愛を取り戻す数時間前~エピローグ

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 診察と共に廊下へ出ていた“家族”はそのまま帰り、優斗と栗生だけが残った。風香の本音に義姉妹がすっかり大人しくなってしまい、それを言い訳に父が「出直そう」とかなんとか継母に言っているのが聞こえた。もちろん風香は知らんぷりしていた。 「よかったら、お父さんたちには俺から話そうか?」  優斗の心遣いにばつが悪くなった。 「俺も証言します。風香さんは何も悪くないってこと」 「栗生さんまで……、まあ、あの、よくある親子喧嘩なので心配しないでください」  ごまかすも、ふたりは深刻な表情を解かなかった。子供時代の風香を想像せてしまったようだ。 「……」  風香は口を開きかけて、止めた。  死ぬかもしれないと思ったあの一瞬、様々な過去が意識の中を巡った。その中のひとつが、なぜ自分は今まで親に文句の一つも言わなかったのだろうということだった。それをさっき実行しただけなのだ――と言ったら余計に困らせることになる。 「それより! ふたりはもう自己紹介済みなんですか?」  風香は強引に話題を変えた。 「なんだか息が合ってる気がするけど、もしかしてもう“友達”?」  明るく言ってみる。  優斗と栗生は互いに顔を見合わせた。 「そうですね、風香さんが入院してから毎日会ってたので、自然と……」 「あっ。栗生さんがフッカちゃんに協力してくれてたって聞いてる。ちゃんとお礼は言っておいたよ」 「?」  なぜ優斗が自分の代わりに礼を言うのだろう? と疑問が沸いたが、まずは間一髪で救い出してくれた優斗への感謝を伝えていないことに思い当たった。 「ゆっくん、助けに来てくれてありがとうね。ゆっくんが来てくれなかったらあの兄妹と一緒に死んでただろうから」  思い出しただけでぞっとした。 「それにしてもゆっくん、よく電源落とせたね」  あの判断がなかったら未知留にみつかっていただろう。  優斗が頭を掻いた。 「うん。俺も準備してたから」 「?」 「フッカちゃんがなにかするつもりなんだって気づいてたよ。だから工具セットとかナイフとか、催涙スプレーとか護身用の警棒とか、とにかくいろいろ携帯してた」 「そうなの?」  驚きすぎて大きな声を出してしまった。 「まあ、それ使ったこと警察には黙ってたけどさ」 「……賢明な判断だね」 「たださ、俺もちゃんと協力したかった。言ってほしかった」 「……」  それを言われると、風香は小さくなるしかなかった。「えっと……」  風香は話す相手を栗生に変えた。 「栗生さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。あなたがいなければ未知留に一泡吹かせることはできなかったです。感謝しています。それで、良かったらあのあとどうなったか教えてくれますか」  栗生は、もちろんです、と言って、殺伐としたパーティの雰囲気や未知留のぶざまな様子や、ただ突っ立っているだけの花音のこと、社員たちが侮蔑を隠さなかったことなど、簡潔に、だが臨場感を持って話してくれた。 「サイコーですね、栗生さん!」  風香は気分爽快だった。その場を見れなかったことが悔やまれるほどだ。 「ありがとうございます。雨宮の策略の件、ちゃんとみんなに伝えることができました。風香さんに、やられっぱなしでいいのかよ、ってことを問い掛けてもらったおかげです――あっ、俺がそう受け取ったというか……」 「そうなんですね、そんな風に変換してくださったなら逆にありがたいです」  復讐のために他人を巻き込んだうしろめたさが、栗生の清々しい表情を見てわずかに薄れた。 「これからは空気を読んで我慢することより自分の損得を考えます」  栗生は笑って言った。 「奇遇ですね。私も同じこと決意してました」  風香も感情を飲み込むことを止めようと思っていた。そうして生きてきた結果がだからだ。 「――あのっ」  優斗が会話に割り込んできた。栗生と共に優斗を見た。 「栗生さんっ、フッカちゃんに伝えたいことはこれで全部ですか?」 「えっと、――まあ、はい」 「じゃあもう帰ってください」 「!」  突然の要求に風香はぽかんとして優斗を見た。優斗は鼻先で息を吐いている。 「俺、すっごく大事な、大切なことをフッカちゃんに伝えなきゃいけなくて、そしてすぐに謝らないといけなくて。悪いんですけど、ふたりきりにしてもらいたいんです」 「……わかり、ました」  優斗の強い語気に気圧されたのか栗生は頷き、数秒後にはっとしたように風香を見た。 「俺も、実はまだ言えてないことがありまして」 「は、はい」 「でも俺も、ふたりきりのときに伝えたいので、また、来ます」  栗生から伝わってきた緊張感を受け取る間もなく、優斗が栗生の体をくるっと回転させた。 「あっ、では風香さん、またあとで、お大事に――」  別れの挨拶をする間もなく、優斗が栗生を廊下へと押し出した。笑顔で手を振る優斗をベッドの上から眺めていると「やっと行った」と捨て台詞を吐きながら優斗が戻ってきた。  優斗は難しい顔つきで風香に言った。 「あの人が悪い人じゃないのはわかる。未知留に罠にかけられたことも同情してる。で、未知留と同じ会社の人だから、フッカちゃんが協力者に選んだことも理解できる」 「うん?」 「あの人、フッカちゃんと毎日、何度もメールのやり取りをしてきたって俺にアピールしてきたけど、同じ目的があったから手を組んでただけでしょ。短期間で濃い関係になったからってそれ、愛情じゃないから。単なる吊り橋効果だからね。勘違いしちゃだめだよ」 「……」  言わんとしていることはわかるが、命の危機に颯爽と現れた優斗の方がよっぽど――と言いかけて、止めた。 「フッカちゃん、なんで赤くなって……まさか」  風香は顔の前で両手を払うようにした。 「違うからっ。っていうか、ゆっくんが私に言いたいことって、なに?」  優斗は腑に落ちないと言いたげだったが、風香は「私もそろそろ疲れてきたから」と半分本音を口にして、本題に入らせた。 「そうだね、ごめん」  素直な優斗はすぐにしゅんとして、そして重い口を開いた。 「未知留のことだよ……」  
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