家鳴り

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家鳴り

「馬鹿だなあ。パパもお姉ちゃんもおばけだなんて」  弘海はご飯を食べながら、大笑いをしていた。自分よりも大人の二人が、もう信じなくなったおばけに怯えているのだ。 「やだ、弘海。汚い」  なずなは、怯えた自分を笑う事より、食べ物が四方に飛ぶのが嫌だったらしい。 「…仕方ないだろう。びっくりしたんだ。でも、お祓いした方がいいかもな…」  良介は、家族の安全の為に一応朝の出来事を話した。何か新種の生き物が潜んでいるかも知れないし、害獣駆除業者にも調査を頼んだが、何も発見出来なかった。 「でも、二人気をつけるんだぞ。明日にでも土帝さんに相談しにいく」 「え!宗ちゃん所行くの⁉︎僕も行きたい」  土帝と聞いて、まるで遊びに行くみたいに声を弾ませる弘海。 「遊びに行くんじゃないよ。それに、宗ちゃんだって、勉強で忙しいし…」  そう言った時、なずなは何だか寂しそうだった。弘海はそれを察したのか、もうそれ以上口には出さず、学校の話になる。その話で転校生の話をなずなはした。 「…何だか不思議な雰囲気の子だった。初日だったからかも知れないけど、ガラムが話しかけても、素っ気ない感じ。だけど、何となく放っておけない」 「…そうか。でも、初日で不安なのかも知れないから、仲良くして上げなさい。なずなは、優しい子だからきっと出来る」  父にそう言われて、なずなは何だか自信が湧いて来た。父には不思議な力があるかも知れない。  その後、いつも通り、宿題を済ませてから風呂に入り、テレビを見てから、ベッドに入る。貰った笛は首にかけたまま、なずなは寝入った。  体が重い…。なずなは、起きたくなくて仕方がなかった。だけど、目を瞑り見ないように身体を横向け、笛を鳴らすが音は鳴らないが、身体が急に軽くなる。のし掛かられる感覚がないのだ。 「よかった…」  なずなは、そう言ってまた眠りに入る。   「誰だ?」  蛍が不機嫌そうに、目を開けた。三吉ではない事は確かだ。三吉が自分を起こすなら、もっと乱暴に身体を揺する。しかし、優しく呼ぶように起こされたのだ。  目を開けて、周りを見渡しても気配はない。夢でも見たのかと、自分にそう言い聞かせ、また再び眠る。  朝日が登り、三吉に起こされ、学校へと向かう。昨日のように、弁当は持って来なかった。寝ぼけ眼で教室へ向かうと、何故か机に花の生けた花瓶が置いてある。 「これ…」  蛍は、じっと見てから、無言で席に座った。後ろの方で男子生徒の下衆な笑い声が聞こえたが蛍には、そんな事どうでもよかった。 「おはよう」  明るい声が聞こえて来た。なずなが、友人と教室に入ってきたのだ。なずなは、仲のいい友人達と会話してから、隣に来て蛍に話しかけてきた。 「田中くん、おは…何これ?」  なずなは、顔を青くして蛍の机の花瓶を見る。 「ん?へへっ」  蛍はただ笑うばかりで、何も言わない。悲しんだり、怒っている様子もない。 (…田中くん。こんな事されて本当は辛い筈…それなのに⁈)  彼女は思わず、彼の頭を撫でる。 「大丈夫よ。すぐにちゃんと先生に相談しよう」  なずなは、まっすぐ蛍を見つめる。 (相談?何を?まさか…結婚とか?いやあ、気が早いな。僕の机に花まで置いて、積極的な子だなあ)  蛍は、有頂天だった。今まで、女性に花を贈られた事はない。しかし、結婚にはまだ早いし、こっちでのゴタゴタが終われば連れて帰るつもりだが、やっぱり…。 「まだ早いよ。様子を見た方がいい」  そう言った時、なずなはなんだか悲しげに見えた。 (…全く。焦んなくても大丈夫なのに…でも、ちょっと冷たかったかなぁ?)  