尾行

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尾行

 「…さて、ここは馴染みの店だ」 坂口の案内でとある英国料理店に着いたなずな達。予約をしていたみたいで、個室に連れて行かれた。馴染みなのは、店主と気さくな会話を交わしていた。 「マスター、彼女たちに飲み物を…そうだな。シャーリーテンプルを」 それを聞いて、なずなとみのりは顔を見合わせた。さすがにアルコールはまずい。 「あ、あの私たちお酒は…」 なずなが戸惑ったように飲み物を断ると、坂口が笑い出す。 「あはは。シャーリーテンプルは、酒じゃないよ。グレナデンシロップのただのソーダだよ」 グレナデンシロップが何か分からないが、それでもソーダならいいかと、感謝を言った。 「僕は、女性を酔わせてどうのこうのするのは嫌いでね…さ、二人とも。好きなものを頼んでくれ」 二人はすっかりメニューに夢中になってしまう。 「…おいおい、二人とも。すっかり、夢中じゃないか?」 「はあ⁉︎」 壁に紛れて、翔一は三人の様子を見て、スマホで蛍に様子を伝えていた。電話越しにでかい声を出されて、翔一は耳を塞ぐ。 「うるせ!いくら、壁に紛れているからって音が漏れるだろ?」 「夢中って何だよ⁈」 翔一は、ああとメニューに夢中な事を伝えた。 「…それなら、そうと言え!」 人にこんな事させといてと文句を言いたかったが、今蛍には弱みを握られている。 「…まあ、なんか普通の会話みたいだな。最近の流行りとかの…で、お前どっちだ?」 「…何が?」 「だから、意中の相手だよ」 蛍は暫く考えた後、答えた。 「可愛い方」 可愛い方と言われても、どっちがどうか分からない。と言うか、二人とも翔一にとっては子供だが、上玉には違いない。 「あん?何だよ…俺みのりちゃんかな。でも、なずなちゃんも可愛いよな…ってお前、なんかガサガサ…」  蛍はハンバーガーの包みを開け、ついでにコーラとポテト、それからアップルパイを食べていた。もちろん、これは翔一の財布からお金を出したのだ。  勿論、翔一には文句を言われたがそんな事はお構いなしにコンビニでスマホ用のイヤホンも買っていた。  一時時間半ほどしたら、三人が店から出て来た。蛍は、見つからないように身を隠した。 「じゃあ、坂口さん。今日はとても楽しかった」 みのりは、お腹いっぱいに食べたようで満足気にそう言った。一方、なずなはあまり食事が喉を通らなかったみたいだ。 「いやあ、こちらこそ楽しかった。もし、可能なら明日も頼むよ。可能ならね」 坂口は微笑んで、二人とは逆方向に歩く。しかし…。 「なずなったら緊張しすぎ。大丈夫よ、明日はドタキャンしよっ」 「え?いいの?」 「うん。だって、あの人いい人だったけど、こう言う事って、やっぱりだめだって思ったし」 みのりはすっきりしたかのように言った。なずなも何となく、ホッとしていた。 「そうだ。明日、数学教えて欲しい所があるんだよね」 二人は、街の雑踏に消えて行く。 「よかったじゃねえか。二人とも、もうやめるってよ…でも、こっちは大損だ」 翔一は情けない声を出した。 「…あいつ」 蛍は、一瞬だが坂口からどす黒い妖気が放たれたのを逃さなかった。  「…おいっ?」 蛍は急に呼ばれた。いや、実はさっきから翔一に呼ばれていたのだが、蛍は他ごとに夢中で聞こえていなかった。 「何だよ?」 「さっきから、あの子達の後…それも見つからないように…まるでストーカーだぜ?」 ストーカーと言う言葉に頭がきたのか、蛍は翔一の足を踏みつける。 「いっ!この野郎!ったく、さっきもコンビニでコーヒー代、俺の財布から出しやがって!いい加減財布返せ!親に会ったら、返してもらうぞ!」 そう言われて、蛍は財布を翔一に押し付けるように返した。 「…結構、使いやがったな!それに、お前が警官みてぇな格好しているから、俺が連行されているように見られてるしよっ!」 蛍は、お前が悪いと言わんばかりにため息をついた。 「って言うか、君帰っていいよ。他に応援いるし…」 住宅街に着いた頃、髪をぐしゃぐしゃかき回しながら、蛍は翔一に言い放つ。 「けっ!冗談じゃねえ!そいつに、お前の躾に着いて文句があるんだ!」 そう言って、翔一は腕を組んで仁王立ちをする。すると、背後から大声が聞こえて来た。 「すまねえ!」 「あ、来やがった!ちょっと、あんたな…って」 振り返り、大声の持ち主の姿を見た途端、ギョッとした。 「遅いぞ!」 「ああ、すまねえすまねえ!…あれ、さっき誰かと一緒じゃなかったですかい?」 蛍は、そういえばと周りを見渡すが誰もいない。