toma 2

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toma 2

夏のある日。 実家から別荘へのお誘いが来た。 その別荘は毎年家族で過ごした場所だったけど、兄と僕が大きくなると両親だけで過ごすようになった。でも聞けば、兄が生まれる前から夏はここで過ごしていたらしく、両親が出会った場所でもあるらしい。 「じゃあご両親にとっては思い出の場所なんだ」 別荘へ向かう車の中で、助手席の真琴が言う。 「多分ね」 「多分?」 「よく知らないんだ。父も母も自分たちの馴れ初めなんて話さないし、親戚付き合いもないから誰からも聞いたことがなくて」 そう。 うちの家族は少し変わっている。 普通なんかしらの親戚と付き合いがあるはずなのに、うちはそれが全くない。僕は祖父母すら会ったことがないんだ。 「祖父母って、おじいちゃんとおばあちゃん?どっちも?」 真琴が驚きの声をあげるけど、そうなんだ。 「幼稚園に行って初めてその存在を知ってびっくりしたのを覚えてる。みんな当たり前のようにおじいちゃんとかおばあちゃんの話をするし、幼稚園の行事には沢山来るだろ?でもうちはいつも家族だけ」 祖父母どころか叔父叔母の存在も知らない。 そんな僕をじっと見て、真琴が目を細めた。 「さみしかった?」 さみしい? 「いや、さみしいも何も、初めから知らないからそんなこと思わなかったよ。両親から十分に愛情を貰ったし、何不自由なく育ててもらった。ただちょっと他の家と違うだけ」 それになぜか苗字の漢字を変えたっけ。 「あ、それオレも驚いた。当麻の『冠城(かぶらぎ)』って、戸籍上は『蕪木(かぶらぎ)』なのな?婚姻届に当麻が書いた時、自分の名前間違えたかと思ったよ」 そうなのだ。 僕の本当の名は『蕪木』当麻なのだけど幼稚園に入った時には既に『冠城』で、実はこっちの方が僕としてはしっくりくる。 でも戸籍上は『蕪木』だから、公式な書類・・・婚姻届や番届は『蕪木』でないとだめなんだ。 「なんでかとか訊いた?」 「兄さんが前に一度訊いたけど、母さんが『パパの一族ってめんどくさいのよ』って言ってた」 その時の母は本当に嫌そうな顔をしていた。めんどくさいってなんだろう?と幼心に思ったけど、それ以上は教えてくれなかったんだよね。 だけど・・・。 「『あなた達は必ずパパが守ってくれるから安心しなさい』とも言ってた」 だから自由に生きなさい、て。 あれはどういう意味だったのか、実はよく分からない。だけど、今まで僕も兄も好きなことをやらせてもらっているのは、そんな両親のお陰なのかもしれない。 「守る、か・・・」 そう言ってお腹に手を当てた真琴の手に、僕も重ねる。 「僕も守るよ。真琴とこの子を」 9ヶ月になった真琴のお腹はもうパンパンに大きくなってる。予定日はまだ一ヶ月先だと言うのに、もう生まれてしまいそうだ。 「オレだって守るよ。当麻と子供」 そう言って僕の手にもう一方の手を重ねた真琴は、ふわりと笑った。 その優しいけれど芯の通ったその顔は既に母親の顔だ。 綺麗だ。 初めて会った時から、僕は真琴に恋してる。そしてそれはいまも進行中。僕は毎日真琴に恋している。 そんな話をしながら寄ったサービスエリア。トイレに行った真琴を待ちながら何気なく見ていたら、少し離れたところに入ってきた車から見覚えのある顔が降りてきた。 僕は慌てて運転席から降りて声をかける。 「兄さんっ」 少し遠かったけど聞こえたようで、僕の声に兄が振り返った。 「当麻」 あっちも僕に気づいて、助手席から降りてきた奥さんの伊月(いづき)さんと一緒に僕のところまで来てくれた。 「当麻、久しぶりだな。元気だったか?」 「兄さんも。伊月さんもお久しぶりです」 「当麻くんも元気そうでよかった。遅くなったけど結婚とお子さん、おめでとう」 すごく久しぶりに会った伊月さんはそう言うとふわっと笑った。相変わらずほんわかした人だ。 ふわっとした柔らかい雰囲気の伊月さんは男オメガで、すっごい美人という訳では無いけど一緒にいるとすごく落ち着く、とても優しげな人。
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