そう思い、蛍は気持ちが悪いくらい彼女に満面の笑みを向けた。 (強い子なのね…私も見習わなくちゃっ)   「おい、田中の奴、大分ショックだったんじゃね?」  なずなに慰められている蛍を見て、平井はニヤニヤ笑っている。 「…でも、吉永がなんか言ってる」  天然パーマの畠山が、顎で蛍達をさす。彼は心なしか羨ましそうだ。 「チッ。あいつ…」 「口止めしようか?」  畠山は平井に囁くように言ったが、平井は顔を顰めた。 「いや、泳がせよう」  そう言って、平井は蛍を睨んでいた。    授業が始まる合図がなり、蛍はまた妖怪の気配に気づいた。しかし、今度は弱くない。それなりの妖力だ。 「ねえ、あずあずの機嫌、今日はいいかな?」  一人の女子生徒がこそっと呟いた。 「さあな。でも、機嫌悪い時は早いから今日は大丈夫なんじゃね?」  そんな話をしていると、教室の扉が開き、一人女教師が入って来た。パーマをかけた長い髪の女で一目で美人なのが分かるが、蛍は訝しげに見る。だが、表情とは裏腹に、新しい玩具が出来たと喜んでいた。  授業は日本史で、教師の名前は吾妻あずさというらしい。生徒からは、あずあずと呼ばれて、見てくれは二十代、だが、学園長の橋本…いや、一つ目坊からの信頼が厚いらしく、およそ三年前に絢詩野学園に赴任して来たらしい。これは、なずなや他の生徒の噂話から聞き出したものだ。 「それでは、教科書の二十九頁を…田中君、読んで見て」  吾妻に当てられた蛍は、立ち上がり、教科書を開く。 「…小豆は、縄文時代から栽培されて、遺跡からも…」 「ストップ!どこを読んでいるの⁈」  吾妻は、顔を赤くして蛍を睨んだ。他の生徒も蛍をちらちらと見る。 「あ…。すみません。鍋に小豆と水を入れ…」  突如、大きな音が響いて、一部の生徒が肩を震わせた。吾妻が、教壇を思い切り叩いたのだ。 「いいかげんにしなさい!田中っ!ちょっと来なさい!」  吾妻が蛍に詰め寄り、腕を引っ張り教室から出て行く。吾妻は、教室から出て行く途中、怒鳴るように騒つく生徒に言付けをした。 「しばらく自習!」  出て行くと、生徒の笑い声が聴こえたが、吾妻は構わず蛍を資料室と思われる場所に連れて行く。    ここは、教室と教室の間にあるような小部屋で、なずなからはあまり詳しい紹介はされていなかった。 「埃臭い…」  怒っている吾妻より、蛍は埃が制服に掛かるのが気になっていた。 「…あなた。何者?」  先程とは、打って変わって、吾妻が顔を青くしている。 「ん?僕は僕だよ。でも、君は君じゃない」  吾妻は僅かに、目を泳がす。 「君は…妖怪?」  今度は、吾妻の方が震え出す。 「何故?まさか、あの陰陽師にもバレなかったのに…」 「ああ。僕は違う。閻魔の息子だ」  ホッとしたのか、愕然としたのか分からないが、吾妻が崩れ落ち、床に座り込む。 「け、経国様以外の?ひょっとして…次男の?」  怯えた表情で吾妻が蛍を見る。蛍は、吾妻が不憫に思えたと同時に滑稽にも見えた。 「す、すみません。悪い噂しか聞かないもので」  吾妻はへなへなと埃を払い、徐々に身体が変化していく。若い女から、老婆のような姿に変わった。 「…わしゃ、小豆婆でございます。此処で教師をしとるもんで…ところで、貴方様も人間界に留学を?」 「だろうね。留学って言うか…ところで陰陽師って?」  すると、何故か小豆婆はむにゃむにゃと口籠る。言い難い相手なのか…どちらにせよ、蛍は陰陽師が誰なのかを知りたかった。分かれば、利用する事が出来る。 「それは…二年の…」 「さっさと言え」 「は、はい。二年の土帝宗治…」   (…田中くん。何であんな事したんだろう?)  なずなは、今日やるはずの頁を見る。勿論、小豆に関する項目はない。