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武器商人
「しかし社長この状況です。ロシアとの取引は見直した方が」
電話先の部下は怯えている様だ。しかし奴は分かっていない。こんな時こそ、我々武器商人が大きくビジネスを拡大する機会だ。
「だからこそだ。今、ロシアは戦闘機用の複合材が入手出来ない。炭素繊維を八十トンだ。ノヴォシビルスクへの輸送手配を急ぐんだ」
その日も俺はロンドンの高層ビルに在る社長室で早朝から仕事に精を出していた。今どきは我々の様な武器商人も企業の看板を背負って仕事をしている。俺の会社TMCも表向きはグローバル商社として登記されていて、その社長ともなれば早朝から深夜まで非常に多忙だ。特に武器関連は社長直下で運営しており、そこから生まれる売上は莫大だ。その巨大なビジネスの旨味が、武器商人を辞められない理由でもある。
電話を置くと執務席から立ち上がり窓の外に目を移した。丁度、地平線から朝日が昇っているのが見える。その眩しい光が目に入った瞬間、眩暈を覚えて机に右手を突いてしまった。最近、右耳が聴こえづらく、こうやって眩暈を催す事も増えていた。
「……歳だからな。今度、病院で検査を受けるか」
そう呟いた瞬間だった。激しく社長室のドアが開くと三名の男性が飛び込んできた。
「ロンドン警視庁だ。ドミトリ・オルロフ、ロシアへの武器輸出の罪で逮捕する」
真ん中の男の言葉に愕然とする。全ての取引はTMCの名前が出ない様に慎重に行っていた筈だ。どうして?
「両手を頭の後ろへ廻してこちらに来るんだ!」
その言葉に俺の心臓が大きく動揺している。その瞬間、何故か俺の意識は急激に失われていった。
「おい、ドミトリが倒れたぞ。早く救急車を!」
それが社長室で聞いた最後の言葉だった。
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