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「流風ちゃん。コンクールの受賞、おめでとう」
「ありがとう。今日、真白ちゃんと龍樹くんは?」
「今夜はお祖父ちゃんのところにお泊りなの」
にこりと微笑む紗那の様子に流風はほっとする。
「そっか。なら、ゆっくりできるね」
「そうだけど、なんだか申し訳なくて」
「もうっ。紗那ちゃんの悪いとこだよ、それ。甘えることも大事だって、また怒られるよ?」
「たしかに、ほんとそれ。流風ちゃんのいうとおりだよ。紗那ちゃん、そこは申し訳ないじゃなくて、助かる、ありがとうってさ、そう思ってたらいいんだよ」
「ふふ、そうだね」
流風がわざと頬をふくらませてみせれば拓海がうんうんと同意して、気持ちの持ちようを後押しする。そんな2人の優しさに紗那は、苦笑いのような、けど嬉しそうな笑みを浮かべた。
紗那には幼い2人の子どもがいる。あれは2年前のことだ。真白が3歳で龍樹がまだ赤ん坊だったころ、紗那は2人の子どもを連れて、実家である関西の九条組に帰ってしまったことがあった。それは突然のことで、なにも聞いていなかった周囲は混乱を極め、すぐに収集がつかないほどの騒ぎとなった。
要因は、育児を一人で頑張りすぎた紗那が、自身も気づかぬうちに心のバランスを崩してしまっていたことにあった。紗那にとって九条組に頼るということは究極のSOSに値する。それを重くみた九条組の幹部らは、関東には返さないと息巻いたものだから、もちろんこちらも黙っていない。東と西で戦争か?なんて慎吾は笑っていたが、いやいや笑えねえから!日本を血の海にするつもりかよ!と顔をひきつらせていた彰が1番真実に近かったのだろう。
九条組の5代目組長が、ただの里帰りだ!騒ぐな!と鶴の一声をあげなければ、本当に争いが起きていたかもしれない。そしてなにより、紗那を命としている男が折れたことが決め手となった。結果、1カ月の里帰りが実現し、それから紗那は頑張りすぎることを止め、今夜のように第三者に頼る自分を許すことができている。
2人の子供たちは祖父である桐島大吾だけでなく、側近である藤田を初め、その妻や年老いた幹部らの癒しとなっているようで、今夜のような機会があれば、いそいそと桐島組本家に集まってくるのだという。もちろん若い衆も揃っているため、その賑やかさはなかなかのもの。
大勢の人間と美味しい夕食。高級旅館のような大きいお風呂に、あらゆる玩具が準備されたキッズルームなどもあったりして。たくさん遊んで食べて笑って、ときには泣くこともあるだろうが、ふかふかなお布団に入れば朝までぐっすり。いや、例外が一つある。今日の集まりには梶山とその妻、美月も来てくれている。
「もしかして、今夜は悠人くんも一緒?」
「うん。きっといまごろ2人揃って、悠人くんにまとわりついているんじゃないかな」
「目に浮かぶかも。なら今夜はすぐには寝ないね」
「うん、きっとね」
くすくすと笑う紗那に流風もつられて笑う。悠人は梶山と美月の一人息子で、真白の三つ上。真白と龍樹は悠人によく懐いており、一緒のお泊りともなれば、興奮してすぐには寝ない。そんな子どもたちを想像して2人で笑い合っていると、大きな声が響いた。
「流風ちゃーん。お待たせー。こっちにおいで!」
フロアの奥で里香が手を振っている。
「お、ようやくか。では、お姫さま、あちらへどうぞ」
「えっと、はい」
気取って差し出してきた拓海の手に、流風は気恥ずかしくなりながらも素直にエスコートされてしまうのは、きっと柔和な拓海が相手だから。そうして用意された席に辿り着いた瞬間、またもやいくつものクラッカーが鳴らされ、大きな花束が目の前に現れた。
「美月ちゃん、ありがとう」
手渡してくれた美月に流風は手話とともにお礼をいう。
「はいはい。次はこっちよ、流風ちゃん。ほら、ふーして、ふーよ!」
大きな花束越しに見えたのは、ロウソクの乗ったホールケーキ。流風が目を丸くしていると、両手でケーキを持っている里香がすまなそうな顔をした。
「これは拓海と私から。来月の流風ちゃんの誕生日、お店のオープン直後でしょ?当日にお祝いできないかもしれないから前倒ししちゃったの。ごめんね?」
なぜ謝るのだろう。こんなの嬉しさしかないのに。それに来月の誕生日もきっと、ほかの誰かがケーキを用意してくれる。そう、幾人もの自称保護者たちは流風にめっぽう甘いのだ。いつもどんなときも、大切にされていることを感じる。
「ありがとう!すごく嬉しい!」
その幸せに流風は破顔した。
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