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どこからか銅鑼の音が響いた。夜明けを告げる、くぐもった静かな音だ。
秋の空はまだ夜の群青色のまま、さびれた村の風景を沈黙とともに包み込んでいる。
風が木々をざわめかせた。山の暗緑色がひとすじの風になびいていく様は、まるで山の斜面を這いずってゆく蛇のように見えた。
俺はひとつ息を吐いて、それから隣を見た。
うとうとして眠りかけていた楊卓は、銅鑼の音にはっと顔を上げる。虎みたいに丸っこい吊り目がますます丸くなっている。
「おはよう、楊卓。残り三日だな」
俺がそう言うと、楊卓は吊り目を細めて微笑んだ。
「鉱順、おはよう。あぁ、本当に早いよ。今日は何をしよう?」
まだまだ太陽は昇りそうにない。楊卓が立ち上がって身体を伸ばす。茶店の椅子ががたんと音を立てる。
村がにぎわっていたときには名物店だったらしいこの茶店は、俺たちが生まれた頃とうに廃墟になっていた。
「まさか、綺麗な嫁さん捕まえてくるなんてなぁ」
「捕まえたんじゃないよ、俺が捕まって連れられていくんだ。親父が見つけた人だし」
「それでお前の家族が救われるんならいいじゃないか。こっちはまた死ぬ気で畑を耕さないと」
三日後には遠くの町へ婿養子として貰われていくらしい。
ちゃっかり富豪の娘さんと両想いになるなんて、村中の男がこいつを羨ましがっている。
「楊卓、小さい頃、還らずの森へ肝試しに行ったの覚えてるか?」
「あぁ、懐かしい。俺が化け物を見たって泣き叫んで、俺も鉱順もばらばらに逃げたんだよな。まぁ、今思うと俺の勘違いだったんだろうけど」
お互い家に帰ってから、あいつは大丈夫だろうかと、ひとり逃げてきたことを後悔した。
次の日の朝一番に家を飛び出して、いつも待ち合わせしていたこの店の前で、再会できたことを泣いて喜んだ。
「最後にもう一度、行ってみないか」
「……度胸試しか? いいね。乗ってやろう」
悪戯っ子みたいに笑う。山の高みにある還らずの森へ、俺たちは足早に歩いていった。
もし本当に化け物がいたら、手を繋いでふたりで逃げる。どちらかが襲われても見捨てずに立ち向かう。
昔、泣いて謝りながらそう誓い合ったのを思い出していた。
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