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4、家へ戻ると由紀子が掃除機をかけていた。「おい鍋や。」景品の箱を突き出した正和。「鍋?」掃除機を止め、箱を手に持った由紀子。正和はめんどくさげにその場を通った。「当たったやつかいな?」「ああ。」
大樹は家の近くの公園にいた。小さなジャングルジムに滑り台、鉄棒があるだけの簡素なところだ。自分でもどうしてこんな気持ちになってしまうんだろう?空を見上げた彼。小鳥の群れが四方八方へと姿を散らしていく。どこの誰かも分からないお姉さんに恋を抱くなんて..全くもって不自然だ。木の横から見えるパチンコ屋を垣間見る大樹。彰に悟られぬうちに行ってみようか?「大樹!何やってんねん?」大樹は振り向いた。公園近くの道沿いに止めていた車に乗ろうとしていた正和。「そんなとこでどしたんや?」「何でも。」大樹は嘘をついた。「じいちゃんこれから温泉行ってくるから。帰ったらご飯でも行こう。」それだけ言った正和。エンジンをふかした車に乗りこみハンドルを握ると行ってしまった。
走り去っていく車を見やる大樹。彰の姿は見えない。彼は意を決した。公園を出、田畑を小走りで駆け抜けながらパチンコ屋へと急ぐ。店の名前はHANNA。入口まで来るとふいに足を止める。正和が一緒だったさっきはそれほど躊躇する気持ちにもならなかった。今度は一人だ。ドアを開け、店員に姿を見られた瞬間速攻で追い出されるかもしれない。そうなる前にあのきれいな女性店員に会えるかどうか。彼の望みはそこだった。
ここでじっとしているわけにもいかない。出入りする客に姿を見られるとよくないし彰や由紀子にだって。祖母はすぐ連れ戻そうとするだろう。孫が可愛くて仕方ないのだから。深呼吸した大樹。ドアの取手に手を掛けた。結構重い。力を入れながらゆっくりと押し開ける。さきほどの騒音が耳へと入ってきた。目の前に幾台ものパチンコ台が見える。数人の男性客が座っているのが分かった。きょろきょろしていた大樹。「君何してるの?」強い口調が耳へと入った。声のしたほうへと視線を向ける彼。聞き覚えのある感じがした。「ここは大人の遊ぶところだよ。子供は入っちゃダメ。」大きな声を出しながら大樹の目の前までやってきた女性。その場でさっとしゃがみこんだ。彼の心臓がドクドクっと揺れた。さっきの店員だった。大樹は何か言いたそうに口を開けた。「何歳?さっきおじいちゃんと一緒に来たよね?」女性の声が今度は少し落ち着いていた。「じゅっ10歳です。」緊張しながら答えた大樹。「どうして来たの?ここが気になったから?」周りを見回し聞いた女性。彼は頷いた。
ため息をついた彼女。「レイチェルさんどうしたんですか?」フロアの奥から歩いてきた男性店員が二人を見、驚いたような声を出した。「ちょっとここお願い。」立ち上がる女性。「な、何か?」呼びかける男性店員には目もくれず、大樹を店の外へと手招きした。彼は黙って女性の後に続いた。
外へ出ると彼女は入口の角を曲がった休憩所のような場所へと移動した。二台のベンチにたばこの吸い殻入れが一つあるだけだった。表通りを走る車の音が絶え間なく聞こえる。「座って。」女性が大樹をいざなった。彼は静かに腰を下ろす。それからして彼女も隣に掛けた。少し間隔を開けながら。「何か話したいことがあるみたいね。お姉さんに言ってごらん。」彼女が言った。大樹は胸の名札を見た。レイチェルとある。外国人なのか?その割に日本語がうまい。大樹の視線に気付いた様子の彼女。「あぁ。レイチェルっていうの私。フルネームがレイチェル千恵子。」大樹は頷く。「それで?」顔を上げた大樹。「何かな?話したいことあるんじゃないの?すんごく顔に出てる。」笑みを見せるレイチェル。今ここで好きだなんて言ったらどんな反応されるだろう?からかっていると思われるんじゃないか。本当のことを言い出せずにいた大樹。
「恥ずかしがり屋だね。ま分からなくもないよ。私みたいな大人の女の人を前にね。」「ごめんなさい。忙しい時に何か」間髪を入れず立ち上がった大樹。一目散に帰ろうとした。「言いなよ本当のこと。何でも聞くよ私は。たとえ好きだとかいう告白でも。」追いかけるように言ったレイチェル。何歩も行かないうちに急停止した大樹。目頭が熱くなってきた。彼女は分かっているのだろうか?煙草に火を付けたレイチェル。「ごめん一服させてほしい。」大樹の立っている方向と反対側に向かい煙を吐いた。「煙草って体に悪くないですか?そのぉ学校の授業で勉強したことがあって。」喫煙中のレイチェルを見ながら怪訝な顔をした大樹。さりげなく言った。「悪いよ。けどこの爽快感が堪らなくてさ。疲れた時にはこれ吸って気分よくするかお酒でも飲んで盛り上がるか。あっまだ早いよね君には。ごめん。」煙を吸うレイチェル。大人になるといろんなことができるんだな。俺も早く大人になりたい。大樹の心に一瞬芽生えた気持ちだった。「そういや聞いてなかった。名前なんて言うの?」レイチェルが聞いた。「あ、小島大樹です。」「小島君か。家はどこ?」「橿原です。」一本調子の大樹。「じゃそこじゃん。私大阪から車で来てるんだ。あそこに停めてある車私の。」白のコンパクトカーを指さしたレイチェル。
「免許取る前から海外の車に乗るの憧れてて。トヨタとかホンダじゃなく。あれはシボレーⅯW。アメリカにあるゼネラルモーターズの子会社のだよ。」吸い終えたレイチェル。えっ?外車?心の中で驚く大樹。「あの。え~とお金あるんですか?」気になってしまったことが思わず口を転がり出た。失礼に当たったかと半ば後悔したが驚いたことに彼女はクスクス笑っていた。「随分ストレートだね。ま子供だから大目に見るとしてあげよう。」大樹の口元で人差し指を立てたレイチェル。「お金は大切に使うの。」大樹は頷いた。そうか。お金がないことには何もできないんだった。俺はまだ小学生だから親に小遣いとかお年玉もらえてるけどレイチェルさんは。「いつまでいるの?おじいちゃんの家。」ガムを噛みながら言った彼女。「あと2日です。」「また来たくなったらおいで。私明日も明後日もいるからここに。」「分かりました。」期待を膨らます大樹。「じゃそろそろ仕事戻るからまたね。」「はい。」レイチェルは中へと入っていった。
話ができた。好きな気持ちこそ伝えられなかったもののまずは十分だ。得意げな顔をしてみせる大樹。温かく人懐っこい感じがした。初対面の俺に対しても立ち止まる様子を見せず話しかけてくれたんだから。彼女の愛車を見やる大樹。俺もいつかかっこいい車に乗りたいな。
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