それどころか、今勉強しているのは奈良から平安にかけての勉強だ。縄文時代じゃない。 「へっ。田中の奴、転校したてでよくやるよな。あずさに喧嘩売るなんて…」 「あいつ、泣いて帰って来るんじゃね」  なずなは背後を振り返りそうになるが、考え直した。 (…大丈夫かな?)  ただ、蛍の心配をする他になかった。    また、扉を開き、二人が帰って来る。二人は何事もなかったように定位置に着くが、しばらくの間、蛍は注目の的。 「…授業を再開します」  吾妻がそう言って、生徒達は一斉にノートを開き始めた。   「…蛍ぅ」  なずなと話をしていると、平井が近づいて、蛍のかたをがっしりと掴んだ。 「なあ、お前すげえな。いきなり、先公に楯突くなんて、見直したぜ」  下衆な高笑いを平井がすると、蛍は呆れたようにため息を吐く。 「三つ、君に教えたい事がある」 「は?」 「一つ、僕に触るな」  そう言って、蛍は平井の手を振り払う。 「二つ、気安く僕の名を呼ぶな。そして…お前、生理的に無理」  そう言うと、蛍はなずなの手を掴んだ。 「ぺんぺん、僕トイレ行きたいんだ。案内して」 「え?あの?男子トイレに行くの?ちょっ…」  それを言い終わる前に、教室から二人は出て行き、平井は怒りでぎりぎりと歯を食いしばる。だが、蛍の机を見てニヤリと笑ったのだった。   「田中くん!ここ、資料室だよっ!」  半ば強引に手を引っ張られ、資料室に入れられたなずなは、壁際に追い込まれた。見た目とは裏腹に蛍は力強く、意外に筋肉質な腕であった。 「…名前、呼んで?」  一瞬、どう言う事か分からなかった。 「た、田中くん…?」 「違う。名前…あるだろう?」 「蛍…蛍くん?」  蛍の口元が盛大に歪む。なずなは、その口に喰われそうだと思った。歯を剥き出し、大きく口を開く。 「キャハハッ。いいね…いつも笑っている顔も好きだけど…その怯えた顔…最高」  可哀想。何故だか分からないが、彼は今とても辛そうだ。手を伸ばして頭を撫でる。銀色の髪はとても柔らかく、触ると心地がいい。蛍がビクッとして、なずなの手を振り払う。 「何…今の?」  暗がりで、表情が見えないが、怒らせてしまったのかも知れない。 「ごめんなさい…」 「あっそ。…これからも、蛍くんって呼んで」  なずなは小さく頷く。    授業には、少し遅れてしまった。教師には怒られたが、蛍は気に止める様子はなかった。なずなは、少し落ち込んでいた。  蛍は、机の中を探りノートを取り出すが、何だか違和感があった。昨日から使い出したばかりなのに、何故か表紙が破れている。 (あれ…何か書いてあるぞ)  〃学校にいれなくしてやる〃  どう言う事なのかが分からない。学校にいれなく…つまり。 (…また彼女?いられないって…あっ。そうか)  蛍はなずなを見てにやりと笑う。 (僕を連れ去りたいのか…そんな事を考える子は…お仕置きが必要だな)  蛍は、ノートを開いたまま、腕を組んで考え込む。そんな様子をなずなは見ていた。 (蛍くん、怒ってるの?そりゃ、同級生に子供扱いされたら嫌に決まってるよね…本当、馬鹿な事しちゃった)  そのまま、ため息を吐いて、顔が上がらない。どちらにせよ、次はお昼休みだ。彼をランチに誘って、機嫌を取ろう。本当に申し訳なかったとなずなは反省する。   「ぺんぺん、みのりちゃん。ランチだよ」  歌うように、一ノ瀬ガラムは、二人の席に寄って来る。 「一ノ瀬、ランチになると機嫌いいよね」  そう言いながら、みのりもなずなの机に弁当を広げる。 「あ、蛍くんも一緒にどう?」  聞かれて、蛍が椅子から立ち上がる。今日はさほどお腹は空いていないが、授業はつまらないし、唯一楽しいと言えば昼休みぐらいしかない。 