私に資格はないけれど

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私に資格はないけれど

そのまま車を走らせ、長い時間をかけ、やっと寮に到着する私達。 寮に着いた時には、既に辺りは真っ暗なっていた。 それも仕方ない。 あの事件で、ニューヨーク周辺のインフラは大変なことになっていたのだから。 「着いたよ。起きて、健悟」 私は何度か助手席の幼馴染みの肩を揺さぶるが、起きる気配は全く無い。 仕方なく、私はまた、健悟を抱えることにした。 と、私が健悟の体を抱えたその瞬間――彼が、小さな声で囁いた。 「……好きだ、優……」 はっとして、腕の中の幼馴染みを見る私。 けれど、彼は……先ほどと変わらず、瞳を閉じたままだった。 おまけに、小さな寝息も立てている。 今のは、寝言だったのだろうか。 それとも、わざと寝たふりを――? いや、どちらでも構わない。 「……ごめんね、健悟。私は、君の気持ちに応えることは、出来ないんだ」 応えたら、駄目なんだよ。 ――だって、私はこの世で最も汚い人間だから。 私は、いじめに遭っていたことを言い訳にして、今まで沢山の人を傷付けて生きてきた。 親だって、何度泣かせただろう。 性的な虐待に遭った時は、諦めたふりをして、逃げようとすらしなかった。 ただひたすら、諦めて、流されて――汚れて、汚れて。 私は、そういう『狡い』生き方をしてきた人間だから。 (だから、本当は……君に触れる資格すら無いんだ) 虐待も、いじめも、全て踏み越えて生きてきた。 私の中の時計の針は……少しずつだが、きっと、未来へ動き出しているのだと思う。 それでも――。 『自分が誰かを幸せに出来ること』と、『全てを乗り越えて生き抜いて来たこと』は、絶対に違うんだ。 それに、これまで歩んできた道程の中で、私が、沢山の大切なものを喪って来たのもまた、消えることのない事実なのだから。 護れなかった初恋の少女。 昔の『僕』が、今の『私』になれる様、自らの生き方で道を示してくれた恩師。 厳しくも苛烈な愛で、本当の『愛情』というものを教えてくれた妹みたいな女の子。 全てを諦め、流される様に生きていた私に、『男としての生き様』を身を以て教えてくれた祖父。 皆、皆、私の闇に染まりきった心に鮮烈な光を与え……そうして、儚く目の前から消えて逝った。 (私は、健悟の気持ちには応えられないし、応えるつもりもない。応えちゃ、いけない) そう、私は、きっと――ただ単純に、健悟にいなくなって欲しくないだけなのだ。 心では、しっかり分かっているのである。 この、猫の様に自由で気紛れな幼馴染みの存在が、自分にとってどれ程大きく、大切なものであるか。 けれど、頭の何処かで、それを否定する声が響く。 私の傍にいたら、いつか健悟も私を置いていなくなってしまうぞ、と。 きっと、今の私では、そんなこと耐えられないだろう。 だから―― 『喪うのが怖いなら、元より深入りしなければいい』。 「……それでも、俺、待ってるから……。優……」 小さく――しかし、今度ははっきりと呟いた幼馴染みの声に、狡くて汚くて弱い私は、聞こえていないふりをする。 そうして私は、幼馴染みをそっとベッドに横たえると、煙草を吸いに外に出た。 (――願わくば、私が隣にいない未来でも君が幸せであります様に) 君を幸せには出来なくても、君の幸せを護ることは出来るから。 そんなことを心から願いながら。
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