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桜井香心の胸は、今まさに、緊張と高揚で張り裂けそうなほど高鳴っていた。
――み、瑞季さんの綺麗な顔が、こんな間近に……!
カチコチと、冷凍庫から出したばかりの作り置きタッパーのような音が、身体の節々から鳴る。
見るともなく、その中性的で端正な面持ちを眺めていると、ふとバチリと視線が交差した。
「……どうかしたか?」
チークを施す繊細なブラシの動きが、ピタリと止まる。
ハッと我に返った香心は、慌てて乾いた口内を舌で潤す。
「い、いえ。大丈夫です。続けてください」
幸い彼は特に気に留めることなく、そうかと言うように軽く顎を引くと、右手のブラシを下に向けて軽く叩いた。
そして、黒地ショート丈のカフェエプロンに装着された金具にそれをパチンと止め終えると、側のガラステーブル上――端から端までズラリと一列に並んだ口紅をじっと見つめる。
明るいオレンジやピンク系統の色から、まるで赤ワインのような深みのある色まで、多種に渡る。
そんな見事なグラデーションを、スー……と黒曜の瞳で辿った彼だったが、つとこちらを振り返り見る。
その視線の先にあるのは、香心の唇だ。女性らしいぽってりとした、張りのある唇。
――見られてる……。物凄く視線を感じる……
そんなにも、じっくりと吟味するものだろうか。いや、こうしてプロデュースする相手が誰であろうと、最後の最後まで逡巡するところは彼らしいのだが。
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