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夜を灯す恋心
「美咲は、何にするの?」
「えーどうしよ、今日はガツンとしたもの食べたいから唐揚げ定食にしようかな、瑠衣は?」
「私はさば味噌」
そう呟いた瑠衣は、既に発券機のボタンを押していた。
「よく毎日同じ料理ばっかり食べれるね。ずっとさば味噌定食じゃない?」
「だって好きなんだもん。和食。さば味噌。」
まるで歌を歌うように話す瑠衣に、私は返す言葉が見つからず諦めた。
夜の帳はすでに降り、もう辺りはすっかり暗くなっていた。食堂の白熱灯の周りには小さな虫達がひかりを求めて飛んでいる。
ワンフロアで七十席ほどの広さを持つ食堂には、二人がけ、四人がけ、八人がけと人数に分けられたテーブルが配置されている。お世辞にも設備が整った綺麗な食堂とは言えないが、昔ながらというか哀愁の漂う食堂だと、私は思ってる。
注文した料理を待つ間に二人がけの席を確保した私達は、他愛もない話で時間を潰していた。
「あっきたよ」
瑠衣が歓喜のような声をあげる。
「さば味噌。さば味噌。」と意気揚々とトレーを持ちながら歩く瑠衣の後ろ姿をみて、よく毎日食べれるなと改めて思ってしまう私はひねくれているのだろうか。
「あーもう最高」
箸で綺麗にほぐしたサバを一欠片口にいれ、後からご飯を口に放り込んだ瑠衣は美味しさと幸せを噛み締めるようにそっと目を閉じた。
「ほんとだ。美味しそう。」
感情をなくした棒読みに近い言葉を私は発する。毎日同じ料理を食べ、同じリアクションをされると自然とそうなる。
私も唐揚げを一口食べたあと、ご飯を放り込む。唐揚げから溢れる肉汁が口に広がり、醤油とみりんの香りがあとから鼻をふわりと抜ける。白ご飯との相性は抜群で、思わず顔がほころぶ。
「あっ葉山くん。」
「えっ?」
瑠衣が何気なく放ったその言葉に、私は途端に胸がきゅっとなってしまう。葉山くんは、私の気になる人だからだ。
男女共に人気があり、いつも葉山くんの席の周りには人で溢れてる。それに、葉山くんの描く絵はモノトーンを基調とした本人の明るさとは真逆の雰囲気が漂い、私はそこに少しばかりの闇を感じる。そのギャップが好きだった。
でも、私なんかは視界にすら入らない。そんなことは分かってる。
「葉山くん、おはよう!」
瑠衣は食堂に響くほどに大きな声を発した。
「……っ」
ちょっと、瑠衣何してるの?
やめて、私なんかが声をかけたら嫌われる。
そう思うと、後ろを振り返れない。
「おう、おはよう。日高と大橋だよな?」
「そうだよ、丁度明日話しかけようと思ってたんだ。いま時間ある?」
「あぁ全然大丈夫。ご飯食べにきただけだから」
私は瑠衣と葉山くんの言葉の掛け合いを黙って聞いていた。
「今週の日曜日さ、クラスのみんなでバーベキューしない?すぐそこの川沿いで。」
「えっ?」
私は唐突に掲げられた瑠衣の提案に思わず声を発してしまった。
「あぁ、全然いいけど。どうせ暇だし」
「良かった、じゃあ女子は私達が声かけるから男子は葉山くんが声かけてよ」
「ねっ?」
瑠衣が私に目配せをしてきたので、力なく頷いた。もう何が起きてるのか分からない。
「分かった、じゃあ楽しみにしてる!」
ここで初めて葉山くんの鼻筋の通った綺麗な顔が、私の視界に広がった。切れ長の目を弧を描くように曲げて私に微笑みが向けられる。胸がきゅっとなり、私はスカートの裾を両手で握りしめた。手が汗で滲み、動揺を隠せない。それでも、私も自分が出来る中で最高の笑顔を葉山くんに向けた。
「良かったね、美咲」
葉山くんが券売機へと向かったのを確認してから、瑠衣が囁くように呟く。
私はまだ心臓が高鳴っていた。少し話すだけでこんなに緊張するなんて思いもしなかった。
「良かったねってなにが?」
「だって美咲、前寝る前に葉山くんのこと気になってるって言ってたじゃん。」
「確かに言ったけど、いきなり声掛けないでよ。びっくりするじゃん。」
「あははっ」
瑠衣が表情をくしゃりと崩し笑みを溢した。
「なによ?」
「だって美咲、嬉しそう」
「からかわないでよ、嬉しいのは嬉しいけど」
「からかってないよ。美咲が嬉しそうで私も嬉しくなっただけ」
瑠衣はそう言葉を切ると、さば味噌を口に運び再び歓喜の声をあげた。
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