番外編

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そう言って涙を流す母親。だけどオレは納得がいかなかった。オレたちはこれからもずっと、二人で幸せになるんだ。なぜ思い出にしなければならない?それとも一緒になれない理由でもあるのだろうか? 「他に・・・決まった人がいるんですか?」 けれどその言葉に、母親は涙で濡れた目を向ける。 「そう言えば、納得してくれますか?」 「しません。ならばその人から奪うだけです」 そんな言い方をするということは、それはきっと嘘なのだ。だったら・・・。 「本当のことを教えてください。オレは本当にこの人を愛しているんです。何を言われても諦められません。必ずオレのものにします」 本気だった。 どんなことをしても・・・たとえアルファの力を使っても、オレはこの人を手放さない。 その思いが通じたのか、母親は目を瞑って下を向くとぽつりぽつりと話し始めた。そしてその話は、あまりにも残酷だった。 その人は、生まれた時に息をしていなかった。医師たちの処置で命は取り留めたけれど、その後の検査で心臓に疾患が見つかってしまう。そして切られた命の期限。 「生まれた時からこの子は、長くても16才までしか生きられないと言われたわ」 そしてそれから、この人の闘病生活が始まる。 生まれた時から決められた余命を、少しでも伸ばそうと治療が行われ、全てのことが制限された。 ほとんどを病院で過ごし、調子がよくなると外泊という形で家族の元に帰ることもあったが、当然学校にも行けず、友達もいなかった。それでも家族は生きていて欲しいと懸命に治療を行い、無事16才の誕生日を迎えられるまでになった。 「誕生日を前に、この子が言うの。『16才になったら、その後の時間を僕にちょうだい』って。その時になって初めて気づいたの。この子は私たちのためだけに生きてくれていたんだって」 きっとこの人自身は、命を伸ばすことよりも、好きなところへ行って好きなことがしたかったのだろう。生まれた時から病院しか知らず、たまに帰れる家だって、きっとこの人にとっては知らない場所だ。そんな所よりも、もっと違うところに行きたかったのかもしれない。 だけど、それを家族が望むから。 病院で治療して、たまにだけど家に帰ることを家族が望み、喜ぶから、この人は自分の気持ちを抑えてそうしていたのだ。だから無事に命の期限を全うしたそのあとは、きっと神様がくれたご褒美の時間だと思ったのだろう。そのご褒美の時間を、この人は自分のために使いたいと願った。 「当然とても心配だった。病院しか知らないこの子が、一人で暮らしてみたいなんていうんだから。生活もだけど、身体だって治ったわけじゃない。むしろどんどん悪くなる。だけどどうしても一人で暮らしてみたいって・・・」 だからここに来た。 ここはいわゆる別荘地。この人の家の別荘も近くにあるのだそうだ。 とりあえず一ヶ月分の食料を用意してこの人を別荘に届けたあと、母親はこの地のホテルに滞在していたそうだ。何かあったら直ぐに駆けつけられるように。 「毎朝無事かどうかを知らせるのが条件だったのに、今朝は知らせが来なくて・・・」 だけど昨日は元気だったし、忘れているだけかもしれない。そう思って夜まで待とうと思っていたという。 それでも連絡が来ないことに、様子を見に行こうと思った矢先に、オレから電話が来た。 「ここに来て驚いたわ。全然知らなかったから。この子はただ、今まで出来なかった普通の暮らしをしていたんだと思ってたの。毎朝連絡をくれる度にとても楽しいって言っていたけど、一人じゃなかったのね」 毎朝家族に電話をしているのは知っていた。しないと心配するからって笑ってたけど、そんな約束があったことは知らなかった。あの電話は、自分がまだ生きていると知らせるための電話だったんだ。
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