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01-2
久しぶりの繁華街。夏休みのせいか若者が多く、いつもよりも混雑している。そんな人の多さに辟易しながら、流風は人混みの中でも目立つその人に手を振った。
「雄くん。お待たせ」
「おう。久しぶりだな、流風ぴょん」
にっかり笑う雄一とは幼い頃からの付き合いだ。1年を通して半袖が鉄板の雄一は今日も元気に笑っている。
この街で育ったというのに、流風はここを一人で歩いたことがない。それは一重に過保護である面々が原因だ。
入れ代わり立ち代わり、流風のそばには誰かしらがいる。駅前で流風を出迎えてくれたのは、本日仕事が休みだったらしい雄一だ。造園業を営む父親の下で働く雄一は、日に焼けてたくましい。
「ねえ、雄くん。寄りたいところがあるんだけど」
「おう、いいぞ。あれだな、画材屋だろ?」
「うん。あと桜花堂も。でも画材屋さんって、よくわかったね」
流風が目を丸くすると、雄一はわははと笑う。
「そりゃあな。外出できない流風ぴょんが家でなにしてたかってのは、俺でも簡単に想像つくぞ」
「そっか。そうだよね」
流風は納得するように笑う。向かう先は雄一のいうとおり画材店だ。この1ヶ月、ひたすら絵を描き続けていたので、すっかり絵の具が無くなってしまった。あと新しい筆も見てみたい。流風が行きつけにしているその画材屋は、一つのビルすべてが画材を取り扱うショップとなっている。
流風が絵に興味をもったのは小学校に上がってから。図画工作の中で絵を描くことが一番好きだった。赤、青、黄色。オレンジに桃色。様々な色を使って自由に自分の気持ちを表現できることが好きだった。
水彩画から油絵へ移行したのは中学校で美術部に入ってから。それからは夢中になった。誰にも邪魔されない自分だけの世界。気持悪く思われることも恐れられることもない。そこでの流風は心の底から自由だった。
その気持ちをあえて誰かにいったことはないが、流風を大切に思ってくれる人たちはたぶん気づいている。雄一もきっとその一人。優しい眼差しで流風が画材を選ぶのを見つめている。
「うーん、どうしよかな」
画材の値段はピンからキリだ。こだわりはじめると上は際限ない。ただの趣味なら妥協もできるが、コンクールに出すとなるとそうはいかない。流風にその気はないが、高校の美術部の顧問が諦めてくれないのだ。
「流風ぴょん、悪いけど俺トイレ。変なのに声かけられても無視しろよ。しつこかったら電話だぞ」
「うん。わかってる。行ってらっしゃい」
雄一に頷いてみせた流風は棚に視線を戻した。欲しい画材はすでに決まっている。けど高い。慎吾に強請れば買ってもらえるが、なるべく小遣いの範囲でまかないたいと思っている。とりあえずは欲しい色だけをバラで購入しようかと考えていると、視界の端でその一式を手にする人が。あ、買うのかな、いいな。そう思っていると。
「これ、プレゼント用に包んでもらえる?」
それは知った声。雄一と同じく幼い頃からよく知るそれに驚いて顔を上げると、そこにはスーツ姿の男。
「智くんっ」
「久しぶり流風ちゃん。謹慎は解禁になったみたいだね」
くすりと笑う智史は悪戯な視線で流風を見下ろした。
「っていうかさ、聞いたよ?刃物を持った男にコーヒーカップ投げつけたんだって?」
「えっと、その……」
智史のそれは笑ってるけど笑っていない。笑顔とともにじとりと睨まれて、流風は顎をひく。うう怖い。智史も雄一と同じく、幼い頃からの付き合いだからわかる。彼が嘘くさい笑顔を浮かべるときは、容赦がないのだ。
「それ、どれだけ危険かわかってる?」
流風はこくこくと頷いた。
「うん。しーちゃんに怒られた。……すごく」
「だろうね。けど怒ってるのは片瀬さんだけじゃないよ?もちろん俺もだけど。もっとめんどいのいるからね?」
にやりと唇を上げる智史に流風はうなだれた。
「わかってる。だから早めに済まそうかなって、このあと行くの」
「お、潔いじゃん。なら俺も一緒に行くかな。流風ちゃんが頑張って叱られている姿をサカナに一杯やるのもいいかも」
今度の智史の笑顔は本物だ。流風は唇をとがらせた。
「智くん、意地悪」
「あれ?智史じゃねーか。こんなところでなにしてんだ。仕事はどーしたんだよ」
トイレから戻ってきた雄一が智史の出現に目をまたたく。
「クライアントとの約束がキャンセルになったから時間あいたんだよ。で、プラプラしてたら二人が見えたから来てみたわけ。で、ついでに流風ちゃんにプレゼントの前倒し」
「え。もしかしてさっきの」
流風が驚いて智史を見ると、彼はその目尻を優しく下げた。
「早めの誕生日プレセントだよ。欲しかったんだろ、あのセット。あ、誤魔化すのなしね。あれだけ見てればわかるし」
「で、でも、高いよあれ」
「気にしなくていいって」
「なんだ流風ぴょん。高いから我慢しようとしてたのか?なら俺がプレゼントしたのにっ。なんでいわねーんだよ。つか、いってくれっ」
雄一にがつっと肩をつかまれた流風は、なんでなんでとゆさぶられる。その勢いたるもの、ガクガクというレベルではない。
「ちょ、雄くん、やめ、て」
あまりの勢いに流風が目を白黒させていると、スパーンと智史の右手が雄一の頭を直撃した。
「いてっ、なにすんだ智史っ」
「やめろ、この筋肉バカ。流風ちゃんを鞭打ちにするつもりか。だいたい流風ちゃんが自分からいうわけないだろ。何年の付き合いなんだよ。その頭は飾りか?あ、飾りじゃねえか、筋肉か。じゃあ仕方ねーか」
「てめ、智史、相変わらず冷血だな。このバツイチ悪徳弁護士め。どうせ顧客を食いものにしてんだろ」
「はん、そうだけど?それがなにか?おまえのとこも、なんかあったら面倒みてやるよ。通常の3割増しでな」
「はあっ?マジ最低だなっ。流風ぴょん聞いたか?こいつ、ほんと変わらねえ。もう俺やだ。ツレやめたい」
グスングスンと大きな男が流風にすがりつく。流風は苦笑するしかない。そういいながらも智史が困れば雄一はなにをおいても駆けつけるだろうし、智史もそうだ。3割増しどころかそれこそ無料で。
「黙れ脳内筋肉。俺こそツレ解消したいわ」
「んだと?」
また始まった言い合いに流風が苦笑していると、後ろからおずおずとした声がかかった。
「あ、あのぉー、包装できましたが」
振り向けば店員さんが顔をひきつらせて立っている。ふと気づけば、周囲の人間もこちらを見ていた。その顔をひくつかせて。
流風は遅ればせながら気づき、恥ずかしさにうつむいた。なんてこと。
毒を吐きまくる知的なスーツ姿の智史と、みるからに体育会系で熊のように大柄な雄一、そしてどんな関係かと不審に思われるほど可憐な容姿の女子高生の流風。なんともちぐはぐな三人連れが目立たないわけもなく。
「こ、こちら、お品物です」
おそるおそるという風情で差し出された袋に智史が片眉を上げてこちらを見るので、流風は羞恥に頬を赤くしたまま、ありがたくそれを受け取った。
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