喧嘩をした日

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「一方的に約束を破っておいて、その言い種は無いと思うんだけどな」 すると、私の言葉に腹を立てたのか、あからさまにむすっとした表情をする健悟。 そして、彼は幼い子供の様に「あっかんべー!」と舌を出してくる。 「なんだよ。ちょっと外に出てただけだろ。いちいち細けぇなぁ」 「ちょっと?私は1時間は待ったよ?それに、そもそも……今日は出掛けるから、部屋で準備をして待っている約束だったよね」 「はいはい、スイマセンね!俺が悪ぅ御座いましたよ!!」 「健悟。そう言うことを言ってるんじゃないだろう。第一、君、出掛ける準備は出来たのかい?」 「あー、忘れてたわ!!」 健悟のこの一言で、完全に怒りの導火線に火がついてしまう私。 「……ああ、そうかい。忘れてしまう位の事なら、別に無理してついて来て貰わないでも結構だ」 売り言葉に買い言葉とは、まさにこのことだろう。 一方健悟の方も、私のこの言葉で一気に頭に来てしまったらしく、 「そうかよ!じゃ、優一人で行ったらいいんじゃねぇの?!」 そう言うと、ゴロンと自分のベッドに横になり、此方に完全に背を向けてしまう。 「ああ、そうさせて貰うよ。一人で存分に楽しんで来るさ。誰かさんがいない分、気楽でいい」 健悟の背中にそう吐き捨て、部屋を後にする私。 そうして、友人から借りた車でニューヨークに来たのだが――その数時間後、私はあの歴史に名を残す大規模テロ事件に遭遇することとなる。 (……健悟が一緒にいなくて良かった) 逃げ惑う群衆と共に少しでも遠くへ走りながら、私は、そんなことを考えていた。 健悟は昔から、喜んで喧嘩は買うくせに……その実、健康には大きな不安を抱えていたのだ。 ――『キャットアイ症候群』。 それが、健悟を苦しめている難病の名前である。 患者によって症状が出る部位は様々だが、健悟の場合は『瞳』と『心臓』に症状が出ていた。 と言っても、猫の様な瞳は隠すことが出来るし、心臓だって日常生活を送る分には差し障りはない。 この留学にあたっても、一応医師からOKは貰っている。 だが……こんな恐ろしい事件に巻き込まれたとなれば、話は別だ。 この地獄の様な光景が、幼馴染みの心臓にどれ程負担を与えてしまうか――考えるだけでも、ぞっとする。 だからこそ…… (健悟が此処に居なくて、本当に良かった) 私は走りながらも、そう、少しだけ胸を撫で下ろしていた。 (きっと、昨日の夜喧嘩をしてしまったのも……運命なのかもしれないな)
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