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3、2010/5/2(木)
次の朝、大樹は早くに目を覚ました。二階の部屋で祖父母や弟と離れて寝ていたのだ。音に敏感な彼にとって睡眠時に感じる些細な物音などが苦手で夢の中へと入れなかった。一緒に寝ている祖父母のいびきや柱時計の絶え間ない音がいつしか我慢出来ないようにもなり、ついに本当のことをさらけだした。正和も由紀子もすんなりと理解を示してくれた。一日の終わりに迎える睡眠こそ、健康な体と心を維持するために必要不可欠なこと。だからこそ誰に何も邪魔されることのない安らぎを得たい。その気持ちはみんな一緒なのだから。
「ちぇっ大げさな。」正和は小馬鹿にしたように言ったがそれでも気遣ってくれてはいた。口の悪さが何とも鼻に付く彼ではあるが、だからといって性格そのものが駄目とかいうことはない。由紀子はすぐ布団を用意しに行ってくれたし、寝る間際になるとおやつを盆にのせて運んできてもくれた。
「今日は朝から温泉行ってくる。その前にパチンコ屋へ用事があって。」朝のNHKニュースを見ながら新聞を読んでいた正和は由紀子に言った。「パチンコなんかへ何しに行くん?」怪訝な顔をした由紀子。「何しに行くんて、こないだ打ちに行った時に景品当たったから貰いに行くんや。」大上段に言った正和。由紀子にはいつも偉ぶったものの言い方をする。「お前らも来るか?打ちには行かへんから大丈夫や。」笑いながら孫へと視線を向けた正和。「パチンコってあそこの?」大樹が聞いた。「うん。」彰は不思議そうな顔をした。
朝食を済ませ、服も着替えた三人は田んぼのあぜ道を歩きパチンコ屋の駐車場へと出た。「車停まってへん。」彰が言った。「こんなもんや。」正和は笑った。広々とした駐車スペースに停まっていた車はごくわずかだった。入口の扉を正和が開けると喧しい音響が耳へと響いてきた。この田舎にしては何とも不釣り合いな環境である。「いらっしゃいませ!」フロアの若い女性が一人やってきた。大樹は一瞬ドキッとした。とても美人なのだ。「こないだの景品当てた橋本や。」正和が事も無げに言った。「あ~橋本さんですね。少々お待ちいただけますか?」女性はそう言うなり奥へと行ってしまった。「兄ちゃんどうしたん?」隣にいた彰が大樹の様子を見、にやっとした。「別に。」「嬉しそうやったやん。」「何がや。」大樹はイライラとした。「どないしてん?」振り返った正和が聞いた。「兄ちゃんさ」「お待たせしました。」先ほどの女性が景品の入った箱を抱えやって来た。「おう。」手にした正和。鍋だった。「かわいいお孫さんたちですね。」正和の後ろにいた二人に気付いた女性が微笑み言った。「連休やからのう。子どもの守は大変やぞ。」後ろを向いた正和。「おい帰るぞ。お前らはいたらあかん場所やからな。」追い立てるように二人を店の外へと出した正和。女性は軽く微笑んでいた。
「じいちゃん。何それ?」大樹が聞いた。「鍋や。うちにもぎょーさんあるけどま、ないに越したことはあらへん。」家のほうを見、言った正和。「兄ちゃんあの人好きなんやろ?」ニヤニヤしていた彰。景品には目もくれようとしない。「だから何やねん。」大樹は怒った。そう言いつつも心の中ではかなりほれ込んでいたのだ。いくつくらいだろ?自分よりはかなり上な感じがする。20か30か。生まれて初めて一目ぼれしてしまったのだ。
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