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ライバル?
小鬼達は、なずな達に襲いかかり、腕や頭に絡みつく。なずなはさっき、笛を吹いたと言うのに、小鬼達は怯む事がない。あの時は、まぐれだったのか、なずなは絶望する。だが、今は弟を助けたい。しかし、自分にも小鬼は絡み付いている。爪が尖り、肌に食い込み、血が滲む。
「痛いよぉ」
「いやあ!」
なずなが、弟の悲痛な叫びを聞いた途端、人一倍甲高い声を張り上げた。
「簑火…」
階段から、緑色の光の球が飛んで来てなずな達は取り囲む。
「な、なんなの⁈」
光の球は、床に落ちると、炎のように燃え始める。火事だ。だけど、消化器を取りに行く時間も、消防車を呼ぶ時間もない。ただ、あるのは絶望のみ。
「…不安、絶望、恐怖。あまりにも綺麗だ。だが、君にもう痛みはない筈だ」
聞き覚えのある声…。階段からゆっくりと同級生が降りてくる。
「その炎は、普通人間には効かない。効くのは…そう」
小鬼達は、燃え盛り、熱さで悶える。その拍子になずな達から離れていった。不思議と床を燃やしていた炎は消えていて、焦げ臭いも、真っ黒になっている筈の床もなかった。そういえば、熱くもなかった気がした。
「蛍くん⁈何で…鬼は何で」
「そいつは鬼じゃない。家鳴りと言う妖怪だ」
そんなものはいないと、言いたかったが、現実に目の前にいる。食い込んだ爪の痕が事実だと証明していた。なずなはそばにいる弘海を抱きしめる。
「狼狽えてるの?可愛いね」
ふわりと蛍の手がなずなの頬を撫でる。
「さて、こいつらをどうするかだ」
燃え盛る家鳴り達を見下ろす蛍。簑火に悶えながらもまだ、抵抗しようとして歯を剥き出した。
「カエセー!カーエーセー!」
「…これか」
蛍は、ズボンのポケットから家鳴りより小さな小鬼を出す。
「…どこにいたの」
「君の鞄に入ってた。知らなかった?」
なずなは頷く。鬼達は緑の炎を纏いながら、蛍に返せ返せと飛びつく。だが、蛍は小さな家鳴りを更に高くして、取れるものなら取ってみろと言わんばかりだった。
「そんなに欲しいの?」
蛍は、ニヤリと笑う。
「さあ、懲罰を始めよう」
高くしたまま、蛍は家鳴りから手を放し、小さな家鳴りは真っ逆さまに落ちて行く。家鳴り達は、慌てふためき、蛍の周りに駆け寄る。
「危ない!」
小さな家鳴りは勢いよく落ちていく最中、なずなは身を乗り出し、小さな家鳴りを両手で受け止めたのだ。
「は?何で?」
まるで大事な物を包むように、優しく家鳴りを抱える姿を蛍は、奇異の眼差しで見下ろした。
「危なかったー」
意味がわからない。それの所為で危険な目に会い、傷付いたと言うのに…。家鳴りでさえ、唖然となずなを見ている。蛍は急に力が抜けて、家鳴り達を燃やしていた炎も消えて行く。
「びっくりした」
なずなが抱きしめていた少年もほっとしたようにそれを見ていた。
「…返せってこの子の事?」
なずなは、優しく小さな家鳴りを包み込んだまま、家鳴りに差し出す。すると、さっきまでの鬼の形相がまるで、おかめのような柔和な顔になり、目には涙を浮かべていた。
「よかった」
何が?ただ、呆然とその様子を見て、口をパクパク蛍は動かした。
「蛍くんもありがとう。助けてくれて」
蛍の方を振り向き、にっこりとなずなは微笑んだ。
「…心臓が可笑しい」
「え……?」
蛍が床に座り込むと、なずなと少年が慌てふためき、蛍の方へ向かう。
「何で…父さん…不適合」
蛍は言葉にならない言葉を紡ぎながら、胸を押さえ口を動かす。
「大丈夫なの?この人?」
弘海は、姉の顔を見る。姉は、この男の人の言葉に耳を澄ませた。
「…大丈夫よ」
こういう場合の姉は凄い。まるで一字一句相手の言葉を聞き逃さない。というか、普段から人の話を聞くのが得意らしく、父が姉に愚痴を溢したり、電話の言付けだって父に正確に伝えている。それだけでなく、声のトーンや相手の話し方まで憶えている。それでいて、姉は特別耳がいい訳でも、絶対音感みたいなを持っている訳じゃない。ダンスは得意だけど、楽器は演奏できないし、歌っているのも聴いたことがない。
「心臓がドキドキして辛いの?」
蛍はうんうんと、振り子のように胸を押さえたまま頭を振る。
「それより、そこの連中!」
できる限り、大きな声で家鳴り達に怒鳴り声を上げ、睨み付ける。
「閻魔手形を見せろ!あと、聴取する!」
家鳴り達は、顔を見合わせ、罰の悪そうな顔で蛍に事情を話し始めた。
家鳴り達は、全部で六匹。うち一匹の家鳴りが小さな家鳴りの母親で、よく見ると胸の膨らみがあり他の家鳴り達と違い、柔和な顔立ちをしている。小さな家鳴り、チー坊と言うらしいが、最近歩けるようになって、嬉しくて最近よくどんちゃん騒ぎをしていたようだ。だけど、そのチー坊が母親が目を離した隙に何処かへ消えてしまった。血眼になって探したのはいいが見つからない。それもその筈、チー坊はなずなの鞄に隠れていたのだから…。家鳴りはこの家の住人が誘拐したと考えたのだ。家鳴りは随分心配したのだろう。皆疲れた顔をしていた。
「…だからって住人をいきなり襲うなよ」
