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「優秀賞!おめでとうっーー!」
そんな掛け声とともに、いくつものクラッカーが鳴らされ、照明を淡く落とした店内に紙吹雪がひらひらと舞った。それを追うように拍手が巻き起こり、流風は恥ずかしげに一歩前に出た。
「みんな忙しいのに、ごめんなさい。でも、すごく嬉しいです。みんな、ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、その頭をぐしゃりと撫でる大きな手。
「ごめんはいらねえだろ。ありがとうだけでいい」
「でも、しーちゃん。みんなが忙しいのは本当なんだし。ここはやっぱり謙虚な気持ちが、うぐっ」
流風は変な声をあげてしまった。誰かが体にぶつかってきたのだ。いや、抱きしめてきた。まさしく、ぶつかる勢いでぎゅうぎゅうと。その強さたるや、流風の体が斜めにのけぞるほど。
「ちょっ、あのっ」
「もー、この子はっ。ありがとうだけでいいに決まってるでしょ!集まるに決まってるでしょ!当然でしょ!そんな水くさい言葉はいらないんだよっ?」
「う、うん。わかった。わか、ったからっ」
自分と同じぐらいの身長のその人は、幼いころから変わることなく味方でいてくれる人。大好きな人。でもちょっと、さすがに力が。
「く、苦し、い……、り、里香ちゃ……」
その柔らかな背中をなんとかタップしようともがいていたら、誰かに肩を掴まれた。と同時に強く後ろに引かれ、里香の両手から抜け出せた流風はすかさず深呼吸。た、助かった。けど里香は気に入らなかったようだ。
「ちょっとぉ!なにすんのよ!包容の邪魔しないでくれるっ?」
「なにが包容だ。自分のバカ力を考えろ。こいつを窒息させる気か」
流風を助けてくれたのは慎吾だったらしい。呆れた顔で里香を見下ろしている。強面ゆえに迫力があるのだが、里香はまったく動じない。というより、食ってかかるほど。
「バカ力って、雄一じゃあるまいし。だいたい乙女な私のどこにそんな力があるっていうのよっ」
「え?俺?っていうか、里香さんて乙女だったのか?」
料理の皿を運んでいた雄一が立ち止まる。今日は陸と智史だけでなく、雄一もお手伝いの人らしい。そんな雄一からの問いに、里香ではなく慎吾が答えた。にやにやと笑いながら。
「なわけねえだろ。こいつが乙女とか、全国の乙女が泣くっつーの」
「なんですってーっ!」
里香のこめかみに青筋が立つ。
「り、里香ちゃん、落ち着いて。もー、しーちゃんも意地悪いうのやめてよね」
「年くってんのは事実だろ」
「なにその言い方。ほんとデリカシーがない男ねっ。玲華さんの趣味ほんと疑うわ。風邪ひいて欠席じゃなかったら、すぐさま考え直すようにいえたのにぃっ」
「そうかよ。まあ俺としては、篠崎の趣味を疑うけどな」
「な、な、なんでっすっ、むぐう」
「はいはい。ストップ。もーおまえさ、マジで片瀬さんに絡むのやめて。マジで死んだ気分になるから」
里香の背後からその口を塞いだのは篠崎拓海。彼女の夫である。
「片瀬さん、マジですみません。向こうの静かな場所に席を用意してあるんで、ゆっくり食事を楽しんでください。御三方はすでにあちらに」
「悪いな、騒がしくないのは助かる。ああ、おまえはこっちで、はしゃがせてもらえ」
流風の頭をぐしゃりとなで、慎吾は大きな柱の向こうに消えた。御三方とは慎吾が属する桐島組の面々だ。世間的には反社会組織、いわゆる悪とされる彼ら。けれども彼らの世界は、そんな一言で済ませられるほど単純ではない。善と悪、その2つだけで成り立つのならば、この世はもっと平和なのだろう。
「なににょにょっ!」
なにすんのっ!と怒ってるらしい里香を開放した拓海は、やれやれと苦笑する。
「わかったわかった。里香は永遠の乙女だって」
「当たり前でしょ!っていうか、なんでいつも邪魔するのっ」
「俺の寿命が縮むから。早死させたくなければ、もっと大人になってくれな?それより里香、段取りは?」
「ああ!そうだった!」
不満げな顔をしていた里香が、はっとしたように我に返る。そして慌てて流風を振り返った。
「流風ちゃん、ごめんね?ここで、ちょっと待ってて。呼ぶまで待っててね!」
流風の返事も待たずに、里香はあっという間にいなくなってしまった。
「ごめんな、流風ちゃん。いつも里香が」
申し訳なさそうな拓海に流風は首を振った。
「ううん。里香ちゃんのああいうところ、安心する」
里香は誰が相手でも態度を変えない。慎吾はもちろん、桐島の面々にも必要があれば意見するような人だ。過去には、あの桐島龍仁に正面切ってものをいったこともあったとか。
「はは。そういってくれると助かるよ。今夜は流風ちゃんのための集まりだから、ゆっくり楽しんで。料理も腕を振るったからさ」
「それなんだけど。拓海さん、今日はよかったの?まだオープン前なのに」
そうなのだ。今宵の祝宴の場として選ばれたのは、オープンを目前に控えた拓海の店だった。土足で入ることを躊躇してしまうほど、どこもかしこも新品ピカピカ。傷一つない。
「もちろん。もともと、このメンツを招待してプレオープンを考えていたから、ちょうどよかったよ。やっぱり歯に着せぬ意見は必要だろ。で、今日のメンツは間違いなく遠慮がない。流風ちゃんにいたっては、美味しくない料理は、めちゃくちゃ飲み込むの遅くなるから、もはや感想を訊くまでもないしね」
悪戯げに片目をつぶる拓海に流風はううっとなる。けど否定はしない。できない。長年の付き合いを前にして、それは無駄な行為だからだ。
「たしかにそうだけど、拓海くんの料理はいつも美味しいよ?」
「サンキュ。まあ俺もそれなりに自信はあるんだ。今夜はバイキング形式にしたから、たくさん食べてな」
「うん」
「あちらさんはそういうわけにもいかないから、フルコースにしたんだけどさ」
拓海が心配そうに柱の向こうに視線を向ける。
「流風ちゃんだけには白状するけど、じつは足が震えてる。無言の感想だったらヘコむこと間違いなしだけど、逆に気を使われたお愛想とかいわれたら、そっちのほうがショックでかいような気がする」
「ええと、大丈夫じゃないかな?」
流風の言葉にも、拓海はいやでもと顔をひきつらせている。
「流風ちゃんのいうとおりだよ。彰くんは甘いものには妥協しないし、梶山さんは冷静な分析でものをいうし、慎吾さんは嘘がいえないし、龍仁にいたっては、美味しくなかったら最初の一皿で用事があるとか言い出してると思うよ?」
背後からの声に流風は振り向いた。そこには、透明な美しさをもった女神のような人。いや、本当の女神だ。流風にとっては永遠に。幼い流風を見つけてくれて、慎吾と引き合わせてくれて、居場所をくれた人。
「紗那ちゃん!」
何年たっても、出会った当初から変わらない美貌を誇る紗那が、にこりと微笑んだ。
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