「じゃ、行こう」 「え…ひょっとして…食堂?」  蛍はこくんと頷くが、三人が広げているのはそれぞれの弁当。 「ごめんね。月曜日以外はお弁当なの…そうだ。食堂、サンドイッチとかもあるから買いに行こう」  そう言って、蛍の手を引っ張るなずな。 「え?僕は見てるだけで…」  それを言い終わる前に二人は、教室から出て行ったのだった。   「…全く。君は強引だな」  蛍はぶつぶつと文句を言いながら、手を繋いだまま、食堂に着いてしまった。 「さっきのお詫びに、奢らせて」  なずなが、蛍の前で手を合わせている。お詫びが何のことかは分からないが、大体予想は出来た。 (…お仕置きされるって感づいたのかな?今回は許してやるか)  蛍は一人でそう思い込んだ。  昨日は気付かなかったが、食事を貰う場所のすぐ隣に、軽食のサンドイッチや惣菜パン、ドリンクが置いてある。どれも百円台で学生には手が届き安い。  蛍は適当にサンドイッチとドリンクを取る。卵サンドとブラックコーヒー。これだけで十分だ。 「決まった?」  レジへ行くと、食堂のおばさんになずながお金を渡す。小さな袋に卵サンドとコーヒーを入れて食堂を出ようとするとなずなが人にぶつかった。 「あっ。すみません…宗…」  なずなはまずいと思ったらしく、口を塞いだ。 「いや、こちらこそ」  蛍は、そう言った男に見覚えがあった。 (…思い出した。確か土帝…) 「それと、この学園では不純異性行為は禁止だ。さっき手を繋いでいただろう」 「違う…あれはっ」  土帝の目がジロリと二人を睨む。なずなは目を伏せたまま俯いたが、蛍は一切動じなかった。確かに小豆婆の言う通り、こいつは陰陽師だ。昔から妖怪の天敵である。霊力は言うまでもなく、武道にも腕にも覚えがあるのだろう。おまけに眉目秀麗と来ている。どこか冷めた目で自分を見るさまに、蛍は段々と腹を立てる。 「へえ…そりゃ知らなかった。でも、僕は純愛のつもりだけどねっ」  急になずなを引き寄せ、肩を抱いてなずなの耳を甘噛みする。なずなは急に引っ張られたせいで、足元がふらつき、あっけに取られて抵抗すら出来ず、ただ顔を赤くするしかない。 「なっ⁈」 「…お前。ムカつく。さ、なずな、行こう」  いつの間にか野次馬が集まり、三人の様子を見ていたが、教師が来てはけていく。  土帝は、ただ呆然と去っていく二人を見て、血が滲むほど爪を立てて握りしめた。    三吉は、ソファの上で小さなノートパソコンを開く。とは言え、小さいと言っても普通サイズだ。三吉の手に収まるとどうしてもどうしても、実際より小さく見えてしまう。  パソコンの電源を入れると、すぐに起動してネットに繋がり、テレビ電話が出来る。地獄製品だが、通常の人間が使う物と画面はほとんど変わらない。  電話相手には、珍しくすぐに繋がった。 「もしもし閻魔様。今は坊っちゃんはいません」  『三吉、何のようだ?』 「いや、あんたの事だ。坊っちゃんが心配でいても立っていられないじゃないかと思ってね」  閻魔は黙り込む。地獄の王として、嘘をつく訳にも行かない。ただ黙っているだけの閻魔を見て、三吉は図星だと気付く。 「心配しなくても、今の所は心配はないでしょう」  『そうか。ならいい。それより、お前が痛めつけた鬼は今日から出勤だ』  そう言われて、三吉は苦笑いをする。あの時はやり過ぎたのだ。  『…何、心配するな。あれで鬼は護られたのだからな』 「ですが、あれくらいなら、坊っちゃんは…」  『…感情に振り回されない所は我が子ながら感心する…引き続き頼んだぞ』  『仰せのままに…』  そう言って、電話が終了する。三吉は頑丈なソファーに背中を預けたまま、ため息を吐く。 「勝つのは、羅刹か…それとも…」   「ほ、蛍くん!」  