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「――桜井」
ふと呼び掛けられ、香心ははっと我に返る。
「はいっ……」
思わず食い気味に返事をして目の前に焦点を合わせると、まるで万年筆のような、高級感溢れるリップブラシを右手に携えた瑞季の姿があった。
そして左手には、先程選んだピンクベージュの口紅が。
屈んでこちらを覗き込まれ、愈々その手で唇を彩られるのだと、強く意識してしまう。
するとそんな香心の緊張を感じ取ったのか、彼はその場にしゃがみこみ片膝をつくと、淡く微笑んだ。切れ長の目尻が柔く下がり、ドキリとする。
「どうして俺がこの色を選んだか、分かるか?」
予想だにしなかった質問に、"え"の形に唇を薄く開く。
「……私がブルベ夏だから、ですか?」
その答えしか思い浮かばない。逆に何か他の理由があるのだろうか。
ちなみにブルベ夏とは、香心のパーソナルカラーである。肌は赤みがかった色、瞳はソフトな黒で、白目と黒目のコントラストが柔らかい。そして髪は細くて柔らかく、ダークブラウンやアッシュグレーのような色が似合うとされている。
どこか自信なさげに尋ね返した香心に、瑞季は「もちろん、それもある」と力強く頷いたが――。
「桜井の優しさを、引き立たせてくれると思ったんだ」
真摯な眼差しと共にそんな言葉を告げられ、溢れんばかりに双眸を大きく見開く。
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