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喧嘩をした日
そんなこんなで一緒に留学をすることになった私と健悟。
留学は、基本的には留学エージェントを通して行われ、同じ大学且つ同じエージェント出身の生徒は、最初の内は同じ寮の部屋になるのが鉄則だった。
慣れない留学生活で留学生が消耗しきったり、いきなりハードルの高い現地のルームメートと同じ部屋になって心が折れてしまうのを防ぐ為である。
なので、その暗黙のルール通り、同じ寮の部屋になる私と健悟。
ちなみに、当時私達が通っていたのは、ニューヨークから約300キロ程離れたボストンにある私立の大学だ。
そこで暫く共同生活を送っていた私達。
だが、あの日――私達は、留学してから初めて、大きな喧嘩をしてしまう。
それは、ほんの些細な出来事が原因だった。
当時、私達が暮らしていた寮の部屋のドアは、閉めると同時に鍵がかかるオートロック仕様になっていた。
なので、通常私も健悟も常に鍵を持って行動していたのだが……あの時だけは、違っていたのだ。
あのテロが起こる日の前夜、翌日の授業が無かった為、夜から車を走らせて、ニューヨークに遊びに行く約束をしていた私と健悟。
なので、それに間に合う様、私は先にシャワーを浴びることにした。
鍵を持たずに。
健悟に、部屋の中で待っててくれる様、頼んだ上で。
私達が暮らしていた寮にある風呂場――と言うかシャワースペースは非常に小さく、人が1人立っているのがやっとで、シャンプーやタオル等は背後に設置された小さなラックに置くのが常だった。
けれど、シャワースペースはトイレと共同だった為、時折、おかしな酔っ払いが現れたりしていたのである。
そんな輩がうろうろする空間――しかも、背後という中々意識の向きにくい場所に、大切な部屋の鍵を置いておきたくはない。
なので、シャワーに行く時は、どちらかが部屋に残り、ノックを合図に開けることが私達のルールになっていたのである。
がーーあの日、何度ノックしても、健悟がドアを開けてくれる様子は無かった。
(もしかしたら、寝てしまったのだろうか?)
それなら、仕方ない。
私は濡れ鼠のまま、寮長の部屋に向かうと、マスターキーで部屋のドアを開けて貰う。
「健悟?お待たせ」
中にいる筈の幼馴染みに呼び掛けながら、部屋に入る私。
けれど、そこに健悟の姿は無かった。
部屋で髪を乾かしながら待つこと約1時間。
漸く部屋に戻ってきた健悟は、私と目が合った瞬間、「やべっ!」という顔をした。
「何処に行ってたの、健悟。心配したんだよ」
私はそんな幼馴染みに僅かに呆れながら、努めて冷静に、そう声を掛ける。
けれど、健悟の方は全く悪びれる様子もなく、こう言い放った。
「別に何処だっていいじゃん?優は俺の母ちゃんかよ」
その言葉に、流石の私もカチンと来て、つい強く言い返してしまう。
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