第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

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 よし、なんとか話す内容を考えついたぞ。 「俺は自分のことは覚えているんですけど、それ以外のことは何も覚えていないんです。」  そう言うと、クラスメート達はしんと静まった。そして一人のクラスメートが俺に問いかける。 「鷹野が覚えてることって何?」  俺が覚えてること? そうだなぁ…。 「例えば、好きな物や嫌いな物とか。でも客観的に自分を見れないから、俺がどういう人間だったかはわからない。」  再び沈黙が訪れた。クラスメート達は俺のことを不思議そうにまじまじと見ている。それほど今世の俺と今の俺は違うのだろう。  ある時、一人の生徒が立ち上がった。 「今の話は明らかに矛盾してるよ。」  その生徒もイケメンだった。肩まであるセミロングの髪に、穏やかに見えて鋭い瞳。それから強くて刺々しい口調。 「どこが矛盾してるんだ?」  俺はおそるおそる尋ねてみる。 「一般的に、記憶喪失した時は自身のことまで忘れてしまう。しかし鷹野の場合は妙だね。自分の人格も、性格も、能力もわかっているように見える。まるで誰かが鷹野の体を乗っ取っているかのようだ。」  こ、こいつ! 余計なことを言いやがって。そのクラスメートは高らかに笑いながら話した。きっと自信満々なのだろう。  あぁ、このクラスメートの名前を思い出した。彼は 沢口(さわぐち) (あや) だったはず。 さっきもかなり印象的な自己紹介をしていて、俺がなんとか名前を覚えられた人の一人だ。  確か自己紹介の時に、『鷹野は演技している!』とか言っていたような気がする。あまり聞いていなかったけれど。  まさか、沢口は感づいているのか? 「そ、そんわけないだろ。俺は…自分のこともよくわかっていないよ。知ってるのは、名前とか、好き嫌いとか、そのくらい。」  苦し紛れに意見する。すると沢口はニヤリと笑った。 「記憶喪失すると人って大人しくなるんだなぁ。一昨日まであれほど騒がしかったのに。」  思わずギクリと反応してしまう。俺って不真面目なビッチだったんだよな。確かに、そんな奴が突然俺みたいな生真面目な人間になったら不思議に思うに決まっている。しかも名前を覚えていたり、基礎的な勉強、面談の経験もあるとか。  それはあまりにおかしいだろう。名前まで忘れていた演技でもすれば良かったのだろうか。沢口は俺が演技していることに気づいていたんだよな。いや、それも実際のところどうなんだ? あまりハッキリとわからない。  俺がまごまごしていると、燐が軽く席から立って助け舟を出してくれた。 「綾ちゃん、隼斗ちゃんはただ記憶喪失になっただけよ。あまり責め立てないであげてちょうだい。」  燐が助言をすると、その場の空気は重くなった。なんというか、イジメが起こった後の教室みたいな雰囲気である。  分が悪くなった沢口は舌打ちを一つして、そのままドスンと席に座り込んだ。沢口の前に座っていたお調子者のクラスメートは、ケラケラと笑いながら沢口に話しかける。 「沢口、残念だなぁ!!? あーっかわいそう! ぎゃはは!」  笑われて、沢口はお調子者をキッと睨みつける。お調子者はピクリと反応し、ついに大人しくなった。それから沈黙が訪れる。  最悪な空気であった。ずっしりとした気まずい場の中、誰も何も言わないのである。先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか。  しばらく全員黙っていた時、吉澤先生が声をかけた。 「そ、そろそろ終わるか~」  吉澤先生、逃げたな…という目で皆が見ていたため、吉澤先生はぎこちなくなる。それでも頑張って発言した。 「はい、鷹野センキュ! 拍手!」  一人で話を進めて、パチパチと拍手を送る。場の落ち着かせ方がむちゃくちゃだけど、まぁいいか。クラスメート達も気を利かせて、吉澤先生に習って拍手した。 「よーし、もう戻って良いぞ」  俺は会釈だけすると、そのまま自分の席へと向かう。しんみりとした拍手の音に包まれながら、俺は燐の隣の席に座った。  燐に心配そうに見つめられながら、吉澤先生は話を進める。 「あぁー、そうだ。鷹野に学園を案内してくれる人を募集しようか。鷹野に教えてあげたい人、挙手!」  そう言って吉澤先生は生徒達に呼びかけた。すると、驚いたことにほとんどの生徒が手を挙げてくれる。沢口も挙げているようだ。何をしたいのだろう?  しかし吉澤先生は悩んでいる様子であった。俺は個人的に、全て燐に頼みたいところだけど。と思ってチラリと隣を見ると、燐は手を挙げていなかった。  それから目が合う。燐は少し悲しそうな様子で、ひっそりと耳打ちした。 「ゴメンね、隼斗ちゃん。アタシはこの後部活のミーティングがあるの。」  そっと顔を離す。申し訳ないという気持ちが込められた瞳を見て、何ともいえない気持ちになる。そっか、ミーティングか。 「頑張ってくれ。」  俺が小さく言うと、燐は嬉しそうに微笑んだ。  吉澤先生は選びきれない様子だったが、最後には適当に指名した。 「あーーー橋村(はしむら)! よろしく!」  橋村と呼ばれた同級生はピクリと驚く。 「えぇ!? 俺っすかぁ!?」 「うん、お前だ! よっし、今から終礼を終わるぞー起立!!」  吉澤先生はかなり強引に話を進めながら起立を促す。生徒達はバラバラに立ち上がり始めた。 「鷹野と橋村は俺のところに来るように! んじゃ、礼! さよなら!」  一人で無理やりに話をする吉澤先生に呆れながらも、生徒達は適当に礼をした。こっそりと教室から出て行く生徒や、笑いながら話し合う生徒もいる。 「隼斗ちゃん、楽しんできてね。」  燐に微笑みかけられ、俺はコクリと頷いた。それから吉澤先生の方へと歩みを進める。  そういえば、橋村って誰だろう。自己紹介の時にあまり印象に残らなかったので、よく覚えていない。イケメンなのは確かであるが。  というか、この広い学園内を全て確認できるのだろうか。もしそうならば、とても楽しみだ。  俺はふっと自然な笑みを浮かべた。
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