第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

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 燐の指導のもと、俺はこの1日を無事に過ごすことができた。授業は難しかったけれど、俺が当てられることもなかったし、燐が休み時間にわからないところを教えてくれたりしたので、そこまでストレスではなかった。  昼食を食べるために食堂へ行った時も、燐が簡単に人払いをしてくれた。おかげで快適に食事することができたのである。  そうこうしている間に最後の授業が終わり、終礼を前にして休み時間が始まった。  俺が教室のロッカーを軽く整理していると、背後から燐に声をかけられる。 「お疲れ様、隼斗ちゃん。」  優しく微笑みかけられて、俺は小さく頷いた。パタリと扉を閉め、立ち上がる。 「燐、今日は助かった。」 「そんな堅くならなくても良いのよ? アタシとアナタの仲なんだから。」  中性的な瞳が笑う。女々しい男性のような、もしくはボーイッシュな女性のような顔が。もちろん燐は男だけど。  燐の髪は艶やかでツルツルしている。メッシュも入っているけど一応ショートヘアだ。ピアスを両耳に2、3個ずつ付けている。校則に違反しているのではと疑いたくなるが、何も言わない教師達を見るに、この学園ではピアスを付けても構わないようだ。それでも俺はピアスなんて付けないけど。 「それより隼斗ちゃん、明日は体操服も持ってくるのよ。体育があるからね。」  体操服…あぁ、あれか。確かタンスの中に入っていたよな。 「わかった。」  燐はまるで上級生かのように手取り足取り教えてくれる。俺はしっかり聞いた。  などとやり取りしていると、ガラッと教室の扉が豪華に開け放たれて、吉澤先生が入ってきた。 「全員座れー、終礼始めるからなー」  俺達を含め、クラスメートはその言葉を合図に着席し始める。吉澤先生は教卓の上に書類を置くと、少しの間ぼうっとした。  全員が着席したのを見て、吉澤先生はおもむろに話し始める。 「んじゃあ、1日お疲れさん。今日はちょっと長い終礼するぞ。」  そう言った後にぐるりと教室中を見渡す。なんというか、ホストみたいな見た目のくせに妙に教師らしい振る舞いをするんだよな。いや、教師なんだけどさ。 「鷹野が記憶喪失になったって、もう実感したよな。んで、鷹野はそれでも授業を受けた。それは凄いことで、褒め称えるべきだ。」  吉澤先生の心がこもったメッセージにドキリとする。 「そこでだ。皆、鷹野に簡単な自己紹介でもしてやってくれないか。あと、鷹野にこの学園についてもっと教えてやってくれ。こういうのは助け合いが一番だ、わかるだろ?」  吉澤先生は教室内の生徒達に目配せする。こういうのをされると、なんだかこそばゆい気持ちになるんだよな。生徒達がチラチラと俺のことを見たが、そこまで不快には思わなかった。  ある時、一人の生徒がまっすぐ手を挙げた。 「先生、俺もそれが良いと思います!」  その生徒に便乗して、他のたくさんの生徒達も声を上げた。 「俺も俺も!」 「ナイスです、先生。」 「これで部活休めるぜ! よっしゃあ!」  …最後に発言した人のことが気になるけれど、そこは聞かなかったことにして。とりあえず皆も俺のことを思ってくれているらしい。嬉しいかぎりだ。  吉澤先生も優しい顔でコクリと頷くと、気さくに呼びかけた。 「よし! それじゃ、今から自己紹介するぞ。全員初心に戻れ! 今の席順はバラバラだけど、まぁ良いか。」  吉澤先生は一番右端の生徒のところまで行く。 「川井(かわい)から始めて、その後は川井の後ろの藤田(ふじた)、それから藤田の後ろの青木(あおき)──っていう感じで、よろしく。一人一人黒板のところまで来い。」  吉澤先生はかなり分かりにくいジェスチャーをしながら、話す順番を伝える。いきなりこんなことが起こると理解していなかった生徒達は、ちょっと戸惑っている。それでも拒否する生徒はいないみたいだ。  川井と呼ばれた生徒は、小刻みに震えながらも席を立った。それから渋々といった感じで教卓へ向かい、話し始める。吉澤先生は教室の端に立ちながら傍観している様子だ。  川井も毎度のことながらイケメンだった。というかこの学園、異常なほどにイケメンがいるような気がするんだけど。どうしてこんなにイケメンがいるのだろう。心なしか悲しくなってくる。 「えっと、川井(かわい) 春章(はるあき)です。弓道部です。よろしくお願いします。」  硬い顔で淡々と話している様子を見て、ものすごく真面目な人という印象を受けた。川井は一礼すると、そのままスタスタと席へ戻って行く。  その後も色々と個性溢れる生徒達が自己紹介をしたのだが、名前と顔を覚えられた人は5人ほどしかいなかった。申し訳ないが、一度に言われても全員覚えられないのである。  その約5人の人物というのは…まぁ印象的すぎる人だということだ。  俺は発表を免れると思っていたのだが、吉澤先生曰わく最後に発表しなければならないとのこと。どうやら、俺もキャラ作りというものをした方が良さそうだ。  ついに最後の生徒の自己紹介が終わり、俺の番が回ってきた。何を言おうか考えながらも、ゆっくりと席を立つ。 「隼斗ちゃん、頑張って!」  燐が励ましの言葉をかけてくれて、はっと我に帰った。面接などを色々と経験してきた俺から言って、そこまで緊張するものではないけれど、その言葉はありがたく受け取っておこう。俺はコクリと頷いた。  周りの期待の視線に包まれながらも俺は移動する。中身の俺はもう20歳なんだから…と思っていたのだが、いざとなれば緊張してしまうもの。手汗が出てきてしまった。  それから教卓に着く。そして、ぐるりと生徒達を見渡した。  さて、何を言おうか。俺は前世の俺なんです、なんて言えるわけないし。俺って記憶喪失の設定なんだよな? だからここは適当に話して終わらせれば──。  いや、ちょっと待て。この人達ってものすごく賢いんだよな。だって、この学園って全国一位なんだろ? そこにいる人はエリートに決まっているじゃんか。そんな人達を容易く騙せるのだろうか。  俺は絶対に『贈り物』だということを明かしたくない。個人情報の流出だけは嫌なのだ。下手なことを言えば、生徒達は俺についてデタラメな噂を流すかもしれない。それだけは避けなければいけない。俺はただの記憶喪失者として、平凡に過ごしたいのだ。もう一度、何を言うべきか確かめる必要があるだろう。  などと考えている間に、どんどん時間は過ぎていく。マズい、俺はそこまで頭の回転が早くないんだ。何か一言でも言わなければ、ずっと黙っていると思われてしまう! 「あーー、俺は 鷹野 隼斗です。えっと…頭を打ったみたいで記憶がなくて…」  マズい、マズい。これだと印象が最悪じゃないか! 教卓に来てから黙り込んだかと思えば、ボソボソと話し始めるだなんて、変に思われるに決まっている!  考えろ、考えるんだ。今すぐこの状況を打破できるような、そして将来を繋げていけるような、完璧な自己紹介を考えなければ。  俺はゴクリと唾を飲み込んで、深く考えた。
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