廊下の真ん中で、なずなは歩みを止める。 「どうしたの?お昼、終わっちゃうよ?」 「何で耳噛んだの⁉︎」  振り絞った声で抗議され、蛍は顎に手を当てる。 「うーん。挨拶みたいなものかなぁ」  確かに、欧米では友人間でも挨拶代わりにキスをする事もあるが、甘噛みする風習は聞いたことがない。 「まあ、兎に角あんまり気にしなくてもいいよ」    やっと、全ての授業が終わった。なずなは急いで帰宅準備をして教室を出る。今日は部活に行けない事を先輩には事前に知らせて置いた。 「なずな、また明日ね」 「うん!明日」  なずなは急いで、友人達に挨拶をする。 「吉永ー。もう帰りか。気をつけて帰れよ」 「はーい」  なずなは、担任の山野に手を振り、そのまま走る。いつもと変わらない光景のはずだった。    よく晴れた夕方、途中で学童に寄り、弟を迎えに行く。 「ああ。もうそろそろ学童卒業したいな。子供じゃないし」  来年は六年生になる弘海には、学童の遊びは幼稚でつまらないらしい。なずなも同じだったが、小さい子を世話するのは楽しかったから、卒業したいだなんて思わなかった。第一、その時には母は病院で闘病生活を送っていて、父が帰るまで幼い弟の面倒を一人で見るのは大変だった。  学童に行けば、ガラムもいたし、時々宗治もいたのだ。そして、日菜という女の子も一緒だ。 「分かった。パパに相談しておくね」  弘海はなずなにそう言われて、喜んでいる。 「姉ちゃん、途中でアイス買って」 「だーめ。修理屋さん来ちゃうし、家にまだあるの食べて」  まだ子供ね、なずなは少しふてくされてる弟にそう思ったのだった。    修理屋は十七時に来て、洗濯機を直していく。修理屋が言うには、電気系統の部品が壊れているらしく、それを交換するだけでいいそうだ。幸い、洗濯機は去年新調したばかりで部品はまだたくさんある。それに保証がまだ切れていないので、修理代は安く済んだ。  なずなは、父から預かったお金を修理屋に渡すと、修理屋は帰っていく。なずなは一度部屋に戻り、荷物を置いて、空気を入れ替える為、窓を開ける。お守りとして、笛を首に掛け、スマホの時計を見て、ご飯の準備を始めた。予め仕込んでおいた照り焼きチキンを焼いて、その間にシーザーサラダを用意した。 「よし…後は…」  なずなは冷凍庫を確認する。お手製チョコチップアイスはいい感じに仕上がっていた。  弘海は、部屋に籠り、明日の準備をしていた。教科書が一つ足りないので机を調べる。整理された卓上。母が入院する前に買ってくれた。少し埃が積もっている。日曜日に姉が掃除してくれたけど、やっぱり細かい所まではできていない。だからと言って、姉を責める訳ではない。 「ママ…」  まだ元気だった頃の家族写真。写真立てに飾ってこれだけは、毎日磨いている。  ガタン!  大きな音が鳴り響く。いつも以上に大きい。少し怖くなって辺りを見渡す。 「何もない…」  大丈夫だ、おばけなんていない、そう言い聞かせ、教科書を机の棚から取ろうとするも教科書が動かない。動かないと言うより、引っ張られると言う感じだ。 「あ、あれっ」  必死で教科書を取ろうとしても、取れない。それどころか、自分の体が引っ張られるようだった。引きずれるように、机に前のめりになったかと思ったら、急に力が抜けて、今度は後ろに倒れた。 「うわっ」  どすんと大きな音を立てて、自分でも大袈裟ではないかと思うくらい、尻を強く打ちつけた。  お尻をさすり、立ち上がると棚を見ること、大きく鋭い目が睨むように弘海を見ている。 「ひっ!」  本当はもっと、大きな声を出すつもりだったが、声が出ない。すると、バタバタと階段を登る音が聞こえてきて、部屋の扉が開いたのだ。 「弘海、大丈夫?何の音?」 