番外編

8/8
前へ
/46ページ
次へ
オレはノートの最初のページを開ける。その日付は10年前の今日だった。 「ふふふ。官能小説を読んでるかと思っちゃったわ」 そこにはあの日、オレと出会ってからのことが書かれていた。 本当にオレと過ごした日々が事細かに書かれ、あの人の思いも綴られていた。 ほとんど毎日身体を交わらせていたので、官能小説と言われても否定できなかった。 「そのノートの中にはあの子の幸せが満ち溢れていたわ。毎日毎日、どれだけあの子が愛し愛され、幸せで充実な日々を過ごしたのか・・・」 毎日の些細な日常が、あの人にとってとても楽しくて幸せだったのだろう。全ての日の最後は『今日もとても幸せな一日だった』と言う言葉で締めくくられている。 「あの子、ちっともかわいそうな子じゃなかったのね」 そう言って彼女はオレを見た。 「あの子を幸せにしてくれてありがとう」 そしてオレの持っているノートを指さした。 「最後の日を見てみて」 まだ全てに目を通していなかったが、オレは言われるまま最後の日を開いた。その日付は、あの人が起きなかった朝の前の日だった。そしてそこには、他の日と違い、その日の出来事ではなく、短い文章が綴られていた。 『神様。僕の誕生日に素敵なプレゼントをありがとうございます。おかげでとても幸せで素敵な日々を過ごすことが出来ました。だけど最後に一つだけ、僕の願いを聞いてください。どうかあの人が、これからも幸せでいてくれますように、ずっと幸せに過ごせますように、どうか見守っていてください』 「あの子があなたと会ったあの日は、あの子の16才の誕生日だったの。だからきっと、あなたとの出会いは神様からの贈り物だと思ったのね。そして10年後の今日、私の誕生日には、きっとあの子が私に贈り物をしてくれたんだと思うの」 そう言って艶やかに笑った彼女は、とてもキレイだった。 そしてそれからさらに30年。今年もオレは別荘に来ている。 あの人の日記を読んだあの日から、オレの夏は一人ではなくなった。 オメガと結婚しなければいけない掟を破り、アルファと結婚したオレは毎年夏を、彼女とここで過ごすようになった。 あの人と同じ顔の彼女だけれど、そのあまりにも違いすぎる性格にあの人と重なることも無く、身代わりにもならず、お互い上手くやっている。あの人ほどの激しい愛情ではないけれど、そこには確かに愛があり、子供にも恵まれた。 オメガでない彼女に反対する一族の重鎮たちの前で、『アルファを生めばいいんでしょ?私が生んでみせます』と豪語した彼女は、その言葉通りアルファを生んだ。それも二人もだ。 そして確固たる地位を築いたオレは、このおかしな世襲制度をやめ、アルファであっても子供たちに家を継がせることはしなかった。子供たちには自由に生きていって欲しいからだ。 そうして今年も彼女と二人で訪れた別荘に、車のエンジン音が聞こえてくる。 「あら、来たみたい」 その音に立ち上がって出迎えに行く彼女の後ろについて行く。 「いらっしゃい。あら一緒に来たの?」 玄関を開けて入ってきたのは、二人の息子とその伴侶たちだ。 男オメガはあの人を思い出すから嫌だと、長男の結婚に反対して一度は縁を切られた長男も、次男の結婚を機に再び顔を出すようになった。 そしてオレとあの人が過ごしたこの別荘は、妻と子供たち夫夫も加わって賑やかな場所になった。そして来年には次男の番のお腹にいる子も加わって、さらに賑やかになるだろう。 こんなオレの姿を見て、あの人は喜んでくれているだろうか。 そう思ったその時、あの人の笑い声が聞こえたような気がした。 了
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

655人が本棚に入れています
本棚に追加