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「それって、どういう……」
分かりやすく瞳を揺らして戸惑っていると、瑞季は具体的に教えてくれた。
「君は常に自分のことよりもまず、人のことを優先するだろう。仕事だけじゃない。新入りだった頃、歓迎会のときだって……」
そこではたと言葉が止まったのは、間違いなく、香心が自身の熟れた顔を両手で覆ったから。
しかし折角の、彼が施してくれたメイクを台無しにしてはいけないと、無けなしの理性が、あと一歩のところで掌をセーブさせた。
「も、もう……あの日のことは忘れてくださいって言ったのに……。どうして覚えてるんですか……」
指の隙間から、恨めしげにその綺麗な面持ちを見下ろす。
すると何故か瑞季は、はっとしたように一度大きく瞳を揺らした。同時にその喉仏が微かに上下する。
「……その反応は、駄目だろう」
「え……?」
囁くようなか細い声音。聞き取れず反射的に顔から掌を避けたが、視界に映った彼の面持ちはもう、元のクールなものに戻っていた。
「元の色が薄めだから、少し厚めに塗っていく」
まるで今の感情を押し殺すように、口紅とリップブラシを持つ手に力を込める。
そんな彼の様子に疑問を覚えながらも、「はい」と返事をして身構える。すると――。
「肩の力を抜いてくれ。完全にリラックス……は出来ないかもしれないが、今だけは俺に委ねてほしい」
再び真摯な眼差しで見つめられ、知らず高鳴る胸を抑えながら、こくりと浅く頷く。
瑞季は瞳を細めると、今度こそリップブラシに口紅を付着させ、それを優しく香心の唇に押し当て伸ばしていった。
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