生と死の狭間で

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生と死の狭間で

「俺の名前を呼んでくれ!!!(すぐる)!!!」 あの日――。 人々の絶望の悲鳴が木霊する、地獄の様な空間で……君の声だけが、私の耳に届いた。 ――2001年9月11日午前8時45分。 アメリカはニューヨークにあるワールドトレードセンター。 当時留学中だった私は、その近くのカフェに居た。 突如響き渡る轟音。 目の前で黒煙をあげるビルに、口々に叫びながら逃げ惑う人々の群れ。 その光景を見た私は……一瞬、目の前で何が起きているのか全く理解出来なかった。 現実離れし過ぎた不吉な光景に、脳が考えることを拒否していたのだと思う。 飛行機がビルに突っ込んだ――そうして、そのビルが崩壊しそうらしい。 そう理解出来たのは、血を流したり、酷い怪我を負いながらも、目の前を必死に走って逃げていく人達の言葉を聞いてからだった。 我先にと走ってこの場から離れる沢山の人々。 (このままでは、私も死ぬかもしれない) 少しでも早く――1歩でも遠く、この場から離れようとする人々の群れに従い、私も走り出す。 (嫌だ!こんな所で、絶対に死にたくない……!) 走っている間中、私の胸に去来していたのは、純粋な『死』への恐怖だった。 それと同時に、頭の中には次々と家族や友人達の顔がシャボン玉の様に浮かんでは消えていく。 ――死の危機に瀕して見えていたソレは、恐らく走馬灯の様なものだったのだろう。 両親、亡くなった初恋の子、親友、恩師。 様々な人達の笑顔が頭の中に浮かんでは消えていく。 そうして、最後に頭に浮かんだ顔は……一緒に、このアメリカに留学に来ていた幼馴染みの笑顔だった。 (……ああ……もし、此処で私が死んだら……健悟(けんご)とは、喧嘩したままになってしまうな) ――それだけは、絶対に嫌だ。 私は、恐怖と疲労で今にも震え出しそうな足を引き摺る様にしながら、ただひたすら走り続けた。 幼馴染みの元に帰る為に。
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