「お、お姉ちゃん!」  弘海は慌てて、なずなの元へ行く。 「どうしたの?きゃっ!」  小さな鬼が一匹、本棚から飛び出す。 「…お、鬼⁈」  鬼は飛び上がり、なずな達に飛びかかって来た。なずなは、弘海の手を引き慌てて部屋から飛び出て扉を閉める。鬼が出てこないように、外から鍵をかけるが、バンバンと鬼が扉を蹴っている音が聞こえた。 「弘海!逃げよう!」  二人は階段を下り、玄関の方へ移動するが、もう其処には鬼が数匹いたのだった。それを見ると、なずなは胸元に触れたのだった。   「三吉ー。喉渇いたんだけど…」  ソファーと一体化したかのように、蛍は動こうとはせず、口だけは達者である。 「坊っちゃん。今あっしは、忙しいんです。冷蔵庫にお茶があります」 「あ?じゃあいらない」  いつもの事とは言え、呆れてものも言えぬ三吉。ガスを止めて、味噌汁の味を確かめてから、冷蔵庫を開ける。お茶を淹れたボトルからグラスにお茶を淹れる。ただそれだけの事なのに、何がそんなに面倒臭いのか。三吉がグラスをコーヒーテーブルに置くと、蛍の身体がビクッと動く。 「…呼んでる」 「どうしました?」  蛍は、立ち上がり、ネジを回したブリキの様に慌ただしく動き始める。部屋から黒筒を持ち出しそのまま家から飛び出して行く。三吉は唖然とし立ち尽くした。だが、すぐに気を取り直し、蛍の後を追ったのだった。   「左様ですか。もうすぐ、息子がやってきます。少々お待ち下さい」  土帝夫人は、正座のまま丁寧に頭を下げて、お茶を用意する。良介は、釣られて頭を下げ、緊張した表情のまま、顔を上げる。昔からの知り合いとはいえ、この夫人、いやこの家自体が厳かな雰囲気である。今時、珍しい日本家屋、見事に並んだ盆栽や調度品の数々。カメラマンである良介は度々この家を見かけては写真に納めたくなる。  障子が開き、凛とした佇まいの宗治がいた。宗治は一礼をすると、正座をする。 「遅くなりました。お久しぶりです。吉永さん」  昔は、おじさんと呼んでくれていたが、少し余所余所しい。が、これも彼が大人になり、今日は仕事の依頼に来ている所為でもある。彼なりに公私を分けているのだろう。かつては、座っていても少し目線を下げて話していたのに、今はその必要もなく話をする事ができる。 「…お話は、母からも電話で伺っています。準備を致しますので少しお時間を頂きます」  これまた、丁寧な言葉遣いで良介から一度も目を離さなかった。うちの子供達とは違うと良介は苦笑したのだった。    おかしい。蛍はよく分からないまま、空を飛び回っていた。まるで導かれるように、誰かに呼ばれている。  街は闇の世界など知らないと言うかのように、煌々と灯を灯す。人間達はちらほらと出歩いているのに、飛び回る蛍が見えないようだ。  公園が近くにある。どこかで見た風景。そうだ、学校へと続く道。だが、目的地はそこじゃない。目の前にある小さな一軒家。あまり広くは無い庭に花が咲いている。だが、そこは邪気を纏っていた。  少し異様な空気に息を呑み、蛍は屋根から二階のベランダに飛び移る。ドアが開いており、開けると女の子の部屋だとすぐに分かった。ぬいぐるみやピンク色のカーテン、絵描き道具、整理された本棚。それにどこかで見た壁にかけた制服。 「そっか。ここはあの子の…」  蛍は、机にかけたリュックをひっくり返す。確か前にここから妖気がした。出てくる教科書や筆箱を乱暴に散らばすとそこから答えが出てくる。 「いやあ!」  女の悲鳴が、家中に鳴り響く。 「あ…美味しそうな声だ」  蛍は心底楽しそうな声を出したのだった。      
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