会いたくない人

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会いたくない人

 誰にしも、会いたくない、苦手なものがある。  蛍が家に帰ると、誰かの話し声が聞こえた。声は三つ。一人は、三吉。そして、もう一つの声は初めて聞いた声だ。そして、最後の声の持ち主。 「やあ、久しぶりだな。蛍」 兄の#経国__つねぐに__#。蛍が父親よりも敬遠している人物だ。神経質そうな眼鏡がきらりと光る。髪型もオールバックにし、如何にもエリート風だ。 「兄さん…それに…」 今日はなんて最悪な日なんだろう。朝から買い物へ行かされ、苦手な猫に付け回され、兄が来ている。その苦手な猫がソファーで寛いでいる。それによく見れば、猫の尻尾が三つに分かれている。 「お前、猫ショウか?」 猫ショウは、猫の妖怪…つまり化け猫である。三十年以上生きた猫は、猫又になる。人間と同じくらいの知性を持ち、時には恩返し、時には危害を加える事もあり、何匹か地獄の監獄にいる。 猫ショウは、更に十年以上猫として生きいわば、猫の神様みたいなものだ。知性も人間より上の者もいる。 尻尾も特徴があり、猫又は2本、猫ショウは3本。尻尾には妖力が備わっているらしい。 「おう、坊主」 猫ショウこと、又三郎は3つの内、真ん中の一つだけを器用に揺らしている。 「えっと…」 「又三郎だ。いい名前だろう。吉永さん一家が付けてくれたんだ」 そう言って、前足で煙管を持ち煙を蒸した。やっている事は人間なのに姿形は猫。 「三吉っ。荷物、どうにかしてくれ」 そう言われて三吉は一人がけから、慌てて飛び出して、蛍から荷物を受け取る。 「いやあすんません。二人が来るんで、買い物頼んじゃって」 やっと荷が降りて、ホッとしたのも束の間。やっぱりこの状況から逃げたい。三吉に助けを求めたが、三吉は荷物を仕分けるのに忙しそうだ 「坊主、吉永のお嬢さんとはいい仲なのか?」 「いい仲って…そりゃオカ…なんでもない」 口籠って、蛍はそっぽを向いた。 「蛍、問題は起こしてないだろうな?」 ずっと口を閉じていた経国がようやく口を開く。 「…あ、今のところ大丈夫ですよ」 「私は蛍に聞いている」 三吉が代わりに答えたのが、気に食わなかったのか経国は、蛍を睨む。 「…別にない」 目を逸らしたまま答える。今のところはセーフ。それより、早くこの場を切り抜けたい一心だった。蛍は落ち着かず、スマホの時計を何度も見ている。 「ならいいさ。さ、そろそろお暇するよ」 そう言って、経国は立ち上がる。 「もうお帰りで?ゆっくりしてけばいいのに…」 (馬鹿!余計なこと言うな) 蛍は、心の中で三吉に叫んだ。 「すまないが、他にも寄るところがあるんだ」 それじゃあ、仕方ないと三吉は、経国を玄関まで見送ると、蛍は足元から崩れ落ち四つん這いになる。 「…どうやら、苦手なのは俺だけじゃないみたいだな」 「うわっ!何で分かるのさ?」 目の前に又三郎が来て、体勢を変え座り込む様な姿勢を取る蛍。 「分かるも何も、さっきお嬢さんの前でそう言っただろう」 蛍はなずなとした会話を思い出して、ため息を吐く。 「まあいいさ。それより、気になる事があるんだ。犬は大丈夫か?」 完全に下に見られている事にムッとしながら、蛍は頷いた。 「じゃあよ…」  「…昔からそうだった」 経国は三吉に言った。 「いつも、私や父上の前に来ると悪い事をしてもしてなくてもバツが悪そうだ」 確かにその通り。蛍だけが悪い訳ではないと三吉は苦笑した。だけど、二人を責めてはいけない。この親子、兄弟には事情がある。 「まあ、いつも居心地悪い顔してますけどね」 いつも何かが気に食わないのか、しかめ面をしている。いや、そういう顔つきだ。でも、あの少女の前では少し緩んでいたような気がしなくはない。 「ふん。三吉、珈琲ご馳走さま。またな」    犬は猫と違って従順だ。とは言え、蛍はどっちも好きじゃない。 「今日はついていない」 あの後、なずなと連絡を取り、沙奈の家まで来ていた。 「蛍くん、犬好きなの?」 なずなには、犬と遊びたいから沙奈と連絡してくれと伝えてある。犬なんて好きじゃないと言い出したら変に思われる。それだけは避けたい。 「えっと…」 「あっ、沙奈ちゃん」 チャイムを鳴らすと、沙奈がぷりんを抱えて連れてきた。 「ワンワン!」 急にぷりんが、唸るように吠えだす。猫…又三郎が家の塀の上にいたからだ。沙奈に注意されてもぷりんは吠えるのをやめない。 「…………」 蛍は黙って、沙奈に近づき、ぷりんの頭を掴むと、 「…僕の眼を見ろ」 というと、急にぷりんは火が消えたように大人しくなり、吠えるのを止めた。 