01−3

7/7
前へ
/15ページ
次へ
「みんなグラスは持った?今夜はシャンパンをご用意しました!あ、流風ちゃんはシャンメリーね。では、流風ちゃんの受賞と早めの誕生日にかんぱーい!」  そして、まさかの三度目のクラッカー。パンパンと大きな音とキラキラひらひらと落ちる紙吹雪。中央の席に座っていた流風はそれらを浴びながら、ひそやかに頬をひきつらせた。もちろん嬉しい。本当に心から嬉しいのだが、そろそろ耳が痛い。まさかの四度目はないよねと、そろりと視線を辺りに這わせていると、その心を読んだかのようにいやそうなため息が一つ。一鷹だ。 「もう次はねえだろうな。ったく、何回やれば気が済むんだよ。なにかあるたびにクラッカー鳴らしやがって、クリスマスかよ」 「まあたしかに。けど反対したところで面倒なだけですし、安上がりってことで。ちなみに全部慣らし終わったと思いますよ。用意したの俺なんで。智史、これ回して」  陸がぼそりと吐息をつきつつ取り皿を差し出せば、手際よくそれを配りながら智史が苦笑いする。 「陸おまえ、相変わらずさらりと毒を出すね。まあ、里香さんのクラッカー好きも相変わらずだけど。もしかして俺ら、じーさんになってもやらされんじゃね?」  肩をすくめる智史の横で雄一が大きく頷いた。 「いえてるな!しっかし、何歳になっても里香さんに逆らえねえって。もしかしてあれか!呪いかっ!?」 「はあ?ちょっと雄一、呪いってなによ!バカじゃないの!もー、あっちで筋トレしてて!」 「ええーっ!!なんで俺だけっ!?」 「声がでけえからだろ」 「いやバカだからだろ」  目を三角にした里香に本気で顔を青くしている雄一を鼻で笑う陸と智史。そんな彼らに流風と紗那は顔を見合わせ笑った。 「なんでいつもこうなるのかな?」 「ふふ、なんでだろうね。美月さんはどう思う?」  紗那が美月に視線を向けて右手を動かすと、美月はわずかに首をかしげ考えるような顔をすると、おもむろに両手を動かした。流風はなるほどと頷いた。 「レクリエーションかあ。そうかも」 「さすが美月さんね、的を得てる」  くすくすと紗那が笑い、美月も笑う。けどその声は表に響くことはない。美月は生まれつき耳が聞こえないため、なにかを伝えるときは手話が中心である。けれども会話に支障を感じないのは、美月が読唇術に長けていることに加え、ここにいるメンバー全員、少なからず手話の知識を持っているからだ。もちろん強制されたわけじゃなく、自然とそうなっていた。 「里香ちゃん帰ってこないね」  テーブルの向こうで雄一に筋トレを課している里香の目は、まだまだ三角のままだ。 「もう里香はほっておいて食べよ。これ流風ちゃん好きだよね」 「わ、ありがとう」  紗那が取り分けてくれたのは前菜である温野菜海鮮サラダ。バジルベースでいくらでも食べれてしまう流風のお気に入り。けど、これだけじゃない。テーブルに並んでいる料理は、どれもが流風の好きなものばかり。そしてどれも美味しい。豪華な食事を楽しんでいると、またもや流風の好きなものが運ばれてきた。 「おめでとう、流風ちゃん。今夜は特別バージョン。私からのお祝い。作ったのは陸だけど」  流風の前に置かれたのはブラックウィングの裏メニュー、いまや幻ともいわれるミックスジュース。もともと凝っている代物なのだが、目の前に置かれたそれは、もはやジュースなどという単語で表現してはいけないのではと思うほどの出来栄え。まさしく芸術だ。 「すごい」  感嘆の言葉を発したのは紗那。美月は頷きながら拍手までしている。けど、その気持ちはわかる。流風は持ってきたその人を振り返って見上げた。 「やっぱり天才だ」 「またそんなこといって。大げさだよ」  最大限の賛辞にその人、蓮杖蛍ははにかんだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加