16の出会い

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 その夜のことだった。 「風ちゃん、風ちゃん、雨宮くんの情報仕入れてきた!」 「え、どうやって……」  夕食を終えると自由時間となる。消灯の十時まで残り二十分、といった時間帯だった。  「河上(かわかみ)さんに教えてもらった!」 「彼女、普通学科だったんだね」  大人しく目立たない印象の同級生を脳裏に浮かべる。彼女とは寮内で挨拶を交わす程度の仲だった。亜里紗も当然そうだったはずだ。 「いつのまに仲良くなってたの?」 「今だよ、今! 急いで仲良くなったんだってば」 「なんという行動力……」 「友情のためにはひと肌脱ぎますよわ、オホホホ」  亜里紗は“友情”と口にしたことに遅れて照れたのか可笑しな笑い方をした。 「っていうか、私が彼を“好き”なこと前提だけど、興味あるのは亜里紗の方じゃないの」 「まさかー、だって普通科の子だよ。怖いじゃん」 「……私ならいいっての?」 「風ちゃんなら大丈夫でしょ、強いし」   いろいろと誤解があるような気がしたが風香は「えー」と口だけで不満を表した。彼のことが、早く知りたかったのだ。 「うんとね、雨宮くんの下の名前は未知留。なんかね、お金持ちの子みたいだよ」 「そうなの?」 「旧家で、すごい大きな白い洋館に住んでるらしい」  洋館と言われるなら大正か明治時代からの地主かなにかだろうが、清潔感のある上品な風貌の彼を思い出すと違和感がなかった。 「お父さんは仕事で長く海外に行ってるみたい。イタリア? フランス? そっちの方だって。お母さんは病気かなにかなのかなあ、家にはいないらしいよ」 「え、じゃあひとりで暮らしてるの?」 「妹か弟がいるって。雨宮くんが面倒見てるんだって」 「そうなんだ」  意外だった。  何不自由なく幸福な人生が割り当てられているように見えたのに、事情を抱えていたなんて。 「だからかなあ、ちょっと扱いにくい人みたい」 「河上さんが言ったの?」 「うん。カッコイイから女子には人気があるけど、あんまり女子とは喋らないって」  亜里紗は聞いたことをそのまま話しているようだった。 「でも、今日は私たちに席空けてくれたし、そんな人には見えなかったよね」 「そうだよね。でも毎日同じ教室にいる人が言うんだから、そっちの方が正しいのかも」 「……」 「風ちゃん、どうする? 告白やめとく?」  風香が黙ったためか亜里紗は心配そうだった。 「ちょっと待って、告白って……。しないよ、するわけないじゃない」 「えーそうなの?」 「あたりまえだよ。今日会ったばっかりだよ」  風香が驚いて言うと、亜里紗は知ったような表情を向けてきた。 「風ちゃん、恋に落ちるのは一瞬のことだから」  そして両肩にてのひらを置いて力を込めた。 「風ちゃんが雨宮くんに一目惚れしたのは間違いないでしょう」 「……してない、はずだけど」  否定したが声に迷いが乗った。……恋愛感情かどうかはさておき、確かに不思議と彼の声も視線も、心地が良かった。初対面なのになぜか“受け入れられている”と感じることができた。――それが一目惚れ、ということなの?  この夜――  風香はなかなか寝付けなかった。      *  *  トントン、と放課後の昇降口で誰かの指に肩を叩かれた。  振り向くと雨宮未知留が立っていた。 「森尾さんって寮生?」 「え、ああ、うん、そう」  唐突に話しかけられどぎまぎする。  音楽室での出会いから週を跨いでいた。  気の利いた言葉を返せないでいると、未知留は人懐こい笑みを浮かべて言った。 「じゃあ昨日、でお弁当買ってたの森尾さんだね」 「!」  サンデーとは寮のすぐ近くにある弁当屋だ。日曜祝日は寮の食事が出ないため各自で用意することになっている。 「寮生は週末の前日から家に戻るって聞くけど森尾さんは家が遠いの?」 「電車で一時間ぐらい、かな」 「そうなんだ」 「……えっと、雨宮くんの家は学校から近いの?」  質問に答えてばかりでは会話にならないと気づき、風香も同じ質問を返した。 「そうだね、近い学校を選んだからね」  どうして?  ――と聞きたいところだが、突っ込んだ質問をするほど親しくないと気づき遠慮した。 「昨日、森尾さんに話しかければよかったなあ」  残念そうにする整った顔立ちを至近距離でみつめてしまい、慌てて目を逸らした。頬が熱くなっていた。 「人違いだったら嫌だと思って通り過ぎたんだ」 「そうだったんだね」 「今度は話しかけるよ」 「うん」  会話が途切れ、互いに「バイバイ」と手を振って別れた。まるで明日も会える間柄のように。    未知留が去ってから、同じクラスの友人たちが駆け寄ってきた。 「ちょ、風ちゃん、カレシできたのっ?」 「いったい誰、後ろ姿が超カッコイイけどっ?」  ……いや、正面から見たらもっとカッコイイし。っていうかカレシじゃないから。 「やだ、風ちゃん、顔真っ赤!」  指摘されて初めて、友人たちからの矢継ぎ早の質問に答えられないのは、照れて動揺しているからだと気づいた。    ――この日以降、なぜか未知留とよく会うことになった。
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