首を傾げて腕を上げる蛍。 「あ!」 「どうした?三吉」 「うちの鍵、閉めたっけかな?」 蛍は首を振り、後にしろと言ったのだった。  「冗談きついぜ!」 翔一は、壁に溶け込んで脇目も降らず一心不乱に逃げた。まさか、こんなところで鬼の三吉に出会うなんて思わなかった。しかも、息子が居るなんて知らなかった。 逃げている途中に、とある民家を見つける。ドーム型の変わった形ではあるが、人がいる気配がなく、しかも玄関はしまってない。翔一はしめしめと家に入り、ソファに腰掛けてそのまま寝てしまったのだった。 コンビニでジュースやお菓子を抱えてみのりは、高らかに宣言した。 「もうこの際、諦めて土帝先輩に集中する!」 「集中って…。何だか勉強みたいね」 「何言ってるのよ!恋は学びよ」 なずなは、そうかなと首を傾げる。確かに、恋愛の事は分からない事が多過ぎる。  そんな話をしているうちに、家の前に到達する。しかし、家の前に誰かがいる。なずなは、父親の知り合いかと思い話しかけた。 「あの…父のお知り合い…さ、坂口さん⁈」 なずなは驚きを隠せず、口元に手を当てる。坂口は様子がおかしく、顔面蒼白で目が座り、こちらをじっと見つめていた。 「…え。この人、変よ!」 近くにいたみのりが騒ぎ出し、坂口はものすごい勢いでみのりの口を塞いだ。みのりが持っていた袋からペットボトルが転がり落ちる。 「え‼︎みのり!離して!」 なずなはボトルを拾い、坂口の腕を殴りつけるが、坂口は怯む様子を見せない。そして、みのりの口を片腕で塞ぎ、ポケットからナイフを取り出し、なずなを斬りつけた。なずなはびっくりして左腕で顔を護るが、そのせいで左前腕から血が溢れ出す。どうやら、ナイフで腕を切られてしまった。 「いっ…」 血がポタポタ落ちる前腕をなずなは右腕で抑える。坂口は舌打ちをして、更になずなにナイフを振り下ろす。 「…黒筒変〝鞭〟」 シュルシュルと音が鳴り、鞭が坂口の手首に巻き付く。 「…残念だったな」 鞭が坂口の手首を締め付け、坂口は手を開いてしまい、ナイフがカランと言う音を立てて落ちる。坂口は、鞭を引っ張っている方向を睨みつける。 「やだな、怖いね?」 「……蛍くん?」 前腕を抑えたまま、なずなは坂口と同じ方向を見た。縄を引っ張っているのは蛍だった。その横には、この間三吉と呼ばれていた大男もいる。 「……何ですか?あなた方は?」 今まで無言だった坂口が口を開いた。 「へえ?話は出来るみたいだね?」 蛍はにやりと嘲笑すると、鞭を坂口から離す。 「三吉、ぺんぺん頼んだ」 「へい」 その巨体からは想像もつかないようなスピードでなずなを抱き上げ、蛍の方に連れて来る。 「無礼な方…ですね?」 すると、坂口は見る見るうちに姿を変えていき、金髪の白人になる。青い目と片眼鏡、まるで英国紳士だ。しかし、足はバネのような形をしている。 「…自己紹介をしたいのですが、私に名はありません。仮にジャックとでもしましょう」 丁寧にお辞儀をするが、みのりを解放する気配はないみたいだ。 「……ジャック?切り裂きジャックかな?」 「巷では、そう呼ばれているみたいですね?」 あくまで紳士的ではあるが、ジャックからはとてつもない妖気を放っている。 「へえ。有名人じゃん。サインちょうだい?」 緊張感にかける会話に聞こえるが、蛍とジャックの間には緊迫した空気が流れており、それを間近で見るなずなは額から冷たい汗を流していた。 「……おや、随分と余裕があるみたいですが、こちらには人質がいる事を忘れないで下さい」 ジャックは、腕に力を込める。腕はみのりの首を絞め、みのりは呻き声を出す。 「あぁ。この細い首……簡単に折れそうだ」 ジャックは恍惚の表情をする。蛍は、その様子を無表情で見つめた。 「お願い!蛍くん、みのりを助けて!!」 なずなは、蛍に懇願する。蛍は帽子を被り直し、こう言った。 「何で?」 「何でって…みのりは友達でしょ?」 「君はでしょ?……そうだ。条件次第で助けて上げる」 ニヤニヤと蛍は、なずなを舐め回すように見た。 「条件…?」 「そうだな…君の身体か、僕に奉仕するか…あ、君が僕の犬になるのも…」 蛍はそう言いかけ前のめりに倒れた。 「ええい!坊っちゃん、さっさと助けんかい!」 どうやら、三吉が後ろから殴ったらしい。 「いった!三吉の癖に!」 蛍は砂埃を振り払って立ち上がり、三吉を睨む。 「いや、楽しい方々だ。貴方の名前聞かせて下さい」 「…蛍。切り裂きジャック!懲罰の時間だ」 鞭がしなる音が、響き渡る。
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