蛍は、家鳴りの話を聞いているうちに、心臓が良くなったのか、立ち上がる。
「ああ、でも一応処罰は受けて貰うから…事情はちゃんと父さんには言っておくけど…」
家鳴り達はがっくりと項垂れている。
「ねえ、処罰って?」
「罰を与えるって事よ…ねえ、蛍くん」
蛍は、助けた礼に何か貰えるのか期待した。
「処罰って厳しいの?」
「ん?そうだな…」
火炙り、水責め、それから鞭打ち一万回、聞いているだけで目眩を起こしそうだ。
「ねえ処罰、もう少し軽くならない?」
蛍は目を丸くする。一体、何を言っているんだろう。被害にあったと言うのに、罪を軽くする?父、閻魔が何と言うか…。蛍は腕を組んで考える。実の言うところ、既に決定された処罰を執行する事はあっても、それ自体を決める権限は蛍にはない。
そんな時だった。玄関扉がガタガタと揺れ、大きな音が鳴った。
三吉はようやく蛍の気配を探し当てた。急に飛び出し、行き先も告げられなかった為か、ここまで来るのに苦労した。とりあえず、この家を訪ねて、住人に確認するしかない。
三吉は蛍を起こす時みたいに優しくノックをする。とは言え、本人は優しく叩いたつもりだが、周りに大きな音が鳴り響く。
「あ、あの…」
背中を突かれ、振り向くと四十過ぎくらいと思われる優男が立っていた。中肉中背で、この家の住人。後ろには、若年の狩衣姿の男がいる。優男の方は明らかに顔が引き攣っている。
「おっと、こりゃ失礼。うちの坊っちゃん知りませんか?」
「さ、さあ…」
「また、何かしら…」
姉弟は脅えているが、蛍には音の正体がすぐに分かった。
「ああ。大丈夫…多分」
躊躇う事なく蛍は、玄関の扉を開けて叫んだ。
「三吉ー‼︎」
「やっぱり…坊っ…」
脛を押さえて、三吉は蹲る。それもその筈、蛍が扉を開けた瞬間、蹴り飛ばしたのだ。
「いってえ!坊っちゃん、何てことするんですか⁈」
「五月蝿い。考え事しているのに邪魔するお前が悪い」
これは理不尽である。
「あ、あの…申し訳ないんですが、ここ私の家何ですが…」
先程の優男に言われ、三吉は会釈をして通れるように道を開ける。
「パパ!」
弘海が駆け寄るように、優男…良介に抱きつく。
「パパ…。あ…宗ちゃん…」
狩衣姿の男、土帝宗治はあからさまに不機嫌な顔をしている。蛍は、それを見て舌打ちをした。
「何で君がいるの?」
「それはこちらの科白だ。この家に何でいる?」
二人の中に不穏な空気を感じたのか、三吉は急にパンッと手を叩く。
「ちょっと、坊っちゃん。どういう事か説明してくださいよ」
「あ、それは彼女から聞いて」
蛍は、なずなを指差してそう言った。
「え?私?えっと…」
なずなは先程の出来事を説明すると、弘海が身振り手振りをする。
「…で、その家鳴りは?」
「こちらに…あれ?」
三吉に尋ねられ、なずなは後ろを振り向くが家鳴りがいない。さっきまで、怯えるように玄関にいた筈。
「…いる訳ないよ。あんな怖い奴いたらな」
蛍がじろりと土帝を睨んだが、土帝は知らんという顔で目線を外した。
「…転校生。田中蛍だったな?何者かは知らんが、これ以上この家に、この家の住人に近寄るな」
そう言い残し、土帝はその場を去る。すると、すぐに弘海が飛び出していった。蛍は肩をすくめて首を振る。
「…ぺんぺん、またね。明日、あれ楽しみにしている。三吉、行くぞ」
蛍は三吉を連れだって、帰っていった。
「…あれって?あ、それより弘海!」
「待ってよ!」
家の門を潜ろうとした時、土帝は弘海に呼び止められる。全力で走ったのだろう。弘海は息を切らしていた。
「…弘海?どうした?」
「来…来月、サッカーの試合があるんだ!見に来てくれる?」
弘海は必死で訴えたが、土帝は頭をポンポンと撫でこう言った。
「…ごめんな。来月の予定はいっぱいなんだ。試合結果はお姉ちゃんに聞くよ。応援している」
土帝はそのまま続けた。
「でも、夏休みには三人で出掛けよう。お姉ちゃんにはまだ内緒だけどな。俺から言うから。約束だ」
そう言って、土帝は家に入っていく。弘海はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「弘海ーっ」
姉が呼ぶ声がして、弘海は姉が呼ぶ方へ駆け足で走っていく。
「結局、黒筒は使わなかったな」
そう言って、蛍はソファーでくるくる黒筒を回している。あの箱の中身は、蛍を呼ぶ呼子笛であると判明したし、家鳴りの件も三吉が何とかして、今回はお咎めなし。
然し、家鳴りは本来脅かしたり、悪戯好きな妖怪だが、人を襲ったりしない。いくら、子供が攫われたと勘違いをしたとしてもまずは閻魔や知恵のある妖怪を頼る筈だし、第一なずな達は家鳴りが姿を見せるまで全く見えていなかった様子だ。それに人前に出る方がリスクが大きい。下手をすれば、捕らえられ、見せ物いや、何か実験体にされる可能性がある。
「坊っちゃん、ご飯ですよ」
三吉に促され、蛍は考えるのを止める。
(今はまだ、考えても仕方ないか)
そう言って、食事の席についたのだった。
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