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徒歩五分。
そう、寮生である私達の帰る場所は校舎の真裏にある寮だ。
そして…。
「学校終わったらあのコテージの絵を見せてくれるって言ってたじゃん」
「だから、気になる所があったから色を付け足してるんだって!」
私は瑠衣と同じ部屋。
学校でも一緒で寮も同じで寝るときも一緒。
これだけ同じ時間を過ごせば私達が仲良くなり始めたのは必然なのかもしれない。
仮にこれで関係が険悪ならと思うと、ぞっとする。
私たちに割り当てられた部屋はお風呂とトイレ備え付きで八畳程の居住スペースがあり、女子二人で過ごすには十分すぎる広さだった。壁際に設けられたニ段ベッドの下段が瑠衣の場所で上段が私。
今も、私のベッドの下から見せて見せてと駄々を捏ねる子供のような声が聴こえてくるのはそのせいだ。
「だいたい、見せて見せてって瑠衣は課題描けたの?今日木曜だよ。月曜提出なのに」
「まだ!」
「じゃあ、先に自分の課題やりなよ。」
「だって美咲描かせてくれないじゃん!」
「嫌だ、それだけは絶対に嫌」
瑠衣は今週の課題で唐突に私を描かせてくれと頼んできた。絵のモデルになるような容姿でないことは自分が一番分かってるから、即答で拒否した。それに、テーマが『静けさ』で何故私を描こうとするのか、瑠衣の思考は理解不能だ。
「けち。」
「嫌、絶対に嫌」
「まあ、美咲の顔なんて毎日みてるから、
最悪の場合想像して描くからいいよ。それが嫌なら描かせて?」
「……。」
なんとなくわがままな子供をあやす親の気持ちが分かった気がする。
いつものじゃれ合いを沈黙の圧力でねじ伏せた私は課題へと向き合うことにした。壁に背を預けて座り、膝の上に立てかけた絵に色を足していく。
子供の頃コテージでみた夕焼けは、こんな色じゃなかった。
もっと…もっと深みのある赤で、寸前まであった青空を微塵も感じさせない、一面が真っ赤な空。
赤くて、黒くて…。吸い込まれるような空だった。
そう、あの日の空みたいに。
刹那、静寂な湖底に石を落とし噴煙が巻き上がるみたいに当時の記憶が頭の中に広がった。
白い壁に囲まれた無機質な病院の一室。
その部屋の小窓からみえる真っ赤に染まる空。
虚しく小さな音を病室に響かせる箱型の機械の液晶画面は波を打ち、そこから伸びる大量の管。
そして、その管の先で横たわるお母さん。
「わっ」
気付けば私は涙を滲ませていた。
瞼から支えきれなくった滴が頬を伝い、絵に落とさないようにと身体を縮こませた。
そのあと、鼻を啜り静かに泣いた。静かに。
「美咲?どうしたの?」
ベッドの下から心配そうな声色で瑠衣が顔を覗かせる。
「ううん…なんでもない。ちょっと…ちょっと思い出しただけだから」
「ほんとに大丈夫?」
梯子に足をかけ私のベッドに昇ってきた瑠衣は、腰を下ろすと肩にそっと手を置き自分の身体に寄せてくれた。
「うん。もう大丈夫だから、ありがとう」
「なんかあったら言ってね。とりあえず
元気出す為にもご飯でも食べに行く?」
瑠衣の言葉を聞いて、私は時計に視線を送る。時刻は十八時をちょうど回った頃だった。
この寮では、夕方の十八時から夜二十一時まで食堂が開放される。以前は男子寮、女子寮とそれぞれ食堂があったが、人件費削減という理由で男子寮の食堂は閉鎖され、生徒の食堂は女子寮と統一された。
その為、夕飯の時間になると男子も食べにくる。だから、なるべく早い時間の方が席は取りやすいのだ。
私は薄いカーディガンを一枚上から羽織り、瑠衣に行こっかと声をかけた。
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