逆の徒に、最後、そのような人生が待っていようとは。やはり俺は、許されぬ者でありながら、神に祝福されている。  だが……許されぬ者に変わりはない。  業と言う奴だ。俺は、大変な業を背負っている。  自分には恐らく、幸福な最期は待っていないだろう。それでも……  天下の覇者を目指すこの道に、あの素晴らしき宝が、シャンルメが現れた。  シオジョウと言う娘が、自分にいてくれたからかも知れぬ。あの娘にも感謝をせねば。  そうショークは、想いを巡らせた。  最初の女マーセリも、2人目の女ミョーシノも、正妻であるオオミも、全て計算から、愛して来た。  マーセリの時は、何よりも金であった。  財産を持つその女が、何と、美しく素直で愛らしく、自分にぞっこん惚れたのである。愛さない訳が無い。傷つけてしまった大切な女。今もマーセリを、自分の1人目の妻として愛している。  2人目の女ミョーシノは国で一番の美貌と呼ばれた、自分とも釣り合うような長身の、大変な美女が、自分への想いを抑えきれず文にしたためた。この女を側室に迎える名誉を思い、この女を自分の物にしようと思わない訳が無かった。そして、この妻は美しいだけで無く、夫を支える素晴らしい妻でもあった。  オオミは幼い愛らしい美少女が、自分と、そして側室のミョーシノを慕って来た。  政略による結婚ではあるが、その美少女をまさに、自分にとっての理想の正室に、育て上げたのである。幼い頃から可愛がって来た妻の、今も残る天真爛漫さに、日々癒されていた。  この男にとって、女と言うものは、野心を達成するための、愛すべき駒と言えた。  ただ、愛情を抱いたからでは無く、計算からその女を選び、愛してきたのである。  むろん、女だけでは無い。  全てを計算づくで生き、その計算の中で、野心に向かい生きて来た。この世を救い、天獣を呼び寄せる。その後に自分が死に、幾度も幾度も煉獄の炎に焼かれるであろう事も、全て、計算の中に生きて来た。  神すらも恐れぬ、悪逆の徒。  なればこそ、必ず、この世を救ってみせる。と。  それが、己の使命であった。  愛する予定の無かった者を愛する事は、この男にとっては、真に想定外な事だった。  シャンルメが傷つけられるかも知れぬ。  その時、恐怖と怒りで燃えるような思いになり、そして、ようやく自覚した。  俺は、あの娘を、愛しているのだと。  この想いを、想定外のこの想いを、俺はいかにして告げるべきか。  この想いが叶わぬなどと言う事があれば、俺は一体、どうするのか。  今までの女も愛して来た。だが、もしやこれが俺にとっての、初めての、恋、と言うやつか。  それを思うと何やらこそばゆく、不思議な思いがするのであった。 あとがき  わたしには長く「これだけは描くまい」と、決意をしていた事が、2つ程ありました。  1つは「性的暴行や、性的虐待を受けた女性を描かない」と言う事。  自分のような、そのような悲劇とは無縁の、恵まれた環境に置かれた人間に、その悲劇を描く資格があるとは思えず、「幼児虐待」をテーマにした物語を描いた時も 「父親からの被害に遭いそうになり、弟に助けられ、未遂で助かる」  と言う、物語にした程です。  しかし、この「戦乱の聖王 悲願の天獣」の物語には、描くまいと決意していた、女性の性的被害が登場します。その中の最も大切な女性は、勿論、ショークの1人目の妻・マーセリです。  この物語は今回、マーセリのかつての悲劇を描き、そして、無理矢理自由を奪われ売られる娘を、シャンルメが助けようとして助けられぬ物語にしました。  自分のような人間に、それが描く資格があるのかは分からない。  でも、女の自分に許されないのなら、男性の作者の方がそれを描くのは、なお許されないだろう。  葛藤を持ち、思い悩みながらも……  勇気を持って、覚悟を持って、その出来事を描かせていただこう。  そう、決意をした所存です。  お叱りを受けるかも知れない。わたしが描いた物を見て、つらいお気持ちになる方が、いらっしゃるのは本当に申し訳ない。  それでも、覚悟を持って。  これは、女にしか描けない事なのだと。  女に生まれた自分の使命なんだと。  そう信じ、描いて行きたいと思っています。  もう1つ、描くまいと決意していた事……  これは、前回の方が描いていました。 「男性の同性愛は描かない」  自分は女で、男性の同性愛者と言うのは、女である自分からは、一番遠い存在。  男性同士の物語ならばプラトンが言い出した、一番最初の意味でのプラトニックラブ。すなわち、「恋愛感情は全く無い、男同士の友情や絆」が好きです。  実は、女性のシャンルメのヒロインが、女性のシオジョウであるように、男性の主人公にとって、男性がヒロインである物語も描いた事があるんですが、その場合、男性の主人公が相手の男性に片思いの恋愛をしているようにも、普通の友情にも見える物語でして。  