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「本当は、職場でこんなことしたくないが……」
瑞季はそう切り出すと、身体の横に手を付き、スっと香心の顔を覗き込む。
「この短時間で色気を引き出すには、こうするしかない。覚悟はできてるか?」
いつにないその真摯な眼差しに、思わず息をのむ。
先程までは、ただ二人きりで近い距離感にドキドキしていたが、今は合わせて違う緊張が襲ってくる。
例えるならば、三年前の最終面接。あのときのような新鮮な気持ちに、胸を高鳴らせる。
一体、なにが待ち受けているのか。どんなことを実行しなければならないのか。
緊張は高まるばかりだが、しかし物事は、なるようにしかならないのだ。
――マナーでも立ち居振る舞いでも、もうなんでもいい! スパルタ指導でも、めげるもんか!
香心は、膝上で固く拳を握り締め、瑞季の眼差しを受け止める。
「勿論です。私は何をしたらいいですか?」
すると彼は、香心の緊張を感じ取ったのか、ふっと微笑して、膝上の拳を右手で包み込むと――。
「簡単だ。――俺に愛されたらいい」
え……? と問う間もなく、目線から瑞季が消えたときには、もう事は起こっていた。
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