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木漏れ日
クーラーから流れる冷たい風で白いカーテンが揺らめいている。
時計の短針と長針が地面からちょうど九十度の角度を描き重なり合った時、チャイムが鳴った。
今日も今日とて朝からぼぅっと過ごしており、気付けばもうお昼休みだ。
蜘蛛の子を散らすように、クラスメイト達が教室から出ていく。
私は食堂に向かおうと一度席から立ち上がるも、瑠衣の姿がみえなかった為にまた腰を下ろし、ひとり静かな教室に取り残されていたのだ。
瑠衣は最近よくいなくなる。
「瑠衣、トイレかな?」
ぽつりと呟き、窓の向こうに視線を送る。
秋の差し掛かった晩夏の陽射しは、勢いこそ弱まったものの何もかもを光らせていた。
校庭は煌めき、揺れる葉の隙間から溢れたひかりが星みたいに瞬いてる。
目の前に広がる景色の美しさに息を呑み、思わず右手を窓に添えて開けた。
甘さを孕んだ淡い香りが窓から吹き込んだ風と共に頬に触れる。ずっと聞こえていたはずの蝉時雨は何倍にもなって、私の鼓膜を震わせる。真夏と比べれば、その個体数すら減ってしまっているだろうに、未だに声をあげつづける蝉たちは、まるで夏の終わりと共に散る命の灯火を最後の瞬間まで弱めることなく燃やそうとしているかのようだった。
耳を傾け、その音色を辿ってみたくなる程に、その儚さに心を奪われた。
「私、夏好きだったのかも」
思わずそう呟いた。
「美咲、お腹空いたー食堂いこ」
瑠衣が教室に戻ってきたのは、それから程なくしてのことだった。
お腹をさすり、助けを求めるかのような潤んだ瞳をこちらに向けてくる。
「どこいってたの?」
「うん…ちょっとね。それより早く食堂いこ。お腹空きすぎて気持ち悪くなってきた」
「はいはい」
私は瑠衣に引きずられるようにして、食堂に連れて行かれた。
昼食を取ったあと、私は瑠衣と葉山くんとバーベキューの計画を練った。日曜日の午前中に私達も含め十人程度で買い出しに繰り出し、お昼過ぎからバーベキュー開始で夕方頃に解散するという流れになった。
そして、葉山くんは、男子だけに伝えるのは面倒だからと、クラスメイト達全員にバーベキューの計画を伝える役も買って出てくれた。
午後の授業は、私の嫌いな数学の授業が一コマと水彩絵の具を用いて人物画を描く授業だった。
私達は二人一組でペアを組み、私の相手は勿論、瑠衣。
「やっと美咲が描ける!私ってついてる!」 と筆を持ちながら飛び跳ねる瑠衣に、そんなことで自分の運を使うなんて勿体ないにも程があるよと心の中で思ったが、それは言わないであげた。
約一時間。子供の頃から絵を描くことが好きな私からすると、十分程度に感じてしまうであろう時間。
でも今日は六限の終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に大きく背伸びをして溜息を溢した。
「笑顔で!」「もっと背筋伸ばして!」と事細かに注文を受け続けた私は、丸一日外で游んだ時のような疲労感に襲われた。
せめてもの対価というか、まあ当然のことだとは思うけど、完成した絵を見せてと言った私に瑠衣は頑なに絵を見せようとはしなかった。
日曜日になったら見せてあげると、それの一点張りで。
日曜日に何があるというのだろうかと不思議に思ったが、瑠衣の理解不能な思考を読もうとすること自体が間違いだと思い、考えることを放棄した。
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