2人が「くっつく」展開では無いのです。  わたしが、万が一男性同士を「くっつける」展開にするのなら、このあとがきを書いている、こちらの作品のように、「実は女性でした」と言う物語にします。  そう、実は女性でした。と言う設定の方が、平たく言えば「萌える」のだと思います。  だから、自分は男性の同性愛は、ハッキリとは描かないでおこう。正しく描ける自信も無いし。そんなに萌えないし。  なんて、思っていたのです。  でも、いざ「日本の戦国時代」を思わせる異世界ファンタジーを描くと……  戦国時代は現在よりも、ずうっと男性の同性愛者が多かった時代。  その時代を描いていて 「男性の同性愛者なんていませんよ」  と言うのは、何やら差別的だなあ。  男性の同性愛者も、ちゃんと出そう。  そのように思いました。  それで前回、ラストの敵さんに当たるヤツカミモトを、モデルの人物が同性愛者な事もあり、美少年が好きな同性愛者と言う設定で、描かせていただきました。  そして物語が進んで行くと、他にも同性愛者と言う設定の、男性の重要人物が出てきます。  ところで今回、物語に首都が出てきました。  地方にいる人が東京に行く時に 「首都に行って来るね」なんて言う訳ない。  首都と言わず、東京と言う筈。  この物語の首都は京都。現在でも京都。昔でも京の都。  キョウ以外の名前にしようがない。  キョウと言ってしまうと、日本過ぎて、異世界ファンタジー感がどこかに行ってしまうなあ、と思い。  それで、違和感のある呼び方ではあるのですが 「都」とか「首都」と、呼ばせていただいております。  さて。今回の2巻、難しかったと思う。  何だか、難しい文章が多かったです。  これ、こんなに多くちゃまずいな、と。削りに削りまして。あっち削り、こっち削り、原稿用紙にして、2枚分くらい削ったんです。  つまり、残っている文章は、自分の中では「必要な文章」なんですけど……  今回の2巻は、難しい文章多めになってしまったし、敵さんもいまいちパッとしない、盛り上がりに欠ける巻だったなあ、と自分でも思っています。もっともっと面白くしたかった。反省。  でも、3巻以降はこんな事は無い筈。  懲りずにお読みいただけたらなあ、と思います。  あと、難しい文章もですね、何というか、「歴史物風な感じ」を、少しでも楽しんでいただけたらな、と思っています。 ちなみに、この物語ですが……  シャンルメとショークの恋は  物凄く男性が年上の、年の差カップル。  今、「年の差カップル」と言えば  年上の女性に、若い男性と言うのが、日本では主流だと言われているのに……  うーん、時代に逆行しているなあ。  この作品、受けれてもらえるかな、と  正直、不安になったものでした。  それに、何と言っても  ちょっとこれは、道徳的にもまずいかなあ、と  そんな風にも思いまして。  そう思い、シオジョウが 「くぎを刺しておく」と言っていますが 「16歳になるまで、告白をするな」  と、彼女に言わせる予定です。 まあ、この時代は、13歳や14歳が、恋愛対象になるのも、そんなにおかしな事では無いんだけど……でも、時代が時代だからなんて言って、現代に当てはめると、道徳的にまずい話を描くのは、よろしくないかなあ、と、思った訳なのです。  現代でも結婚の出来る16になったら、2人の恋が進展するようにしよう。そのように思いました。  そう考えていたら、何と法律が変わり、女性の結婚が18からになってしまうとか。なんてこった。  しかし……12歳でお嫁に行く女性が出て来るこの物語で、現在の法律が18からだからと、そこまでお待たせをするのは、時代物として不自然。  不届きな物語かもしれないけれど、いかに2人の愛情の物語を、素敵な物語に出来るか。そして、いかにショークと言う人物を、ぶっ飛んだとんでもない男であろうと、「シャンルメが惚れて当然」な魅力的な男性に描けるか、それにかかっている。  この作品は途中から、シャンルメとショークの……未成年の女性とうんと年上の男性の、愛し合うシーンが出てくる予定なので……それに対して、申し訳ないような気持ちが、少しあります。  それでも……ファンタジーな戦い方が風変わりで、史実とは違う、どこで誰がどう生き、どう死ぬのか分からない、ぶっ飛んだ「歴史物」を楽しんでいただきたい一方で 「シャンルメとショークの恋」  を、応援していただきたいなあ、と思っています。  トーキャネには、ちょっと申し訳ないけれど……  2人の恋が、今後どうなるのか。  楽しみにしていただけたらな、と思います。  どうぞ、よろしくお願いいたします。
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