第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

1/13
338人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

 目を覚ました。俺はゆっくりと腰を起こす。ゴシゴシと目をこすって、大きなあくびを一つした。  やはり夢ではなかったか。そろそろ現実だと認めないといけないな。俺はベッドの上で少しの間ぼうっとすると、時計を見た。  ん? うわ、8時30分なのか。朝礼の時間は知らないけれど、これってマズいのでは?  俺は今から校舎の三階に行かなければならない。多分だけど、かなり距離がある。走って間に合うのだろうか。  俺は急いで身支度をすませた。制服に着替えて、鞄を持って、靴を履いて。それから勢い良く部屋から出る。  そういえば、ここはトイレも共同らしい。歯磨きもしてないよな。とりあえず俺はトイレの方へ方向転換した。  トイレに着き、素早く用を済ませてから、手を洗って口をゆすぐ。汚いけど、今は歯ブラシがないので仕方ない。俺は自分の指と爪を駆使して、頑張って歯をこすった。昨日の夜はちゃんと歯を磨いた。何故なら、歯ブラシがタンスの中にあったからだ。けれど今はタンスの中に置いたままであった。  俺は軽く口を洗ったので、手の甲で口元を拭きながら校舎の方へと急ぐ。おかしいことに、生徒達は一人もいない。  これって立派な遅刻だよな…。俺はとにかく急いで、できる限り走った。  やっと校舎にたどり着き、初めて階段を昇る。こっちに行けば三階に着くんだよな?  俺の予想は当たり、三階に着いた。それから足音を立てないようにして、こっそりと廊下を歩く。そこにはズラリと高校二年生の教室が並んでいた。手前からS、A、B、C、D、E、F組のようである。たまにS、A組の生徒に気づかれながらも、ちゃんとB組の前まで来れた。来れたのは良いんだけど。  俺は生徒からは見えない位置に立って、窓ガラス越しに教室の様子を見た。教卓の近くには吉澤先生がいて、今日もホストみたいな格好で何かを言っている。いつ入ったら良いのだろうか。  俺がその場でまごついていると、ふと吉澤先生と目が合った。2秒ほど互いに見つめ合ってから、吉澤先生は駆け足で教室から出る。俺も吉澤先生に近づいた。 「鷹野…遅い! 遅刻だぞ。」 「すっ、すみません。」  吉澤先生はかなり小声で話しながら注意する。 「とりあえず教室に入れ。お前は変なことを言わなければ、それで良いから。」  変なこと、って何だよ? と言いたかったが口を慎んだ。吉澤先生は俺を教室に入れると扉を閉める。それから生徒に説明した。 「あー、鷹野は昨日から記憶喪失になってな。登校する時に階段から落ちてしまって。幸い外部の傷はなかったんだが、脳の一部がおかしくなったみたいだ。まぁ皆で色々と助けてやってくれ。」  めちゃくちゃ話を捏造するじゃんか…。教室にいる全てのクラスメートから、ありえない、という目で見つめられて困惑する。吉澤先生は話を終えると、ポンと軽く俺の背中を押した。 「鷹野の席は、左から二列目の空いてる席だ。隣にいる、ピアスをつけてる奴が斎藤な。何かあれば全部斎藤に聞けよ。」  吉澤先生は軽く俺に耳打ちした後、席に座れと急かした。俺は焦りながらも席まで足を運ぶ。 「とりあえず一時間目の授業は俺なんで、朝礼が長引いたお詫びとして少し休憩しとけ。その代わり、9時5分になったら着席しろよ。」  吉澤先生はそれだけ言うと、そのまま教室から出て行ってしまった。俺はちらりと教室にある掛け時計を見る。今は9時過ぎのようだ。そういえば、ここに来る途中でチャイムが鳴っていたような気がする。もしかしなくても、一時間目の授業が始まっているのでは。  クラスメート達は俺のことをチラチラと見ながら、何かを話し込んでいる。どこが記憶喪失は珍しくない、だよ。思いっきり話題にされてるじゃんか。  俺がぐるりと首を動かしながら教室を見渡していると、隣から声をかけられた。 「隼斗ちゃん、記憶喪失って…マジ!?」  少し高い声がして、俺は隣の方を見る。そこにはピアスをかなり付けている生徒がいた。黒髪に赤色のメッシュを入れていて、ヤンキーみたいな見た目だ。ブレザーは着ないで、代わりにセーターを着ている。 「えっと、お前が斎藤、か?」  相手は同級生なんだよな。ということは、タメ口で話しかけても許されるはず! と思って声をかけたのだが、斎藤は口を大きく開けて硬直していた。 「だ、だ、誰!? アタシの知ってる隼斗ちゃんじゃないわ! やっぱり記憶がなくなってしまったのね!?」  斎藤はとても悲しそうな目をしながら、そして驚きながら話しかけていた。というかちょっと待ってくれ。俺が隼斗ちゃん、だと? 今まで隼斗ちゃんだなんて、母親にしか呼ばれたことがないぞ。 「隼斗ちゃん、斎藤だなんて堅苦しく呼ばないでちょうだい。アタシは 斎藤(さいとう) (りん)よ。隼斗ちゃんはアタシを燐ちゃんと呼んでいたわ。」 「…悪い、燐と呼ぶことにする。」  そう言うと、燐はとても悲しそうな顔になった。申し訳ないが、俺は人を『ちゃん付け』で呼ぶのは苦手なんだ。  燐はどうやら、色々な意味でとてもコミュニケーションに長けているようだ。 「んもう、燐ちゃんと呼んでくれても良いのに。まぁいいわ。強制することではないし、隼斗ちゃんの自由よね。」  燐はまじまじと俺を見つめた。 「にしても、本当に変わったのねぇ。ヤンチャな隼斗ちゃんも可愛かったけど、今の隼斗ちゃんは…無知で純粋な子、ってかんじ?」  そこまで無知でも純粋でもないぞ。というか、今世の俺はヤンチャだったって? なんということだ。俺はやはり、不真面目な生徒だったのか。  燐はそれから色々と説明してくれた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!