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生きるために
「……私は、生きてるよ……健悟……」
私の声――私の存在自体に気が付くと、弾かれた様に此方を振り返る健悟。
彼の大きなアクアマリンの瞳が、より大きく見開かれていく。
「な、んでっ……!!」
――生きてるなら、何で、もっと早く返事をしてくれなかったんだ!
涙混じりの……後半はほぼ声にすらならない声で、喚き散らす幼馴染み。
私は、ふらつく足でそんな彼に近寄ると、そっと、その涙に濡れた頬に触れる。
「……ごめんね、健悟。でも、ちゃんと聞こえていたよ。健悟の声」
君の声が聞こえたから、私は、もう1度、歩き出すことが出来たんだ。
「私を呼んでくれて、ありがとう。健悟」
私が彼に微笑むと――涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、彼も私に微笑みかけた。
ともあれ、このまま此処でゆっくり語らっている時間は無い。
「健悟、立てそうかい?」
目の前の幼馴染みに手を差し出す私。
けれど、彼はぺたりと座り込んだまま、ゆっくりと頭を振る。
どうやら、安心した拍子に腰が抜けてしまった様だ。
しかし、自分を探しにこんな危険な場所まで来てくれた大切な幼馴染みを、置いて逃げる訳にはいかない。
絶対に。
ならば――私が取るべき行動は1つだ。
「少し揺れるけど、我慢するんだよ」
私は、健悟を抱えると、そのまま勢いよく走り出した。
先刻まで全く動かなかった両足が、その時は羽の様に軽かったのを覚えている。
そうして、ただひたすら走って走って――漸く安全だと思える場所まで辿り着いた時、改めてあのワールドトレードセンタービルを振り返って見る私達。
改めて見たあのビルは、先程と同じく……いや、先程以上に、黒煙と紅蓮の炎を噴き上げ、この世の地獄の様相を呈していた。
(……もし、君が探しに来てくれなければ……きっと、私は……)
私は、命を懸けて自分を探しに来てくれた幼馴染みに目を向ける。
彼は暫し呆然とワールドトレードセンターの方を眺めていたが、私の視線に気付くと、少しだけ訝しげな顔をする。
「……何じろじろ見てんだよ」
そんな気の強い幼馴染みに、私は、昨夜伝えられなかった言葉を告げた。
「ねぇ……ごめんね?健悟。私が悪かったよ」
だから……
「仲直り、しないかい?君と喧嘩したままなのは、辛いんだ」
きっと、全く予想だにしていなかったであろう私の言葉に、健悟はその大きな瞳を更に見開き、何度か瞬きをする。
けれど、私の意図を理解したのか、彼は直ぐに満面の笑みを見せた。
「仕方ねぇなぁ!優がそこまで言うなら、許してやるよ!」
「はは、ありがとう、健悟。感謝するよ」
その時――私達はやっと、心から笑い合えたのだった。
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