「す、凄い。今の何?」 「ちょっとね」 二人が驚いているのを尻目に、蛍はぷりんをじっと見る。 「あの…私、トリマー目指してるの!今の技、教えてください」 沙奈は、小学生からの夢を叶える為、専門学校に通っているらしく、興味津々で蛍を見ている。 「いや、あれは人間には無理だよ」 蛍は思わず、人間と言ってしまい後悔する。 「大丈夫だよ。人には使わない」 どうやら、人間には無理という言葉を誤解らしい沙奈。 「いや、そういうことじゃなくて…」 「あ、ごめんなさい。不躾だったね」 沙奈が丁寧にお辞儀をしている。 「そんなに謝らないで…それより、犬の事を聞きたい」 沙奈の胸に抱かれて、うとうとしているぷりんを指さし、蛍は尋ねた。 「あ、この子は…」 ぷりんは元々、沙奈の飼い犬では無かった。沙奈の祖母が飼っていたのだと言う。 蛍達は、居間に案内されお茶を出される。 「…で、お祖母さんが倒れた訳か」 「うん。本当元気だったのに…」 然し、この犬はまだご主人様が自分の元へ帰って来ると信じている。 「なんか…しんみりしちゃったね。それより、ぺんぺん。二人の関係聞いてもいい?」 「え?ああ、友達だよ」 なずながあっさりと答え、何故か蛍は胸がチクリとする。確かに友達だ。だけど、自分は他の答えを期待していたらしい。しかし、それが何て答えなら満足なのか自分にも分からない。 「そっかあ。高校はどんな感じなの?」 どうやら、話はそれて違う話になっていく。蛍は畳の上で寝こけるぷりんを見た。 (…しまった。術が効きすぎたか。まあ少し長く眠るだけだし…) ご主人様… 蛍はぷりんが寝言でそう呟いたのが聴こえた。  夕方近くになり、二人は沙奈の家を出る。ぷりんが目を覚ましたのは二人が帰る時だった。  結局、ぷりんとは遊べず、なずなはがっかりしていたが、蛍は内心ホッとしていた。  「……ねえ。質問なんだけど」 ぷりんに本当の事を話すべきか、蛍は迷っていた。真実を知ればぷりんはショックを受けるだろうが、このままでもきっと…。 「もし、死んだ人間に会えるなら会いたい?」 なずなが立ち止まり、蛍もそれに合わせて歩みを止める。 「…そうね。会えるなら会いたい。そして…」 なずなは言葉を詰まらせる。蛍はなずなの呼吸が止まっているんじゃないかと思えるくらい長い時間に感じた。 「謝りたいの…」 潤んだ瞳でなずなはそう言った。 (…何でなんだろう。この子は凄くもやもやする。イライラするんだけど…近くにいたい) 蛍はぎゅっと拳を握りしめ、今までにない焦燥感に囚われていた。 「…そっか」 「今度は私からの質問」 「え?」 「きみは何者なの?」 自分は一体、何者なんだろう?そんな事考えた事なかった。 「そうだな…僕は僕。地獄から来ただけ」  とは言ったものの、彼女はまるで理解しているようには見えなかった。小首を傾げている。 「…地獄?どんな所?」 「知らないの?」 「うーん。あるとは聞いているけど…でも、蛍くんとなら行ってみたい」 そんな事を言われたのは初めて…というか、自分だって地獄から来たなんて話すのは初めてだ。 「そう…でも、その前に…」 なずなは、蛍に肩を抱かれたかと思うと、いつの間にか横抱きにされた。なずなが抵抗する暇もなく、蛍が飛び上がり、空中にいた。 「えっ何⁈」 なずなには、何が起こったか理解できない。蛍の顔はいつも通り気怠そうだし、だけど、事実体は宙に浮かんでいる。 「…吃驚した?人間はこんな事出来ないもんね」 蛍は揶揄うようにそう言った。なずなは思わず下を見て、恐怖を感じ、蛍に強くしがみつく。 「ん?ひょっとして怖いの?」 「だって…飛んでるよ!」 すると、蛍はいつもの皮肉めいた笑みではなく、優しい笑顔で応える。 「君があんまり哀しい顔するから、飛んでみた」 なずなは彼の頬に手を伸ばす。 「ありがとう…優しいんだね…」 「…そんな事…あっ、飛んでいる間は他の人間には見えないからね」  しばらくすると、広い墓地が見えた。まだ、夕方だというのに人の姿は疎らだ。蛍達は地上に降りると、壮年の夫婦とすれ違ったが、夫婦は二人に軽く会釈をするだけで、特に驚いたように見えなかった。 「私達、降りて来たのに…」 「ああ。多分、向こうから歩いて来たようにしか見えてないからだよ」 そう蛍に説明されて、墓地の中を歩く。 「どうして此処へ?」 この墓地はなずなの母の墓もある。 「何となく…墓地好きだし」 そう言って、蛍は先に進んでいった。
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