虚無

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「おーい、美咲さーん!」  ぼぅっとしていると、視界の前で手のひらが何度も上下する。 「ん…あぁ」  六限が終わったことに気付くまで、数分の時間を要した。頬杖をついていた私は辺りを見回すと、ほとんどの席は机に仕舞い込まれていて、大半のクラスメイトは帰ったみたいだった。  教室のクーラーも帰り際に誰かが消してしまったのか、頬杖をついていた手のひらが汗ばんでいる。九月も初旬だというのに、日中はまだまだ暑い。    空が茜色に染まるまでに私は何度ため息を溢したのだろう。今日は疲れた。ほんとに長い一日だった。もういっそのこと、ずっと美術でいいのに。 「もう学校終わったよ。帰ろうよ。」 「だね、帰ろっか…」  既に帰り支度を済ませ待ちぼうけにあう瑠衣を横目に、私は最後の力を振り絞ってぽつりと呟く。  昇降口から一歩外に出ると、さっきよりも更に綺麗な夕焼けが目の前に広がっていた。  濃度の違う赤い絵の具で塗り潰したかのように一面に広がる空に、黒みを帯びた空と縮れ雲が点在する光景に思わず目を奪われる。 「すごいね、空」  瑠衣もこの空をみて、私と同じことを感じたのだろう。私達は二人とも足を止め、ただ黙ってみてた。   校庭の真上ではアキアカネが飛んでる。  地平線の先から伸びる燃えたぎるようなひかりで、真っ赤なからだを更に赤く染めていた。群れて飛ぶその姿は、すぐそこまで近付いている秋の訪れを歓喜の声で歌うようだった。  夕焼けをみると、私は途端に切ない気持ちに駆られてしまう。   あの日と同じ空だと思い出してしまうから。  もう悲しまないって決めたのに、前を向いて歩くって決めたのに、どうしても思い出してしまう。 「美咲、帰ろっか。」  振り向くと、儚げに笑みを浮かべた瑠衣が私の肩にそっと手を置いていた。  危なかった。私はあのまま物思いに耽ていたら、また悲しみの淵に立たされていたかもしれない。瑠衣の存在には何度も救われてると思う。 「うん、帰ろ。」  私もそう言って、満面の笑みを瑠衣に向けた。
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